第07話 戦場の跡にて
新校舎の天守閣――その中央会議室で一部始終を観戦していた栞会長は、その最期の咆吼が鳴り止むと落ち着いた調子で席を立った。
「結果的に、バイオニックG7の成長を手助けしてしまった――そういう認識でいいかしら? 矢倉イビシャ殿」
「……残念ながら」
「フッ……顔が残念がっていませんよ。まるで面白いゲームが始まったとでも言いたげな――まぁ、いいでしょう。バイオニックG7の戦いぶりの中で、いくつか面白いものが観られたのも確かです。今回はその奮闘を称えてさしあげるとしましょう」
「それがよろしいかと」
「規律を乱した彩子の粛正については、あなたに一任します。好きにするといい」
「かしこまりました」
イビシャがうやうやしく頭を下げる。
「さて、メル子――下校しますよ」
「はい、栞会長」
もはやバイオニックへの関心を失った――そう言わんばかりにあっさりと退室する栞会長を見送りながら、イビシャは歓びをこらえきれずにいた。
これは面白くなる。ことの流れ次第では、生徒会が根幹からゆらぐだろう――と。
× × ×
『決戦』が沈黙して三〇分後。
事前の規定に従い、二號教育委員会とスクールメーカーそれぞれの検証チームが、学園内に立ち入って調査を始めた。粘土寺剣とバイオニックG7が共に「勝ちどき」をあげなかったため、相討ちの可能性があるからだ。
現場には、地区行政のトップや、スクールメーカーのスポンサーである主要企業の役員たちも訪れ、一種異様な緊張感を生み出していた。戦士たちは己の誇りを懸けていたが、その戦いも所詮は、世の中のシステムに組み込まれた歯車に過ぎないことを、この光景が雄弁に物語っている。
全壊したプール棟に張られた規制線の外側で、心配そうに見つめているのはイエティーだ。そのそばには東京から戻ってきたばかりの大槻先生の姿もあった。
「佐菜子たち、大丈夫でしょうか……?」
「便りがないのは無事な証拠と言いますが、正直なところ、今回ばかりは私にもわかりません……ただ、弾クンとレミーの本当の戦いはこれから始まるのだと、そういう予感がしています」
「大槻先生は、弾三十八博士の遺言をお読みになったのでしょう?」
「はい――スクールメーカー宛てに遺されたものは読ませていただきました。その遺志に従って、私は弾脩太クンのサポート役に立候補したのです。ですが、弾クン自身に何が託されていたのかは、私も詳しくは存じ上げません。いつの日か彼の口から直接聞くもよし、このまま永遠に知らないままでいるのもよしと思っています。山千家クンの立場ともなれば、その内容も知っていたのでしょう?」
「はい。おそらくそれを知っているのは、世に一〇人といないはずです。でも大槻先生、その内容は多分、先生が想像していらっしゃるとおりのものだと思いますよ」
「――そうですか。それは茨の道ですねえ……弾博士は、何と酷なことをなさるのか。それとも、そんな選択肢しか与えなかった神様が酷なのですかねえ。私は無神論者ですが、神様にはひと言申し上げたい気分です」
『下がってください! 負傷者を搬出します! 下がってください!』
プール棟の中から、ストレッチャーに乗せられたケガ人が運び出されてきた。
それは大槻先生とイエティーの前を通り過ぎようとしたが、当のケガ人が「ちょっと待ってくれや!」と制したので救急隊員もあわててストップする。
大槻博士とイエティーは、そのケガ人の顔を覗き込んだ。
「ずいぶんと派手にやられましたねえ、粘土寺剣クン。きみとは敵対関係にありますが、私の教え子であることには変わりありません。無事に帰還したことを嬉しく思いますよ。本当によかった」
「よせよ、柄でもねえ。だいたい俺がそう簡単に死ぬわけねえだろ? 死んだら人類の損失だろ? なかなか死なせてもらうわけにはいかねえんだよ。色男のつらいところだな。それよりバイオニックG7はどうなった? 弾脩太は?」
「まさにそれをきみに訊ねようと思っていたのですが」
「そうか――俺は、バイオニックG7の何とかブルマってのに焼かれたような気がするんだが、そこで記憶がプッツリなんだ。そんで気付いたら、目の前にあんたが見えたってわけさ」
「なるほど。きみにそこまでのダメージを与えるとは、レミーは相当レベルアップしたようですね」
「ああ。もう不意打ちぐらいしか、あいつを倒す方法が思い浮かばねえぜ」
「ははは……ケガが治っても、そういうのはナシにしてくださいね。きみの力は、生徒会で使うよりも、生粋の番長でいるほうが活きるような気がします。どうでしょう、これからは全国の学区を巡って『番長破り』でもしてみては?」
「ちょっと大槻先生!」
イエティーがあわてて大槻先生の袖を引っ張った。
だが、大槻先生と粘土寺剣のニヤニヤは止まらない。
「『番長破り』かァ――世界最強の番長を決めるってわけだな。悪くねえ。ケガを治すモチベーションが高まったぜ、ありがとよ」
そう言うと、粘土寺剣は片手を上げて出発進行のポーズをとる。
ストレッチャーが再び動き出し、粘土寺剣は救急車で病院へと搬送されていった。
「大槻先生、番長っていうシステムは海外にもあるんですか?」
「いやあ、私は日本国内のつもりで言ったのですが……さて、困りましたね」