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バイオニックレミー  作者: 堀幸司 - holycozy - 
第三章『宣戦布告』
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第02話 喧嘩上等の男

 ピキーーーーン!

 何か硬質なものにヒビが入るような音が鳴った。その場にいた全員が、音のほうを向いたつもりであらゆる方向をキョロキョロしている。だが、この音の発信地を、人間の耳で特定出来るはずもなかった。これは、高次元から漏れ出したエネルギーが、付近の空間そのものを響かせた音なのだから。

 ところがそんな中で、一人だけ正しい方向を見ている者がいた。

 粘土寺剣だ。

 ただし、彼がそこを見ているのは、音の発信地だからではない。

 まさに今、彼の目の前の空間に小さなヒビが入り、その隙間から黄金の光が漏れ出したところだったのだ。


「なんっ!? いつぁ!!」


 おそらく「なんだ!? こいつは!!」と言いたかったのだろう。しかし、想定外の驚きがそのセリフを噛ませた。

 空間の小さなヒビは、稲妻のように一瞬で四方八方に広がり、人が中に入れるくらいの球体を形成すると一気に爆発的に弾け飛んだ。

 飛び散る光の欠片たち。響き渡る破砕音。

 その中から、見慣れた黒装束をまとった右パンチが繰り出される。その拳はストレートの軌道を猛進すると、ゴォウッ! という音を立てて粘土寺剣のアゴにクリーンヒットした。


「へぶっ!」


 のけぞって白目をむく粘土寺。

 だがその一瞬ののち、眼球がクルリ・ギョロリと動いて正面を見つめなおす。常人ならアゴを砕かれ脳しんとうで倒れるはずだったが、そこで持ち直した粘土寺は、やはりあなどれぬ強敵である。


「へっ……なかなかのストレートだが、イメージじゃねえなあ、バイオニックG7」


 よろめく粘土寺が睨み付ける先、球体が爆散した場所には、黒いセーラー服を身にまとったレミーが仁王立ちしていた。


「脩太! 観測して!」

「わかった!」


 二人のコンビネーションは鮮やかだった。脩太は慌てることなく、ノートPCのシステム『カゼオトメ』を起動すると、観測者の権限でレミーのフル稼働モードを開放する。


観測開始オブザベーション・スターティング


 と、辺りに響き渡る電子音声。

 瞬く間に、レミーの周囲に七色の光粒子が発生し、彼女の身体に次々と吸い込まれていった。それは一秒ごとに輝きを増し、光の渦を作ると彼女の身体全体を包み込もうとする。

 その瞬間だった! フッと糸が切れたように粒子たちが散逸すると、レミーのセーラー服が漆黒の姿に引き戻される。

 レミーは、膝からガクンと落ちた。


「!!――――足りない……」


 その原因(エラー・コード)は、脩太のシンクロ不足。

 余命を削られることにおののいたか? それとも単なる経験不足か?

 とにかく、脩太の余命エネルギーがレミーに流入することはなく、彼女の形態は通常モードにとどまった。

 脩太は、悔しさのあまり拳で地面を叩く。


「くそっ、僕か! ……僕がビビったんだ!」


 脩太は肩を落としてノートPCの画面を見つめているが、レミーと粘土寺のファーストバトルは今から始まる!


「へっ、見かけ倒しだな。変身失敗ってか……?」


 かたや、脳しんとうが抜けきらない粘土寺剣。

 かたや、通常モードでの参戦を余儀なくされたレミー。

 だが、両者にためらいの色は全くなかった。目と目が合うや、二人は(いくさ)の名乗りをあげることもなく全力でぶつかり合う。

 ブォン! ――と周囲の空気が圧力に躍った。

 繰り出される拳と拳。ジャブ、フック、ストレート、そして変則的なパンチも織り交ぜながらのせめぎ合い。二人の間には、一〇〇にも二〇〇にも分裂した拳が飛び交うように見える。

 やがてそのスピードは音速に近づき、残像すらもかすかにゆらめくのみの不可視状態へとグレードを上げていった。響きわたる風切り音はいくつも重なり合い、やがて衝撃波を生み出すと、周囲の生徒たちの髪や制服をたなびかせる。レミーの場合、それはバイオニックが秘めたるポテンシャルとして理解出来るが、粘土寺のそれは、およそ人間の能力を逸脱したものだと言えるだろう。彼が背負った『番長』の称号は伊達ではないのだ。

 二人は、無数のパンチを繰り出しながらも、的確にそれを避け合っている。まさに紙一重の応酬だ。


「いいじゃねえか! 久しぶりだぜえ! これが本当の喧嘩拳闘ってヤツだなあッ!」


 威勢と共に、粘土寺が大振りの拳を打ちつける。それをレミーは前腕部のみで払って受け流すが、一〇〇%相殺することは出来ず、ズズッと靴の底を地面にこすらせた。

 粘土寺もレミーも「武装」を未だ展開しないのは、両者ともそれを奥の手と考えているからなのか? もしそうだとしたら、あまりにもお互いを侮っていると言えよう。ここは一秒でも早く「武装」を展開して相手を仕留めるべきシーンだ。手を抜いた方が確実に負ける一騎打ちなのだから。


「あなたがサイメタルを――」

「あン?」

「サイメタルを展開しないのは、なぜ?」


 超高速のパンチを繰り返しながら、レミーは淡々と問いかけた。

 一方の粘土寺は、ややスタミナに陰りを見せつつもその気勢を維持している。


「拳で勝たなきゃ、勝ち星は付かねえだろがよ!」

「サイメタルに誇りを持っていないの?」

「売るほど持ってるぜえ! だがな、サイメタルは奥の手よ! 会長のためにとっておくのが筋ってもんだろ!」

「そういうものか」

「そういうもんだ!」

「………………」

「終わりかよ! 話、途中だろ!」


 まるで粘土寺の叫び声が聞こえないかのように、レミーは喧嘩拳闘を継続しながら、深い思考にはまりこんでいた。

 人間の行動には例外処理が多すぎる。

 心とは、生命という数式が生み出した最適解のことだと思っていた。だが、人間たちの振る舞いを見ていると、必ずしもそれは当てはまらない。

 いや、むしろ例外処理のほうが多い――例外処理の羅列で出来ていると言っても過言ではないかも知れない。


「喧嘩中に考えごとすんなや!」


 粘土寺のストレートがレミーのボディを打ち抜いた。吹き飛ばされたレミーは、頭から地面に激突か!? という寸前で猫のようにくるりと回転すると、何ごともなかったかのように両足で着地した。ホッと胸をなで下ろす周囲の生徒たち。一瞬驚いた粘土寺の目が、ニヤリと笑う。


「面白え……面白えな! 貴様、面白えぜえ!!」


 言うや粘土寺が猪突猛進で迫ってきた。その大柄な体格には似つかわしくないスピードでレミーに迫るが、彼女のほうの準備はとうに出来ている。

 次なるレミーは、粘土寺に向かってカンガルーのように跳ねた。

 飛び膝蹴り! 予備動作ゼロで起こしたアクションは、まるでバネ仕掛けの玩具だ。

 黒いセーラー服のスカートから、スマートながらも肉づきの良い太ももが現れると、斜め上四五度の直線を描いて粘土寺の顔面を狙い撃つ。

 いかに粘土寺と言えども、この膝蹴りを喰らってノーダメージとはいかないだろう。

 だが粘土寺はそれをも上回った。両腕をクロスして衝撃に持ち堪えると、そのままレミーの白い太ももを左脇で抱え込む。レミーと粘土寺は鼻先でぶつかり合った。


「さぁ、どうする!? バイオニックG7!!」


 返答の代わりにレミーが繰り出したのは左の手のひら。

 ぐわっしと粘土寺の顔につかみかかるや、あらん限りの握力でその頭蓋骨を粉砕せんとする。アイアン・クローだ。


「悪あがきすんな! ちっと痛えがな!」

「いいえ。これは下準備」

「はァ!? 何を言ってやが――」

「シークレット・スカーレット! ビームペネトレーターッ!」


 言い終えるや、粘土寺の顔をつかむレミーの左手が緋色の粒子で輝くと、瞬く間にビームペネトレーターへと置換された。その砲身には、高次元エネルギーの一部を質量に変換した、直径三センチ×長さ五〇センチのビーム弩弓針が装填されている。

 弩弓針の先端は、粘土寺剣の眉間に押し当てられていた。

 ジュッ。


「熱うっ! だぁあああああああああああっ!」


 予想外の爆熱に耐えきれず、粘土寺がレミーの太ももを手放す。

 静かに着地するレミー。


「ざけんなよ! 急にサイメタル能力を発揮すんじゃねェよ!」

「サイメタルじゃない。私はバイオニック」

「似たようなモンだろよ!」

「まるで違う。エネルギー出力はサイメタルの一〇の一二乗倍に相当。ただし理論最大値」

「むちゃくちゃな数字ほざいてんじゃねえ。お前がサイメタルを展開するなら、俺も――」

「それには及ばない。目的は達成された」

「ああん? あっ!?」


 バイクのサイドカーを見やった粘土寺は声を上げた。押し込んでいたはずの女の姿が忽然と消えている。無論、それが千歳佐菜子と脩太の仕業であることは明々白々なのだが。


「ちっ、せこい手口を使いやがって、ったくよ…………あっ!?」


 すると、目の前のレミーもまた忽然と姿を消していた。無論、それがレミーの能力によることは明々白々なのだが、生身の眼しか持たない粘土寺剣には追跡のしようがなかった。

 こうなると頭の切り替えが早いのが、粘土寺剣の数少ない長所である。

 粘土寺は断言する。

 この失態で戦局が変わることはない。

 しょせん「半殺しにしておいた雑魚に逃げられた」だけに過ぎないのだから――と。

 むしろ、ついに始まった『二號教育委員会』対『スクールメーカー』の露払いが出来たと思えば、清々しい気分になるじゃないか。


「フン……この喧嘩は貸しだぜえ」


 来たときと同じように、粘土寺剣はサイドカー付きのバイクで走り去った。まるで「負け戦などなかった」とでも言うが如きの上機嫌ぶりだった。

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