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第01話 そのひととき

 崩壊するプール棟から、脩太と気絶したままの佐菜子を抱えて脱出したのはレミーだった。旧校舎の屋上まで一気にジャンプしたのだから、まさに火事場の馬鹿力といったところだろう。

 しかし、疲労と達成感から、脩太もレミーもその場で気を失ってしまい、救急隊員に発見されたのは捜索開始からおよそ一時間後のことだった。


 結局、周囲に助けを求めたのは佐菜子で、容体不明だった彼女が真っ先に意識を取り戻したのは幸いだったと言える。病院搬送後の検査でも、脳へのダメージは一切認められなかったそうだ。


 脩太は、右足首の骨折以外は「全身打撲」というアバウトな診断結果で、数日間は耐えがたい痛みと奮闘することとなった。「どうせなら、痛みがひくまで気絶していたかった」とつぶやいたら、レミーから素の表情で「貧弱」と言われた。


 当のレミーは、大量出血によって幾ばくかのセルビットを失ってしまったものの、それで直ちに生命の危機を迎えるようなことはなかった。セルビットは細胞分裂しないので大変な損失のようにも思えたが、元々セルビットが六〇兆個あること自体、かなりの冗長性が持たされているのだという。

 たしかにその程度の危機管理はなされていて当然だと今なら思える。彼女は入院することなく、日がな一日、脩太と佐菜子の病室を往復して過ごした。

 あるとき脩太が「黒い棺桶(コフィン)に入らなくていいの?」と問うたが、「まあ、別に」というふわっとした答えが返ってきた。どんな心境の変化があったのだろうか? いつかそれも訊ねてみたいと脩太は思う。


 そういえば、生徒会の粘土寺剣と能満別彩子が旅に出たそうだ。

 何でも、例のサイドカーに乗って全国を巡り、プロ転校生として日本各地の番長とスケ番を倒してまわっているらしい。どういう目的意識があるのか脩太には理解出来なかったが、そのことを語る大槻先生が興奮していたので、わかる人にはわかる醍醐味があるのだろう。

 

 そうして三週間が過ぎた。

 右足にギプスをつけた松葉杖の脩太と、頭に保護キャップを被った佐菜子が久々に登校すると、教室で出迎えたのは「ウェ~イ♪」という女子生徒たちのハイテンションだった。

 その先頭に立ったイエティーが、歓迎のMCを務める。


「同じ日に入院して、同じ日に退院する偶然! これはもう結婚するしかないね!」


 すると、さらに「ウェ~イ♪ ウェ~イ♪」の波が広がり、教室の熱気はまるでカーニバルのように盛り上がった。二人を取り囲んで騒ぎ立てる女子たちに、脩太も佐菜子も「もうどうにでもしてくれ」と言わんばかりに、吹っ切れた笑顔を浮かべる。


 脩太と佐菜子のケガの真相は、今のところ誰にも明かされていなかった。『スクールメーカー』という組織自体が――半ば公然の秘密とは言え――まだまだ非公式な存在であり、それが『二號教育委員会』と衝突している構図も、あまり良い印象ではないからだ。

 ちなみに、二人が入院で欠席となった初日、担任代理の最終日だった大槻先生が、「弾クンは、部屋の段差で足の骨を折り、千歳クンは、昔自分を捨てた男を路上で見かけてヘッドバットをかましたら、自分の頭が割れて九針縫ったのでしばらくお休みです」とアドリブを利かせて発言したらしく、それが公式設定になってしまっていた。

 その設定を昨日になってようやく知った佐菜子の怒りは激しく、どのくらい凄かったかというと、今日から大槻先生が二週間の出張に出掛けてしまうほどのものだった――大槻先生は、たまたまスケジュールが一致しただけだと言っていたが、これ幸いとその出張を受けたのは間違いない。


 さらに言えば、イエティーも本当の事情を知っている――というか、むしろ黒幕側の人間のはずだが、教室での悪ノリに参加しているあたり、普段の重責で鬱憤がたまっているのだろうなと、脩太は逆に同情したい気持ちになっている。


 そんなこんなで、脩太の学園生活は、トラブル続きの一週間+入院三週間の計四週間という苦難の時を経て、ようやく通常運転に戻った。

 通常運転に戻ったと言えば、高速鉄道バレットライナーも完全復旧したようで何よりである。


 ガラガラガラガラッティ!!――教室の引き戸がすこぶる威勢よく開いた。


「おーはーよーーーっ!」


 担任の草田先生が教室に入ると、みんな「やべっ、騒ぎすぎた」とばかりに無言で席につく。

 これは、草田先生が恐れられているというより、生徒たちが程よく調教されているといった感じだ。お互いの立場をわきまえたツーカーな雰囲気は、学級のまとまりかたとしては理想的な形の一つだと脩太は思う。


「おっ! 来てるねえ! 教室では初めましてだねえ、弾脩太君!」

「はい! よろしくお願いします!」


 そう、草田先生とは初対面ではない。彼女は、脩太と佐菜子が入院していた三週間、ほぼ毎日、その日の学習資料や差し入れを持って面会に来てくれたのだ。あまりにも足繁く通ってくれるのものだから、「スクールメーカーのメンバーなのだろうか?」と勘ぐったりもしたが、そうではないという。これは佐菜子にも確認したので間違いないだろう。


 草田先生は、朝HRの連絡事項を手短に済ませると、ここからがメインイベントだとばかりに声を張った。


「さて、今日はみなさんに新しいクラスメイトを紹介します! 何かうちのクラスって毎月転入生が来るけど、どーいうことなんだろね! 月刊転入生! 六月はこのかたです!」


 確かに。四月早々の佐菜子に続いて、五月の連休明けには脩太が入ってきた。そして六月の今日、さらに新しい転入生が来るとは……。いくらなんでも多すぎだし、もっと別のクラスにも分散するべきだろうとツッコみたくもなるが、学園には学園の事情というものがあるのだろう。もしかしたら、『スクールメーカー』の人間が増えすぎたので、お膝元の『二號教育委員会』から刺客が送り込まれてきたのかも知れない。


「さささ、入って入って」


 草田先生が、廊下に立っていた転入生を手招きした。

 ガラガラガラ……――引き戸が静かに開き、彼女が入ってきた。教室内の男女全員がどよめいたのは、彼女があまりにも透き通った美しさを兼ね備えていたからだろう。

 黒という色の在り方を再認識させられる漆黒の黒髪、ルビーのように赤く透き通った瞳、化粧はしていないはずなのに艶めくピンクの唇、そして最近は徐々にその姿を消しつつあるという、赤いスカーフのスタンダードなセーラー服。

 誰が見ても『女子高生の完成形(パーフェクトJK)』として太鼓判を押してもらえるであろうその人は――。


空志戸(そらしど)レミーです。今日から皆さんと一緒に勉強させていただくことになりました。どうぞよろしくお願いします」


 教室内は割れんばかりの拍手に包まれ、吉田君がイスから転げ落ちる音がした。

 そして、静寂が訪れる――


An end — or merely a breath?

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