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バイオニックレミー  作者: 堀幸司 - holycozy - 
第四章『イエティーの帰還』
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第03話 脩太、遅刻する

「なぜなのか!?……ハッハッ……ハッハッ……」


 同時刻。脩太は学園への並木道を走っていた。完全に寝坊してしまった。

 いくらバイオニックについて明け方まで勉強していたとはいえ、寝坊はないだろう……と我ながら思う。

 生徒会や二號教育委員会とのやりとりは命を懸けることもあるのだ。

 そんな戦場めいた場所へ行くのに、寝坊という状況があっていいものだろうか?

 いいわけない!

 思わず自問自答するほどありえない。


「脩太、そんなに急いでどこへ行くの?」


 いつの間にか、脩太のとなりでレミーも走っていた。

 汗一つかかずに颯爽としたものである。


「ハッハッ……どこって、そりゃ学校だよ……ていうかレミー、どうして姿を現してんの?」

「いろんなことに興味が湧いてきた」

「興味?」

「例えば、私が姿を現すことで生徒会がどう出てくるのか興味が湧いてきた」

「まぁ、ハッハッ……それは確かに」

「姿を現しているほうが、より多くの敵を呼び寄せる。波乱含みになる。それが私の存在意義を満たしてくれる――ような気がする」

「確かにそうかも知れないけど、ハッハッ……あんまり物騒な考えは起こさないでくれよ……ハッハッ」

「それから、もう一つ――」


 レミーはほんの少しだけ言い淀んだが、言葉を続ける。


「人間たちの社会になじんでおきたい。私も輪の中に入りたい」

「…………」

「おかしなことを言ったかしら?」

「いや……ハッハッ……いいと思うよ、それ……ハッハッ……ハッハッ……」


 脩太は、レミーの顔をまっすぐに見ることが出来なかった。そこにある表情が、人間のそれと何一つ変わらないことがわかりきっていたからだ。

 人と人とが想いを伝え合うのは何だか照れくさい。ぼっちを自認してきた脩太のことだからなおさらだ。しかしその戸惑いは、きっとレミーのほうが大きいのだろうと思う。普段の言動が飄々としているからわかりにくいが、レミーはまだ年端もいかない子供と同じくらいしか、この世界を知らないのだ。

 脩太は、何か気の利いたことを言おうと思ったが、どれも取って付けたような物言いにしかなりそうにない。当たり前のように沈黙が訪れたあと、再び口を開いたのはレミーだった。


「ところで脩太」

「ハッハッ……何?」

「どうしてさっきからハァハァしてるの? 性的に高ぶっているの? 荒ぶっているの?」

「ハッハッ……ハァハァはしてない……ハッハッ……走って息切れしてるだけでしょ……ハッハッ……何できみは平気なの?」

「この前も言ったでしょう? 私はエネルギーを得るために酸素を必要としていない。それにこのスピード……具体的には時速一二キロだけど……これは私にとって、歩くのと変わらないモード」

「ハッハッ……だよね。きみは時速三〇〇キロのバレットライナーと張り合えるもんな」

「てへへ」

「何で急に照れた!?」

「人間のビヘイビアを習得するのも、バイオニックシステムの機能」

「ハッハッ……なるほどね……ハッハッ」

「ところで脩太。そんなに急ぎたいなら、私が運んであげるのだけど」

「はい?」


 脩太は立ち止まった。両手を膝に乗せ、ゼーゼー言いながら背中で大きく息をしている。


「…………ゼーゼー……するってーと何かい? ……ゼーゼー……また僕を抱きかかえて……ゼーゼー……軽々と学校まで飛び跳ねていこう…………ってわけかい?」


 脩太の荒れた呼吸はなかなか治まらない。


「脩太がそう望むなら」

「あんまり僕をみくびるなよ……って言いたいところだけど、全力でお願いするッ!!」


        × × ×


 旧校舎の屋上は、形代学園の敷地内では、最もプライベートな空間を確保出来る場所である。

 昼休みや放課後にはそれなりの人数が過ごしてはいるが、全員が相互不干渉を貫いているので、互いのATフィールドが破られることはない。ましてや今が授業中ともなれば、その数は激減する……というか基本的には無人である。今の茶子と佐菜子にとって、これ以上はない絶好のスポットなのだ。


「なるほどね。弾三十八(はずみさんじゅうはち)博士の遺作、バイオニックG7……それが『黒いセーラー服少女』の正体だったと――てか、むしろ正体のほうが衝撃的な存在であるような気もするけど」

「スクールメーカーとしては、弾博士の遺志に従って、直系の曽孫である脩太君を全面サポートするつもりなのだけど……」

「なのだけど?」

「おそらく、弾博士は脩太君に、具体的な遺言を何一つ遺していない。バイオニックG7とノートPCの情報以外は、何も」

「つまり、その気になれば――あくまで弾脩太君がその気になればの話だけど、二號教育委員会の側に付くことも選択出来るというわけね」

「その気になれば、だけどね」

「その点、佐菜子は彼を信頼していると。弾脩太君は、スクールメーカーの正義を信じてくれていると」

「正義かあ……どちらが正義なのかはわからないけど、少なくともスクールメーカー側にシンパシーを感じてくれているとは思う」

「何その弱気発言。しっかりなさいよ、私はスクールメーカーの支援者なのよ? そんな人間の前で立場をあやふやにしてどうするの――それとも、あれなの? 急進派が磐井バブリスを落としたことに不信感でもあるわけ?」

「ある。多数の死者を出してまで、今さらあんな辺境の研究所を落とす意味がわからない。この宣戦布告には、お互いにデメリットしかない」

「もともと戦争なんてデメリットの塊よ。物事の優劣を決めるのに命のやりとりなんて必要ないもの」


 これは佐菜子の心を大きくえぐる発言だった。狙撃手(スナイパー)として人の命を奪うこと、その一発一発が自分のアイデンティティを形作っている佐菜子にとって、存在を全否定されているようなものだ。もちろん、茶子に他意はなかった。彼女は佐菜子の本業が狙撃手であることを知らないのだから。


「そういえば、教室で弾脩太君らしき人の姿は見えなかったけど、彼は今何してるの?」

「え? あれ、そういえば……」

「ちょっとちょっと――佐菜子、あなた、弾脩太君のお目付役として二年B組に潜入してるんでしょう? さっきも言いたかったんだけど、真面目に授業受けてどうするのよ」

「いやあ……彼とは住んでる場所も違うし、監視の目にも限界があるよー」

「せめて一緒に登校するとか、やりようはいくらでもあるでしょ?」

「それは照れくさいじゃない」

「佐菜子……あなた……」


 茶子はビシッと佐菜子を指さした。


「弾脩太君のこと、ちょっと好きになってるんじゃないの!?」

「ええっ!? そんなこと……んー……ないと思うけど。うん、ないない、ないわー」

「いやあるでしょ!! ガッツリと!!」


 その時である。屋上の鉄扉が、ギギィー……と音を立てて開いた。もともと建て付けが悪く、さびも出ているのできしみがちな扉ではあったが、今回の音は、いつにもまして不快な響きだった。

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