第02話 決戦の始まり①
脩太とレミーの二人は、形代学園の校門前に到着した。
いつもと大して変わらない景色なのに、人っ子一人いないだけでこうまで異質で不気味な情景になるのだと、あらためて背筋に冷たいものが走る。
空を厚く覆った雲はどす黒く、心なしか生暖かい風も吹いてきた。対戦する相手が誰であれ、これが命をかけた『決戦』であることを演出されているような気分だ。
脩太たちが集う校門とは運動場をはさんで向かい側にある職員棟――その中央出入口に粘土寺剣の姿があった。約束どおり一人で立っている。
この距離から見ても、蹴る殴るでは倒せそうにないマッシブな体つきに、脩太はごくりとつばを飲み込んだ。
「すげえな!」
粘土寺が叫んだ。叫んだというよりも、少し大きめの声を出した程度なのだろうが、その声は太く強く大気を振動させ、脩太の横隔膜をズンズンと響かせる。
「すげえな、お前ら! 言われてもねえのに二〇分前に来やがった! 能満別彩子が普段から口酸っぱく言いやがる五分前行動ってのも、案外、眉唾じゃねえんだな! なあ、イビシャよ!」
つっこみたいポイントがいくつかある物言いだった。
まず、五分前行動は、人として――は言い過ぎとしても、標準的な日本人なら大抵は身についている習慣だろう。場合によっては、五分前行動の人を待たせないように、一〇分前行動を基本にしているパターンだってあるかも知れない。まあ、今回、脩太たちが二〇分前に着いたのは、いつもの登校ペースでやって来たからに過ぎないのだが……。
次に、彼は『イビシャ』と言ったが、それは多分、生徒会軍師の矢倉イビシャ先輩のことだろう。今回は、戦いに参加する者だけが学園内に入ることを許されていたはずだが、早くも生徒会側のルール違反が露呈したわけだ。ただし、矢倉イビシャ先輩は、決まりごとに厳格な人柄らしいので、あくまで傍観者としてどこかで見ているだけなのかも知れない。
そういう意味では、脩太たちも、厳密にはルール違反を犯している。学園の敷地外だが、近くのビルの屋上に、狙撃手として佐菜子を配置しているのだ。もちろん不意打ちをするためではない。生徒会側が大きなルール違反を犯した場合に警告射撃をしてもらうための保険である。
ここはお互い様といったところだろう。暗黙のグレーゾーンだ。
「すまねえが、ドンパチを始める前に、もう一度ルールを確認しておきてえ!」
「わかりました!」
「戦いはあくまでタイマン! 一対一だ! ただし、お前らは二人で一組の戦闘ユニットだからそれで一人とみなす!」
この提案が生徒会側から出されたときは正直耳を疑った。そんな譲歩をしてくるなど、夢にも思っていなかったからだ。だが今ならその理由がよくわかる。矢倉イビシャ先輩がどこかから見ているかも――というのがその答えだ。
レミー一人で戦場に駆り出しても、ビームペネトレーター戦に終始するのはわかりきっている。そしてそれは既に、実際に戦った能満別彩子の口から詳しく伝わっているはずだ。だからイビシャ先輩にビームペネトレーターの情報はこれ以上必要ない。彼が欲しているのは、第二、第三のシークレット武装の情報なのだ。
それを引き出すには、まず、観測者である脩太も戦闘に参加する必要がある。二人で一組を認めるのはそういう理由だ。
そしてもう一つ、残念ながら粘土寺剣ではその詳細をレポートする能力に欠けている。ゆえにイビシャ先輩自身が現場に出張ってきているのだ。
わかってしまえば、シンプルな構造だ。
「二つ目は戦利品についてだ。お前らが勝ったら旧校舎は全てお前らのものだ。そして俺が勝ったらバイオニックG7は生徒会がもらい受ける。毎日のチュロスとかいうやつも準備させる。それでいいな!?」
「それについてはもう一度要求しておきたいことがあります! 旧校舎が僕たちの管理下に置かれるなら、旧体育館もそうであるべきだ。なぜあなた方が、新旧両方の体育館を持ち続けることになるのか、納得のいく説明が欲しいです!」
「納得させることは出来ねえ!」
「言い切った!?」
「旧体育館は、自分の主を自分で選ぶ。今回、お前たちは選ばれなかった。それだけの話だ」
「??? ――そんなので納得出来るわけないでしょう?」
「今は受け入れろ! これは俺の心からの助言だぜえ!」
旧体育館にどんな秘密があるのかわからないが、粘土寺剣のように直情な人間が、いったん駄目と言い出したら、それが覆されることはないだろう。
これ以上の交渉は、時間のロスだと判断する。
そうでなくても、スクールメーカーの襲撃部隊が迫っている可能性があるのだ。大槻先生がうまく押し止めていてくれればいいのだが、先生からの連絡はあれから一度もない。いきなり殺されたりはしていないだろうが、身柄を拘束されてしまった可能性は拭いきれない。
万全を期するなら、スクールメーカーの襲撃部隊は来るという前提で行動すべきだ。
つまり、彼らの襲撃より先に、粘土寺剣との決着を付けておくべきなのだ。
残された時間は、多分、あまり多くない。
「わかりました! では始めましょう! スタートの合図はどうしますか?」
「そうだな、あのビルの屋上に待機しているお前らの狙撃手に、弾を一発撃ってもらおうか。その音が合図だ」
『――気付いていたのか……粘土寺剣、あなどれない』
脩太は、耳に付けたインカムを通して佐菜子に伝える。
「一発撃ってください。それでスタートです」
『ロジャー。空砲を撃ちます』
数秒後、パーーンッという乾いた音が辺りに響いた。『決戦』の始まりだ。