第05話 ジオグラフ・フィックス
小型拳銃SMデリンジャーで飛行船を即時墜とせるかと言えば、答えはノーだろう。
しかし佐菜子には勝算がある。
もちろん、大槻先生から預かっている教員ロッカーの鍵を使い、そこに隠してある狙撃用ライフルを取ってくる――というのも一つの手だろう。だがそれでは遅い。彼ら空挺部隊に次なる戦術を張り巡らせる猶予を与えてしまう。それでは駄目なのだ。
ならば、どうするのか?
答えは彼女が所持する端末画面にあった。
マップ上を急速に近づく赤い光点。
それは弾脩太の学生服に仕込まれた座標発信装置。
その接近速度は時速一二〇キロ。あきらかに人間のポテンシャルを超えている。
ということは、つまり……。
ダンンッッ!!
走り幅跳びの世界王者が新記録を出したときのように、黒いセーラー服少女が着地した。
どこに? ――屋上のど真ん中に。
どこから? ――少なくとも、全員の視界の外から。
その衝撃は凄まじく、レミーの両足はふくらはぎまでコンクリートにめり込んでいた。
レミーの背中におぶさっていた脩太は、速攻でそこから飛び退くと、ノートPCを開いて周囲の三点を見比べる。
そう、三点を。
粘土寺剣を。
山千家茶子を。
白銀の飛行船団を。
そして叫んだ。
「敵はどいつだ!」
「スクールメーカーの飛行船よ!」佐菜子が間髪入れずに空を指差す。
「わかった! レミー!」
脩太がノートPCを操作する。システム『カゼオトメ』を起動。
『観測開始』と電子音声が響き渡った。
まさか、レミーの真の力を発揮する最初の相手がスクールメーカーになろうとは、誰も予想出来なかっただろう。おそらくはレミーを作った弾博士でさえも。
レミーは、めり込んだコンクリートから抜け出すと、右の手のひらを天に掲げて叫んだ。
「ジオグラフ・フィックス!」
レミーの周囲に七色の光粒子が発生し、彼女の身体に次々と吸い込まれていく。その数は無限であるかのごとく空間に満ちあふれ、奔流が尽きることはない。
美しいレミーの黒髪は、虹色の輝きを持つ光ファイバーのような光沢を帯び、セーラー服のスカーフや赤いラインはそれ自体がきらめく鮮やかさをまとう。
サイメタルのエネルギー量とは別次元のパワー。これまでバイオニックについて語られてきた「都市伝説」のどれもが「真実」であったのだと知らしめるに十分な姿。
そこに光があり、光の中からバイオニックG7は誕生する。
『観測完了』
電子音声が変身の正常終了を宣言したとき、そこに立っていたのは、レミーであってレミーではない何者かであった。
それが『バイオニックレミー』だ。
バイオニックレミーは人造人間である。
六〇兆個の人工細胞セルビットの集合特性を利用し、
人間の形を模すことで誕生する新生命体である。
そのポテンシャルは全てのサイメタルを遥かに凌駕し、
最大二六種類の武装を同時展開しながら、
一〇の一二乗倍の高次元エネルギーを、我々人類が認識する四次元時空に展開出来る。
その力は膨大。可能性は無限。
彼女は今、生まれたての子供のように不確かな存在でありながら、
それでいて力強い、最初の一歩を確かに踏み出した。
レミーの観測完了と同時に、脩太の余命カウントダウンがノートPCで開始される。その減少スピードは予想よりもずっと速く、脩太は一瞬だが、そこから先へ進むことにためらいを見せた。
それでも――。
「武装展開だ! レミー!」
「了解!」
いまだ目映い輝きをまとうレミーが、上体を大きくひねる。
「シークレット・スカーレット!」
その言霊をきっかけに、緋色に輝く光粒子たちが現れ、彼女を照らしながら周囲を旋回する。そして瞬時に結合して多数の欠片を形成すると、脈動する輝きがその激しさを増していった。
「ビームペネトレーター!」
叫びながらレミーが左腕を前方に突き出した。光の欠片たちは一斉にそれを追いかけ、彼女の前腕部に集結して『重粒子弩弓針』を構成する。
まさに瞬時の出来事である。
レミーは、上空に浮かぶ白銀の飛行船に照準を合わせると、宣言なしで即、発射した。
質量兵器とエネルギー兵器の特性を兼ね備えた、直径三センチ×長さ五〇センチの弩弓針。それが三本連続で――三点バーストで、飛行船の気嚢をぶち破る。
この飛行船の気嚢は、安全性確保のために三六分割されており、そのうちのいくつかが破られても、ただちに墜落することはない。ただし、破損による船体形状の変化が、周囲の空気との乱流を生み、機動性が大きく損なわれることだけは確かだ。
ビームペネトレーターに狙われている以上、もはや、空挺中隊一〇五番が作戦遂行することは叶わないのだが、問題は彼らがいつ撤退するかである。職業軍人ではないスクールメーカーの武人たちは、そのぶん、戦闘にロマンを求めがちであった。そしてそれが脳内の妄想であるとわかっていながら、最後には特攻を仕掛けたりもするのだ。
あたら命を散らすなかれ。
レミーは三隻の飛行船のゴンドラ部分――そのコクピットに弩弓針を一本ずつ撃ち込んだ。
それは「殺ろうと思えばいつでも殺れるのだ」という無言の宣言。
必殺のプレッシャー。
すなわち戦闘の強制終了。
上空にしばらくとどまっていた三隻の飛行船は、すみやかに転進を始めると、一斉に学園の空域から離脱を開始する。その速度はぐんぐんと増し、やがて彼らの姿は雲の白さにかき消されて見えなくなっていった。
目下の危機を回避した一同はホッと胸をなで下ろし、笑顔で互いの労をねぎらう。
特に脩太は、自分の余命がどれだけ削られたのか悟られぬように、その笑顔も不必要なほどに晴れやかだった。
そんな中、粘土寺剣だけは厳しい表情を隠せないでいる。バイオニックの性能が噂に違わぬものだったからだ。
一般論として、どんなシステムでもそうだが、世間にうたわれている性能はあくまで理論最大値であり、現実に運用した場合の実測値とはギャップがあるものだ。ひどい場合は、話半分にも満たないことさえある。サイメタルも、その性能は「当人のイマジネーションが完全無欠だった場合」の想定値であり、現実には六~七割あれば上出来と見積もっておくほうが無難だ。
しかし、たった今、粘土寺が目撃したバイオニックの性能は違った。一二〇%の力を出していたのではないだろうか? 目映い光に包まれていたせいで「豪華に見えた」という贔屓目も多少はあるだろう。しかし、やはり「想像を超えていた」ことは認めざるを得ない。
「それにしても……」と粘土寺はかぶりを振る。
山千家茶子、千歳佐菜子、そしてバイオニックG7と、まさに最強の三人ではないか。
知力・体力はもちろんのこと、戦いの勘というものを彼女たちは身につけている。それは天賦の才であり、後天的な修練でなかなか追いつけるものではない。
「女傑三人ありか……いや、こういう呼びかたはもう古いのかもしれんが」
粘土寺としては、気の利いたことを言ったつもりだったが、
「女傑って……あなた歳いくつ?」と茶子があきれ、
「もしかして昭和生まれなんじゃないの」と佐菜子がつっこみ、
「ああ、何だ、卑猥な言葉じゃないのか」となぜかレミーが残念そうに言った。