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バイオニックレミー  作者: 堀幸司 - holycozy - 
最終章『エゴイスト』
36/43

第01話 邪悪の汚染①

 赤く荒涼とした大地、青く雄壮な大空――。

 白の軽ワンボックスカーが、国道B2号線を二號学区へ向かって爆走している。

 車体のポテンシャルを超えた走りに、フレームが激しくビビッているが、そんなことに構っている余裕はなかった。

 本来なら、時速三〇〇キロのバレットライナーで往復出来た道のりを、軽自動車で緊急走破しようというのだから、この愛車を廃車にするぐらいの覚悟がなければやってられないのだ。

 大槻喪世彦はさらにアクセルを踏みしめた。ベタ踏みであった。


「まさかT・E氏の身柄が行方不明になっていようとは……スクールメーカーが磐井バブリスを落とした際に、もっと正確な情報開示を要求しておくべきでした。全くもってこれは、大槻喪世彦にとって痛恨の大ポカ、世紀の大ポカですよお」


 こうなっては、脩太とレミーの選択に任せるしかないのかも知れない。

 元をただせば、二人が背負った宿命なのだから。

 だが、大槻喪世彦には、一人の大人としてそれを見守る義務がある。

 行かねばならない。

 彼はさらにアクセルを踏みしめたが、すでにいっぱいまで踏み込まれていたペダルが、それ以上押し込まれることはなかった。

 白の軽ワンボックスカーは走り続ける。二號学区の形代学園を目指して。


        × × ×


 脩太とレミーそして佐菜子の三人は、依然として学園内のプール棟にいた。

 粘土寺剣との決着をつけた今、『決戦』の終了を宣言してもよかったのだが、生徒会軍師・矢倉イビシャの通信介入によってそのタイミングを逸してしまっていた。ましてや、T・E氏との対決を提案されたとあっては、この場を立ち去るわけにもいかなかった。

 なぜなら、T・E氏との戦いこそが、脩太とレミーがこの二號学区にやって来た最大の目的だからである。


「あのさ……」と、佐菜子が申し訳なさそうにしゃべり出した。

「さっきの通信はびっくりしたけど、二人が黙り込んじゃったのって別の理由だよね? T・E氏ってホントは誰なの?」


 いきなりの直球質問だが、そこに一番の疑問を抱くのは当然のことだ。T・E氏が現れる前に、佐菜子に伝えられることは全部伝えておこう――脩太はそう思った。レミーも同じ考えのようだ。この件は、常々、脩太とレミー二人だけの問題だと思ってきたが、どうやら佐菜子や大槻先生とは親しくなりすぎたらしい。もはや無関係だと突き放すことなんて出来るはずもなかった。


「ええっと……何から話せばいいかな……?」

「脩太、全てを伝えるには、『ハズミの法則』から順を追って話すしかない」

「やっぱりそうなるのか……」

「ハズミの法則?」

「そう、ハズミの法則です――「人体に実装出来るサイメタルの粒子数は、一年半で二倍になる」って聞いたことありませんか?」

「――あるかも。技術が進歩してサイメタル粒子が細かくなるから、同じ体積でもより多くの粒子を配置出来るっていう話でしょ? でも本当にそんなスピードで技術が進歩するのかなって、進歩し続けるのかなって、ちょっと疑わしくも思っちゃうんだけど……」

「ですよね。曽祖父も初めは同じように考えていました。でも人類は頑張りすぎた。サイメタルが実用化されて二〇年経つというのに、この法則は未だ破られていないんです。そしてそれがどういう結果を招くかというと――」


 脩太は、しばし考えたのち、こう切り出した。


「佐菜子さんは、サイメタルを実装しているヒトたちのことを人間だと思いますか?」

「そりゃ思うよ。人間だよ」


 即答である。普通の感覚を持っていれば、それが当たり前の反応だろう。


「じゃあ、工場で作られたばかりのサイメタルの塊は、何だと思いますか?」

「何って……それは、ただの金属かな。金属の塊に過ぎないと思うよ」

「そう思いますよね。あれはあくまで「物」であって「誰か」じゃない」

「……?」

「でも、その金属の塊が、実は「心」を持っているとしたら、どう感じますか?」

「えっ、「心」を? ……うーん、ピンとこないな。どーゆーこと?」


 さすがの佐菜子も怪訝な表情になる。


「言葉通りのことなんですが――サイメタルは「心」を持っているんです。今現在のサイメタルを見てもそう思えないのは、一人の人間に装着するサイメタルの粒子数……細胞数と言ってもいいかもしれません、それがまだまだ少ないからなんです」


 察しのいい佐菜子は、ここでピンと来たようである。


「あぁ! そこでハズミの法則が関係してくるんだね。一年半ごとに倍々ゲームで細胞の数が増えていったら……いつか、装着してる人間よりもたくさんの細胞を持つことになる」

「そういうことです。人間の細胞はおよそ三七兆個と言われてますが、そこにもし一〇〇兆個のサイメタルが装着されていたら? しかもそれは「心」を持っているとしたら?」

「あー……逆にサイメタルが人間をコントロールしちゃいそうな気がしてきた」

「そうやっていつの日か、主従関係が逆転してしまうかも知れないってことです。しかもそうなるように努力しているのは人間のほうで、サイメタルはただそうなる時を待っているだけなんです」

「それが本当なら恐ろしい話だけど――でもそれってちょっとおかしいよ。そんなに危険で重要なことなら、もっと大騒ぎになるはずでしょう?」

「佐菜子、実はみんな気付いている」

「えっ、知らないの私だけ!?」

「佐菜子、そういう意味じゃない――人間は、サイメタルの危険性に気付いている、と同時に、無限の可能性があるとも信じている、信じたいと思っている。なぜなら人間は、未来を夢見るのが大好きな生き物だから。その熱狂を止めることは誰にも出来ない。たとえそれが滅びの道だとわかっていても、人間は止まらない。それが人間の持って生まれた性質。だから強制的にそれを止める者が必要。そのために私は作られた。この世のサイメタルを殲滅するために作られた。だから私と脩太は戦う。サイメタルが世界からなくなるその日まで」

「無茶だよ! そんなおおごと、たった二人で背負えるわけないじゃん!」

「だから僕たちはテストされることになってるんです。それが、全ての元凶であるT・E氏との対決です。もしもレミーと僕が彼を倒せないようなら、これから先も戦っていくことなんて出来ない――曽祖父はそう言い遺しました」

「脩太君……あのアタッシュケースには、そんな遺言が入っていたの?」


 佐菜子は悲しげにつぶやいた。

 レミーに宿命めいたものがあることはわかっていた。そうでなければ、弾博士が命を賭してまで完成させようとはしなかっただろう。それは理解出来る。

 だが、その(ごう)のようなものを、曽孫の脩太にまで背負わせていようとは……弾博士は、何と罪作りなのだろうか。

 佐菜子が涙を浮かべたとき――その感傷的なムードを一気に吹き飛ばす悪意のプレッシャーが三人を襲った。全身が総毛立つような悪寒と、胸をかきむしりたくなる焦燥感が湧き起こる。不快だ。この存在は全てが不快で出来ている。そんな何者かが、このプール棟にやって来たのだ。

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