第04話 決戦の始まり③
「あぐっ!」
レミーの全身を貫く、サイメタルのヘビたち。
それは初めての悲鳴。初めてのダメージだった。
ヘビたちの流れは、ノイジーなギターサウンドに乗って宙を舞い、ゆっくり旋回したかと思えば、時には素早くひるがえり、レミーに回避の暇を与えない。
「これが観客を魅了するストーム・ザ・スネイクだぜえ!」
瞬く間にヘビの数は増え、一〇〇となり、一〇〇〇となった。それ以上はもう幾つになったのか見当もつかない。
ヘビの群れにくりかえし貫かれたレミーのセーラー服は、既にボロボロになっていて、そこかしこから白い素肌と赤い血がのぞいて見える。
この傷付きかたは、一昨日、スクールメーカーの諜報員ミッチこと織絵ミツ子が負ったものと酷似していた。レミーでさえ、ここまでのダメージを受ける相手だ。生身の人間であるミッチが重体になったのも無理からぬことである。
ヘビたちの増加は止まらない。やがてレミーの姿は、濁流のようになったヘビたちの渦に沈んで、完全に見えなくなってしまった。
状況を見守っていた脩太は、意を決すると学ランの内ポケットに手を忍ばせた。
取り出したのは一本のカセットテープである。昨夜、大槻先生に託された三本のうちの一本だ。奥の手として用意していたが、現実の戦いはそう甘くなかった。まさか初手同然の段階からこれを使うことになろうとは――その状況が脩太を焦らせたが、今使わなければ、レミーの敗北はこのまま決まってしまうだろう。出し惜しみは出来ない。
透明のケースからカセットテープを取り出して、ノートPCの拡張スロットに挿入する。
ガチャン! ――というアナクロでメカニカルな音がしてカセットがマウントされると、『タイプⅡカセットテープ検知』という電子音声が鳴り響いた。
このカセットテープには、レミーの新武装を使用可能にするパスコードが収録されている。そのデータをレミーが読み込むことによって、新たな武装が開放されるのだが……電子音声が鳴っても、ヘビの渦に飲まれたレミーからの反応はなかった。『カゼオトメ』のステータス画面によると、彼女の意識レベルは標準状態を大きく割り込んでいて、ほぼ気絶の状態にあることが見て取れる。
「レミー!! タイプⅡ!! ハイポジションだ!!」
脩太は渾身の力を振り絞って叫んだ。その声の波動はヘビたちの渦をかき分けてレミーの耳をつんざくと、彼女の意識を一瞬だけ「向こう側」からこちらへ引き戻した。
レミーは全身の痛みに耐えながらも、ヘビの渦の中から右手を天に掲げる。そしてこう叫んだ。
「エクスパンジョン・ロード!」
レミーの叫びがトリガーとなって、カセットテープの読み込みが始まった。
転送速度二七〇〇ボー。それがバイオニックシステムにおけるカセットテープのデータ読み込み速度である。一秒間に原稿用紙一枚ぶんのデータすら転送できないという極めて遅いインターフェースだが、その枯れた技術ぶりは、バブリスの内側では信頼性に直結する。
だが、実戦向きかと問われると、残念ながらノーと言わざるを得ない。読み込みの進捗状況を示すプログレスバーは、残り時間がおよそ五〇秒であることを示していた。戦闘中に五〇秒の隙を見せることは極めて致命的だ。
しかし、この隙を見せなければ、レミーの新たな武装を開放することは出来ない。
「何か知らんが、させるかよ!」と粘土寺のギターサウンドが割って入る。いったん戦闘のスイッチが入った粘土寺の頭からは、当初の「レミーのシークレット武装を暴く」という作戦はどうでもいいことになっているようだ。
粘土寺がエレキギターをさらに激しく弾くと、それに呼応してより荒々しいヘビたちが旋風を巻き起こした。その勢いに翻弄されるレミー。彼女のダメージは増す一方である。
ノートPCを見ている脩太の表情には、焦りだけが色濃く浮かんでいた。
読み込みの進捗を示すプログレスバーはまだ二〇%しか進んでいない。さすがはカセットテープ、期待に違わぬ遅さである。読み込み完了までレミーが持ちこたえるためには、粘土寺の攻撃を少しでも緩和させる必要があった。
脩太は今、選択を迫られている。
粘土寺とタイマンを張るか? ヘビの大群を相手にするか?
その二択だ。
おそらく粘土寺を相手に殴り合おうとしても一発でのされるだろう。殴り合いにすらならないかも知れない。
その点、ヘビを相手にした場合は、自分の身を盾にすることが出来る。自分が盾になることで、レミーに襲いかかるヘビの数を減らすことは出来るはずだ。それは焼け石に水かも知れないが、自分に出来ることはやっておきたかった。
「くそっ! 僕が相手だ! 来い!」
叫びながら脩太は、レミーと粘土寺の間に飛び出した。深く考えすぎて怖じ気づく前に行動に移したのだ。そのせいで戦術的には何の効果もないタイミングになってしまったのは痛恨の極みだった。これでは単なる悪手である。自由奔放に戦う粘土寺でさえ呆れた声をあげた。
「おいおい、弾脩太よ。おめーが直接参加するのはルール違反じゃねえのか? つっても今さら遅せーか。ストーム・ザ・スネイク!」
脩太は跳ぶように駆けると、レミーが埋もれているヘビたちの渦へ飛び込んだ。両手でヘビたちをかき分けるが、レミーの姿は奥深くにあって見えない。そうこうするうちに新たなヘビが大量投入され、脩太もまたヘビの渦の中に姿を消してしまう。
このままでは一〇秒ともたずにレミーと脩太は共倒れになるだろう。
だが脩太は諦めていなかった。ヘビたちに押し潰されそうになりながらも、レミーの姿を指先で追い求めていた。悪あがきを続ける両手がヘビたちを掘り進んでいく。
このときの脩太は、まだ気付いていなかった。
自分がヘビからのダメージを全く受けていないことに。
粘土寺が攻撃対象をバイオニックに限定していたため、脩太の存在は単なる異物としか認識されていないのだ。
脩太は一心不乱に掘り進む。ダメージを受けないとはいえ、ヘビの渦の中では身体の自由がきかない。それでもあがき続けたのが功を奏したのだろう――ふいに指先に温かいものが触れた。それがレミーの温かさだということはすぐにわかった。指先に全神経を集中させ、何とかレミーの身体を引き寄せた脩太は、ただ守りたいという一心で彼女の全身を抱きしめていた。そして図らずもそれが本当にレミーを守ることとなった。ヘビの攻撃を受けない脩太の身体が、レミーを守るバリアになったからだ。
ヘビたちの渦の中で、データ読み込みは着実に進んでいく。
プログレスバーの進捗表示が伸びる。
七〇%……八〇%……九〇%……そして!
ヘビたちの渦の中でレミーが叫んだ。
「シークレット・ムーンホワイト!」