第09話 最期の願い
粘土寺剣の戦いぶり、そして敗れるさまは、学園内に設置された三〇〇台余りの監視カメラで、天守閣の中央会議室にもライブ中継されていた。
だが、レミーのクワトロブルーマーの破壊力に唖然としていたのは、能満別彩子ただ一人であった。そして粘土寺剣の最期に動揺したのもまた、彼女一人である。
「どういうことだ! 粘土寺が負けたぞ! ……あいつが負けた……だと?」
彩子は信じられないものを見るように映像に張り付いていたが、やがて視線を落とすと、もう一度だけ「負けただと……?」とつぶやいた。
そのとなりでタブレット端末を操作していたメル子が、いくつかのデータを円卓上の投影ディスプレイに表示する。
「先ほどの武装――G7はクワトロブルーマーと呼んでいましたが、観測された高次元エネルギー量は、サイメタルのおよそ六四倍に相当したもようです」
「六四倍……!?」うつむいたままの彩子が唸る。
「サイメタルの六四倍と言っても、この出力はバイオニック本来の性能期待値の一%にも満たないですから、あまり参考にはなりませんけどね」
「まさしく化け物じゃないか!!」
「そうです、彩子――バイオニックは化け物――その存在自体が災いとなって、私たちの未来を奪うモノ。サイメタルが生み出した新しい時代の息吹も、バイオニックによっていつでも死に絶える危険をはらんでいるのですよ」
「殺しましょう!! いや、壊しましょう!! 今すぐに!! 今ならまだ粘土寺が食らわせたダメージが残っているはずです!!」
「彩子、心を静かになさい。粘土寺のことは残念でしたが、これでスクールメーカーも体面を保つことが出来るでしょう。旧校舎は彼らのもの。彼らには居場所とメンツさえ与えておけばいいのです。それだけで彼らは牙を失う」
「ですが、粘土寺の弔いを――!」
そのとき、会議室のドアが開いた。
習慣とは悲しいもので、彩子はそこに粘土寺の姿を求めたが、立っていたのは不敵な笑みを浮かべた矢倉イビシャだった。
「ただいま戻りました」
「ご苦労でした――さて、イビシャ殿、帰還早々あわただしくて申し訳ありませんが、バイオニックG7を間近で見てどう感じましたか」
「さすが弾三十八博士の遺作、まさに無尽蔵かと」
「無尽蔵――ですか。手厳しいイビシャ殿にしては、ずいぶんと褒め称えますね」
「それだけ、あれは危険なものだと再認識いたしました。弾博士は、やはり愚かだと言わざるを得ません。あれは人間の手に余る禁断の生命です。完成させてはいけなかった」
「ならば責任を取っていただくしかないでしょう。博士には、まだその償いのチャンスが残されています。最強のサイメタルをもって、最凶のバイオニックを屠るときが来ました。本番はここからです。ミスターT・Eを呼びなさい。望み通りに戦っていただきましょう。そもそも何を望んでいたか覚えておいでならば――ですが」
そう言うと、栞会長は楽しそうに笑った。
熱量の全くない、氷の笑顔だった。
× × ×
「脩太くーん!! 大丈夫ーっ!?」
プール棟内では、いまだガレキが至るところで崩れ落ち、空気には熱とオゾンの匂いが満ちている。ライフルを肩にかけた佐菜子が駆け込んできたのは、粘土寺剣が奈落の底に落ちてから、まだ二〇秒と経っていないときだった。
このタイミングなら、クワトロブルーマーの閃光や轟音を間近で目撃していたはずだ。それなのに躊躇することなく脩太の身を案じて来てくれた佐菜子に対し、脩太は尊敬に近い感情を抱いていた。
「僕もレミーも大丈夫です……ただ粘土寺は……」
あれでは、生きていようはずもない。
しかし、脩太はどうしても「死んだ」という言葉を口にすることが出来なかった。レミーと脩太のコンビネーションで倒したのだから、半分は自分が殺したのだという自覚と恐怖があったからだ。
そんな脩太に、佐菜子は優しく「うん――」とだけうなずいた。
これまでに佐菜子が狙撃で殺害した人間の数は、両手両足の指では足りない。しかし、そんな彼女であっても、かつて「一人目の標的を撃つとき」があったのだ。そのむごたらしい死にざまを見て胃の中のものをすべて吐き出し、二時間ぶっ続けで震えていた最低なときが。
その経験があるからこそ、佐菜子は脩太を優しく見守りつづけることが出来る。
脩太にはまるで自覚がないようだが、彼の精神力は強い。時には挫折も味わうだろうが、それでも一つ一つ上りつめていく素質に生まれ落ちた人間だ。それは頼もしく思う。
――そのときである。
唐突に、脩太と佐菜子のインカムに割り込み通信が入った。二人は驚いた表情で顔を見合わせる。なぜならこの回線は、脩太と佐菜子の二人のみ、一対一でしか通信出来ない設定になっていたからだ。いわゆる秘匿回線に何者かが侵入してきたのである。
『バイオニックG7の順調な覚醒おめでとう。私は生徒会軍師・矢倉イビシャです』
「「!」」
脩太と佐菜子は思わず息を飲んだ。
一体いつからだ? いつからこの秘匿回線は生徒会に傍受されていたのか?
二人がこれからの対応策を頭の中で模索していると、イビシャはその思考を上書きするように、一方的に話し始めた。
『粘土寺剣を倒すとは、もうビギナーズラックなどと軽くあしらうことも出来ませんね。それはもう十分に実力です。誇りに思っていい。ですが、次の相手に対して、きみたちは真っ向から勝負を挑めるでしょうか――?』
「何の話ですか? 『決戦』はレミーが勝ちました。もう終わったんじゃないんですか?」
『確かに終わりました。今回の『二號教育委員会』と『スクールメーカー』の衝突はね。おかげで、スクールメーカーの大規模部隊がこの学園を襲撃するという作戦も、中止になったようです――』
襲撃の中止は、もちろん『決戦』の勝負が早くついたというのもあるだろうが、水面下で大槻先生がうまくやってくれたことのほうが大きいのだろう。脩太は胸をなでおろす。
『――しかし、我々生徒会と君たちとの闘いは、まだ終わったわけではありません。むしろこれからと言ってもいい。この通信、私の配慮が正しければバイオニックG7も受信出来ているはずですが――彼女なら、私の言っていることを理解してくれることでしょう』
脩太と佐菜子がレミーを見ると、彼女は「わかっている。私は前に進む」とだけ告げた。
『そもそも、なぜ彼女がこの街に現れたのか、もう一度よく考えてみてください』
それには脩太が答えた。
「曽祖父の……弾三十八博士がやり残したことを実行するためです」
脩太はごくりと息を飲んで続ける。
「T・E氏がそこにいるんですね?」
『ご存じでしたか』
「ただの予感です……僕も、そのためにこの街へ来たんですから」
「ちょっ、ちょっと脩太君、何を言ってるの!?」
「ごめん佐菜子さん。僕は曽祖父の――弾三十八博士の遺言を受け取ってるんだ」