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バイオニックレミー  作者: 堀幸司 - holycozy - 
最終章『エゴイスト』
38/43

第03話 曾祖父の行く道

 脩太は、ノートPCに保存されていた曽祖父の日記を思い起こした。

 今を去ること二年前、曽祖父――弾三十八博士にはもう時間が無かった。脳を蝕む病魔に冒され、莫大な知識と経験を失うときが刻一刻と近付いていたのだ。

 博士は、開発中のバイオニックG7を完成させるために、自分自身の延命策を探し求める。そしてたどり着いた答えがサイメタルだった。そう、忌むべきサイメタルにすがったのだ。自分の脳を自らイマジネーションすることで、病魔に冒された脳を、真新しいサイメタルの脳へ置き換えようとした。結果、イマジネーションは成功し、バイオニックG7は完成に至ったのだが……。


 何というエゴだろう!

 サイメタルの殲滅を声高に叫ぶ者が、サイメタルの恩恵にすがるという矛盾。

 しかも、脳へのサイメタル手術は暴走必至の所業ゆえと、完成したバイオニックG7と曽孫に自身の抹殺を乞うという浅ましさ――これを罪と言わずして何と言うのか?


 とうとうこの瞬間が来てしまった。

 最後の肉親との再会。それは殺し合いという最悪な形での邂逅。

 今の曽祖父に、はたして脩太の記憶は残されているのだろうか?

 その虚ろな青い眼がふと脩太を捉えたが、そこからは何の反応も返ってこなかった。


「脩太……観測して――」


 傍らに立つレミーが静かに告げる。

 しかし、脩太からの返事は無い。

 そうだろう、それが人間というものだ――今のレミーにならそれがわかる。


 自分が生まれてきた意味。

 自分に課せられた使命。

 そして背負うべき罪。


 すべての出来事は無常だからこそ、この人生をどう生きるのかは、自分自身に問うしかない。

 レミーは今、初めて、自分自身の魂に問いかけていた。

 自分は祝福されて生まれてきたのか、それとも人々の絶望を糧に生を受けたのか。

 どちらなのかはわからない。それでも彼女は生きねばならない。サイメタルを殲滅するその日まで。


「弾博士……」


 レミーの瞳から一筋の涙がこぼれた。初めての涙だった。


「弾博士……それでも私はきっと、生まれてきて幸せでしたよ」

「――――!」


 その言葉が耳朶に触れたとき、脩太は自分の心に穿たれていた穴が塞がるのを感じた。

 今は進むしかない。進んでみて、もう一度見つめなおすしかないのだ。


「レミー、僕にはこれが正しい道なのかわからない。だけど弾三十八という人はそれが罪だとわかっていて、それでもやるしかなかったんだと信じたい。だから僕も、これを運命として受け入れるよ。弾三十八博士を葬る。この手で――!」


 レミーが無言でうなずく。

 脩太は、ノートPCの『カゼオトメ』を再起動した。


観測開始オブザベーション・スターティング


 レミーは、完全に氷結したプールの上を静かに歩き始めた。そしてT・E氏――いや、異形と化した弾三十八――Thirty Eight――博士の目の前に立つと、右手のひらを天に掲げる。


「ジオグラフ・フィックス!」


 その言霊に呼応して、レミーの周囲に七色の光粒子が飛び交う。

 やがてそれは、光のつむじ風になってレミーを包み、彼女の姿を一瞬だけきらめきの中にかき消すと、次々と彼女の身体に吸い込まれていった。幾千、幾万、幾億をはるかに超える輝きたちが、バイオニックレミーの誕生を祝福する。


観測完了オブザベーション・カンファームド


「シークレット・スカーレット!! ビームペネトレーター!!」


 レミーは一発で決めるつもりだった。

 確かに、この異形の老人は、かつては弾博士だった者かも知れない。だが今は、その肉体を利用しているだけのクリーチャーに過ぎないのだ。これを倒すことが、弾博士への弔いになるのだと信じたい。

 レミーは一瞬身体を沈めると、反動で大きくジャンプした。プール棟の天井にぶつかりそうな勢いで高く跳び上がり、博士を見下ろすポジションを取る。そして無防備に露出している博士の脳へ、ビームペネトレーターの照準を合わせた。

 おそらく、脳幹を貫けばサイメタルは活動を停止するだろう。今のポジションは確実にそれを狙える位置にあった。

 だがしかし――どうしても拭いきれない可能性がレミーの判断を鈍らせる。それは「博士の魂が、このクリーチャーの中にまだ残っているのではないか」という疑念だ。その迷いが、ビームペネトレーターの照準を、博士の脳から左肩へと無意識にずらす結果となった。

 三点バーストで発射された弩弓針は、博士の肩口に見事命中したが、その硬質な表皮に弾かれてむなしく砕け散る。レミーは絶対的な勝利の機会を、自ら捨て去ったことを自覚した。


「くっ……!」


 レミーの着地を待たず、鋭い爪を持つ異形の右手が、まるでろくろ首のように伸びて襲いかかってくる。そして桁外れの握力でレミーの胴体を鷲掴みにすると、氷結したプールに思い切り叩き付けた。

 足先から打ち付けられるレミー。いくつもの氷塊が爆散し、両脚が砕ける音が響く。まるで骨折のような音だったが、事態はそれよりも深刻だった。あまりの衝撃にセルビットの結合エネルギーが一時低下し、その結びつきが解かれてしまったのだ。


 彼女の両脚は、その内部で液状化現象を起こしていた。

 突っ伏したまま立ち上がることが出来ない。

 レミーの身体は、六〇兆個のセルビットが一つ一つ並んで結びつくことでその形状を作っている。その規律が失われると、彼女は人間の形を保てなくなってしまうのだ。しかも、いったん本格的に崩壊してしまったら、元の姿に戻れる保証はない。

 通常なら、レミーの肉体はこの程度の衝撃には耐えられたはずだ。しかし先程までの粘土寺戦で蓄積したダメージがそれを許さなかった。

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