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バイオニックレミー  作者: 堀幸司 - holycozy - 
第三章『宣戦布告』
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第03話 生徒会長との邂逅

 重傷を負ったミッチは、スクールメーカー専属の医療車に乗せられ、近くの総合病院に搬送された。それを二號教育委員会が表立って妨害するようなことはなかった。

 脩太は今まで、現状を誤解していたようである。

 この『二號学区』という都市は、二號教育委員会が絶対的に支配しているエリアであり、反対組織のスクールメーカーはおろか、一般人でさえ二號教育委員会に仇なすものは連行されて処罰を受ける――そんな恐怖政治のイメージを持っていた。だが、現実はそう単純ではないようだ。

 事実、この街には、スクールメーカーの人間が「存在を公にしない」ことを不文律に、それなりの人数が暮らしている。脩太だってその一人だ。

 そして、二號教育委員会とスクールメーカーは、どちらもサイメタル時代の覇権を狙う組織でありながら、不用意な抗争を避ける「何らかの協定」を結んでいたらしい。

 それを今回、スクールメーカー側が反故にし、一方的に宣戦布告を突き付けたのだ。

 そんな情勢変化があろうことを、脩太はもちろん、佐菜子さえ把握していなかった。

 では、大槻先生は知っていたのだろうか?

 おそらく彼も知らなかったんじゃないか? と脩太は予想する。

 そして、それがわかっているからこそ、佐菜子は激怒しているし、こうやって早歩きで職員室へ向かっているのだ。脩太を金魚のフンのように引き連れて。

 佐菜子が職員室の引き戸をガラガラッ! と勢いよく開けると、中にいた先生たちが一斉にこちらを見た。その中に大槻先生も混じっており、「あー、やっぱり来たー……」という、悲しい犬のような表情を見せた。

 ツカツカツカと佐菜子が大槻先生に詰め寄る。


「あたしわぁっ!!」声がでかい!

「千歳クン、トーンダウン。職員室では静かにしなさい。ほかの先生方も「仕事」をしていらっしゃるのですから」


 脩太は、大槻先生の「仕事」という言葉のイントネーションにひっかかるものを感じたが、佐菜子の剣幕がまだ収まる気配がないので、金魚のフンに徹することにした。


「あたしは、弾博士を尊敬し、そのご遺志が全うされるべきだと考え、この二號学区での任務に志願しました! 人殺しの日々から逃れたくてここに来たわけではありません! 確固たる私の意思がそうさせたのです!」

「わかってます、千歳クン――わかっています」

「じゃあ、何なんですか宣戦布告って! もしかしてセンセも知らなかったんじゃないですか!? どうせアレでしょう、上層部の連中は、レミーと脩太君を学園に送り込めた時点でこちらの勝ち、詰めた、くらいに考えてるんでしょう? それは大きな間違いですからね!」

「ははは……まいったな、これはどうも――うーん、順番どおりにお答えしましょう。はい、そのとおりです。宣戦布告の件は、私も今朝ここに来て知りました。少なくとも「我々が敵地にいる」という点を上層部はどう思っているのか? 私も憤りを隠せずにいますよお……」

「全然、憤ってないっ!」

「ははは……それは、私の顔つきの問題でしょう? 私だって今、怒髪天を衝く勢いなのですよ、これでも。二つ目の答えもイエスです。「バイオニックG7と弾クンの投入で生徒会は白旗を揚げるだろう」と上層部は考えていた節があります……が、現実は、織絵ミツ子クンを拉致するという事案が発生しました。不幸中の幸いなのが、残る二人については未遂に終わったということですが……今ごろ上層部では、責任の所在を明らかにするため、非のなすりあいで紛糾していることでしょうねえ」

「じゃあしばらくは、命令系統も混乱しそうですね」

「するでしょうね」

「そうなると、現場判断の占める割合が多くなります」

「確かにそうです」

「現場判断の是非を問うのは、現場の長であるセンセですよね?」

「もちろんイエスです。だけど千歳クン、お手柔らかにお願いしますよ」

「善処します――行こう、脩太君」


 早々に用件を済ますと、佐菜子は廊下へ向かった。

 脩太は大槻先生の顔色をうかがい、その真意を探ろうとする。


「大槻先生、いいんですか? かなり怒ってたみたいですけど……」

「いやあ、僕は隠し事が出来ない性格なもので、上層部が情報を下ろしてくれないことも多いんですねえ……千歳クンにも弾クンにもご苦労をかけます。本当に申し訳ない」


 脩太は例によって「頭を上げてください」と言うだけで精一杯だった。大槻先生は、「千歳クンは、きみという仲間が出来て、とても喜んでいました。そのあたりは察してあげてください」と再び頭を垂れた。


 脩太が廊下に出ると、すぐそこに佐菜子が突っ立っていた。自分を待っていたのだと思って近づくと、どうやらそうではないらしい。両手を腰に添えて、アゴを突き出している。


 佐菜子は、決して広くはない職員室前の廊下で、三人の女性と対峙していた。そのうちの一人と正面からメンチの切り合いをしているのだ。その相手には脩太も面識がある。生徒会副会長の能満別彩子だ。やはりバレットライナー戦で骨折していたらしく、右腕にギプスをしてバンドで吊っている。一般の生徒たちは、まさか生徒会の副会長が、バレットライナーの大事故に一枚噛んでいたとは思わないだろう。その腕の骨折が、名誉の負傷だということも。


「何を見ている弾脩太。骨折を見るのは初めてか?」


 目と目が合うなり怒鳴られた。

 気持ちはわかるが、こちらは殺されかけたのだから詫びる道理もない。


「おやめなさい、彩子。生徒たちの前ですよ」


 なぜだかこんなところに中学生――いや小学生? が紛れ込んでいる。

 誰だこの子は? と脩太の脳内には「?」が飛び交った。


「申し訳ありません、栞会長。ひと言、毒を吐いておきたかっただけです――弾脩太に」

「ああ、彼が観測者に推された弾脩太君ですね。よろしく、弾君。私は生徒会長の栞鼎です」と、小さく会釈する。

『えっ? 幼女とまでは言わないけど、こんな年下の小さな子が会長?』


 戸惑う脩太が佐菜子に「本当なの?」という目線を送ると、彼女は静かにうなずいた。脩太が驚くのもわかる、といった表情で。


「先ほど、スクールメーカーが二號教育委員会に宣戦布告したという一報を受けまして、私たち生徒会も対応を決めなければなりませんの。場合によってはあなたの命を頂戴することになるかも知れませんが、そのときはごめんなさいね」


 あまりにも涼やかに言われたものだから、脩太は思わず「あ、はい……」と頭を掻いてしまった。すぐさま佐菜子に襟元を引っ張られて、小声で「何言ってんの、脩太君!」と叱られる。


「ククク……とんだ世話女房に見初められたな、弾脩太」


 能満別彩子が笑い飛ばすと、タブレット端末を手にした眼鏡の女子生徒もつられてクスクスと笑う。

 二人の部下の笑いを片手で制しながら、栞会長は話しを続けた。


「弾脩太君。近くあなたとは雌雄を決することになるかもしれません。心を強く持って、私たちに立ち向かってくださいね」


 栞会長の物腰はあくまで穏やかである。

 穏やかすぎて、得体の知れないどす黒さを感じる。


「会長、そろそろ行きませんと……」


 タブレットの女子生徒がささやくと、栞会長は「あぁ、ごめんなさいメル子。行きましょう」と微笑みながら、もう一度、脩太と佐菜子に向きなおった。


「今から、二號教育委員会の役員がたと会合なのです。スクールメーカーをいかに排除するか、という興味をそそる議題でね」


 あきらかに脩太と佐菜子を挑発する発言だったが、それに対するリアクションには関心がないと言わんばかりにくるりと身をひるがえすと、彼女は廊下の奥へと去って行った。この先にあるのは校長室のみ。残る二人もそれに続く。

 脩太は、去りゆく女性三人の背中を見送りながら、「あれが生徒会長……」と声を漏らしていた。


「生徒会の中核メンバーは精鋭ぞろいだけど、栞会長はさらに別モノ」と佐菜子。

「強いってこと?」

「う~ん……強いのは間違いないと思う。少なくとも、今まで誰にも負けたことがないのは確か。でもね、実際に戦っているところを見た人がいないんだよね。だからどういうサイメタル能力を持っているのか全く不明。もしかすると生徒会のメンバーですら知らないのかも」

「そうなんだ……」

「ねぇ、脩太君、ところでレミーはどうしたの? また省エネモード?」

「わからない。朝のバトル以来、姿を消したままなんだ――愛想つかされたのかも」

「そんなことないよ! 脩太君はよくやってる。いきなりの初陣であれ以上はハードル上げすぎだよ……あー、でもレミーいないのか……ミッチのことお礼言っておきたかったんだけど」

「多分、僕らが見えてる範囲にはいるんだと思うけど……」

「そっか――ありがとうレミー! おかげでミッチは大丈夫みたい。それだけ言いたくてさ」


 誰もいない宙に向かって、佐菜子は心からの礼を述べた。

 脩太は、人間には観測不可能なはずのレミーがドギマギしているのを、感じ取ったような気がした。

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