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バイオニックレミー  作者: 堀幸司 - holycozy - 
第二章 『形代学園の人々』
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第06話 棺桶~コフィン~①

「棺……桶……?」


 不安なので声に出してみたが、やはり棺桶で間違いない。しかも日本で見かける四角張ったものではなく、ゲームなどに登場する「西洋風」のデザインだ。全体のシルエットが縦に長い六角形をしている。


『誰の棺桶だ……まさか僕のか?』


 ホラー映画などでよく見かける演出――いわゆる「次に死ぬのはお前だ」というやつ。

 だが、現状を考えるとそれはありえない。なぜなら、脩太本人でさえ「次は自分だ」と思っているからだ。弾家の生き残りといえばもう脩太しかいないのだから、全く今さらだ。


「とは言え……誰かが侵入したから、ここに棺桶があるんだよな……」


 その事実は正直怖い。

 脩太は、この街ではまだまだ余所者(よそもの)だ。そんな段階で、こう矢継ぎ早に攻めの一手を打たれては、気持ちの安らぐ暇もない。さっきまでのハーレム気分が全部吹き飛んでしまった。一日の最後にこういうイベントを持ってくるのは本当にやめて欲しい。

 だがしかし、恨み節ばかりでは前に進めない。

 ともかく、これが一体何なのか……いや、棺桶には間違いないのだが、もっと詳しく調べておく必要があるだろう。

 脩太は、棺桶に歩み寄り、近くで目をこらして観察した。

 全体の色は黒。漆黒と言ってもいいくらい、光を吸い込む真の黒色に塗られている。

 材質は木。具体的な木材は……多分、オーク材だろう。自信はないけれど。

 きらびやかな装飾は一切廃されている。無駄を省いたミニマル・デザインとでも言えばいいのだろうか。だからパッと見これは、あの名作SF映画に出てきた黒い石板の「六角形バージョン」に見えなくもない。もしもこれが地面に直立していれば、だが。

 そしてさっきからどうにも気になる箇所がある。蓋に小さな液晶モニタが付いていて、この棺桶が電子ロックされているようなのだ。電子式なのはともかくとして、そもそも棺桶に鍵なんて付いているものだろうか? 遺跡の奥深くに隠された古代王の棺なら付いていてもよさそうだが、それはもう宝箱に近い存在だと思う。

 ということは、これは宝箱なのか? こう見えて。

 脩太は、液晶モニタをさらに注視する。赤色で表示された様々なグラフや数値に混じって『HAZUMI Lab.』という単語を見つけたとき、脳内で全ての疑問が氷解する音がした。


「これ、ノートPCの起動画面と同じロゴだ」


 そう、先日託された、弾博士の遺品の一つであるノートPC。そのOS起動時に表示されるロゴもまた『HAZUMI Lab.』だった。書体(フォント)まで同じなのだから、何らかのつながりがあると考えて間違いないだろう。

 脩太は鞄からノートPCを取り出して起動すると、棺桶の液晶モニタに表示されている文字列の中から、怪しそうなものを片っ端から入力していった。

 そして『Good morning G7』というキーワードを入力したとき、棺桶の中で小さな金属音がカチリと鳴った。それに呼応して、ノートPCの画面に、何千桁とも何万桁とも知れない十六進数の数値がみるみるスクロール表示されていく。


 脩太が戸惑っていると、一拍をあけて、棺桶がゆっくりと開き始めた。

 ギシ……ギシ……という乾いた音と共に、棺桶の蓋が開いていくと、その隙間から垣間見えたのは、見覚えのある長く美しい黒髪だった。


「レミー……なのか……?」


 バレットライナーの戦いから四日。

 行方がようとして知れなかったレミーが、なぜか脩太の部屋に置かれた棺桶で眠っていた。


 それにしても、何という瑞々しさだろう。

 素晴らしい出来映えの蝋人形がそうであるように、レミーもまた人間より活き活きとした肌の張りと(あで)やかさを備えていた。

 曽祖父の弾三十八博士が最後に、そして最期に完成させたという第7世代バイオニックの『レミー』。

 黒いセーラー服を身にまとった彼女が、今、漆黒の棺桶で静かな眠りについている。

 脩太はその姿を見つめながら、四日前に起きたバレットライナーでの戦いを思い出していた。そして思い出そうとするほどに、今の彼女にはなぜだか違和感を覚える。


『そうか、あのときのレミーは真っ赤なスカーフを着けていたけれど、今は白い……よく見たら、襟と袖のラインも白くなってる……』


 それがどういう意味を示すのか。

 赤色が、血液や紅潮する肌などの「生」をモチーフにしているなら、現在の白色は「死」を意味しているのかも知れない。おあつらえ向きに棺桶に入れられているのも、単なる洒落だという可能性すらある。その考えをちっとも不謹慎に思わなかったのは、レミーの肌がまるで生きているように瑞々しかったからだが……ん? 生きているように?


 ここで脩太は、視線をレミーに戻す。

 違和感の正体がようやくわかった。

 よく見ると、レミーの鼻も口も胸元も、全く動いていないのだ。

 脩太は、彼女の鼻先に手のひらをかざしてみた――――五秒、六秒、七秒……空気の流れが全くない。つまり呼吸をしていないのだ。まさか肺停止か?


「うそだろ……?」


 呼吸がだめなら、心臓の鼓動はどうだ?

 脩太は、レミーの胸に手を当てようとして、ハッ! と思いとどまった。

 セクシャル・ハラスメント! それはいけない!

 しかし、緊急時のためらいほど愚かなことはない。

 脩太は手のひらを思いっ切り反らせた。

 そして手のひらの付け根にあたる『手根部(しゅこんぶ)』――具体的には『掌底(しょうてい)打ちを繰り出すところ』を、レミーの胸の谷間とおぼしきところに触れさせる。触った感覚もへったくれもないが、肝心の心音が響いてこないのはわかった。まさか心停止だとでも言うのか?

 ――つまり二つあわせて心肺停止か!?

 さすがに慌てた脩太は、自分の耳を、そのままレミーの左胸に押し当てる。

 想像を超えた弾力と重み、耳介に伝わる体温の温かさに、脩太は当初の目的を忘れてそのまま固まってしまった。

 脩太の「時」が止まってしまった。DI○のしわざだ。

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