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バイオニックレミー  作者: 堀幸司 - holycozy - 
第二章 『形代学園の人々』
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第04話 生徒会・頂上鼎談

 形代学園の生徒会室は、新校舎の最上階=五階にあり、その全フロアを占めることから『天守閣』と呼ばれていた。

 元々は、生徒会の強引な運営に反発した一人の生徒が、皮肉を込めてつけた渾名(あだな)だったらしいが、当時の生徒会長がそれを逆手に取り、あえて正式名称に採用したのだ。

 このことで、名実ともに、生徒会こそが学園の本丸であるというイメージが定着し、支配力強化のプロパガンダとして大いに活用されたという。

 その結果、初めに天守閣と名付けた生徒は、自分のせいで生徒会を増長させてしまったという負い目から、自殺したとも、転校して自身のサイメタルを封印したとも言われている。今となっては、真相は藪の中だが……。

 そんな曰く付きの最上階フロア『天守閣』の中央会議室には、会長直々の命令で、生徒会の中核メンバー四名が招集されていた。すでに三名が到着しており、白い円卓を囲んでいる。

 会長の登場を待つ三名の佇まいはそれぞれの性格をよく表していたが、共通の懸念を抱いている点でチームワークの良さを体現していた。

 副会長の能満別彩子(のまんべつさいこ)は、円卓のそばで短い距離を行ったり来たりしながら、気が立っていることを猛アピールしている。時折、「粘土寺(ねんどじ)ぃー、粘土寺(ねんどじ)ぃー」と歯ぎしりしているのが怖い。

 書記の相生(あいお)メル子は、手元のタブレット端末を操作し、資料(ドキュメント)の整理にいそしんでいる。その眼鏡ごしの眼差しがタブレットから離れることは一切なく、「今、皆で懸念している事案は、私には関係ありません」という、効き目の薄そうなオーラを放っていた。

 軍師の矢倉(やぐら)イビシャは、日本人とインド人のハーフで、聡明な頭脳を持つ好青年である。彼が三人の中では最も冷静で、先ほどから円卓の座に腰掛けたまま瞑想に耽っている。ただし、一度だけ「そろそろ時間だが――奴は今日も問題児か……」とつぶやいた。


『本日・放課後十七時より、臨時の頂上鼎談(ミーティング)を執りおこなう』


 この短いメッセージが、各自の携帯に送信されたのが、本日一五時頃。そして、新しい転入生が『黒いセーラー服少女』について嗅ぎ回っているという噂話が耳に入ったのも同じ時間帯だった。このことから、新しい転入生というのが弾脩太であること、そして鼎談の議題もまた彼についてであることは察するに十分な状況だ。

 そういうことがわかっていながら、まだこの会議室に姿を現していないメンバーがいるのは、生徒会の沽券に関わると言っても過言ではない。歯ぎしりしている能満別彩子だけが、人一倍短気というわけでもないのだ。

 現在、一六時五八分。定刻の二分前。

 ここで観音開きの大扉がババァン! と開かれた。


「待たせたなァー!」


 往年のコメディアンリーダーのようにドアを開け放ったのは、もちろん会長ではなく、最後の到着メンバー、番長の粘土寺剣(ねんどじけん)であった。これからネタの一つでも披露しようかという粘土寺を、能満別彩子が吠えて黙らせる。


「遅いぞ粘土寺! 立場をわきまえて、せめて五分前行動に努めろ!」

「あぁん? サイコちゃん、そういうこと言う?」


 全然、黙らせてなかった。


「遅刻じゃねえんだし、細けえことはイーじゃん? むしろ『おいおい、粘土寺、遅刻すんじゃね?』ってスリルを味わえたはずだぜえ。何つったって、俺は希代のエンターテイナー……いや、イェンタァーティナァー……?」

「どっちでもいいわ! いい機会だから、はっきりさせておく! そもそも貴様の肩書きは何なんだ!? 何で生徒会に『番長』がいるんだよそしてなぜ貴様なんだよ経緯を説明しろよ経緯をこんちくしょうめが早く言え今すぐ言え!!」

「彩子さん、ブレス、ブレス」と、書記のメル子が思わず割って入る。

「とにかく! 貴様は生徒会が所有する暴力装置として、然るべきとき、然るべき場所に待機していればいいんだ! 時間厳守! 場所確認! 肝に銘じておけ!」

「おーこわ。おーこわ。ところでサイコちゃんどうしたよ、その右腕のギプス。骨折か?」

「お前が・時間どおりに・来ないから・私が・出張ったんだよ・弾脩太を・相手に・ノープランでな!!」

「おーこわ。でもよ、弾脩太に手ぇなんか出したら、噂のバイオニックが出てくんじゃね?」

「その・結果が・この・ギプスだよ!!」


 バンバンバン!

 彩子は右腕のギプスで円卓を何度も叩いた。ためらいのない強さで。


「――彩子、サイメタルを傷付けるのはおやめなさい」


 涼やかな声が響いた――しかも会議室の出入口ではなく、円卓の上座から。

 いつの間にか、会長が着席していたのだ。

 緊張から表情をこわばらせる一同の中でも、とりわけわかりやすく畏敬の念がにじみ出ている彩子が口を開く。


「会長……!」

「全員そのままでいい」


 生徒会長・栞鼎(しおりかなえ)がサッと手を振ると、会議室の気温が下がっていく。そして静寂。

 彩子は、自分が中腰になっていたことに気付き、あらためて席に腰掛けなおす。

「さて――」と、その一言で、栞会長が場の雰囲気を瞬時に支配した。


「急遽集まってもらったのは他でもありません。聡明な皆さんならもうおわかりでしょう? 弾家の残党、脩太がバイオニックG7との接触を図っています。彼一人の所業ならば、しばらく静観するつもりでいましたが、どうやらサポートを担う良からぬ集団がいるようです」


 淡々としゃべる栞会長の瞳は冷たい。まるで氷のように無表情で、目の前の空気すら凍らせてしまいそうだ。彼女の声はどこか遠くから響いてくるようで、その冷徹さが言葉一つ一つに染み込んでいる。先ほどの気温が下がったような感覚も、常人には無理からぬことかも知れなかった。


「メル子――先日お願いした件を報告してください」

「はい、栞会長」


 メル子が手元のタブレット端末を操作すると、円卓を囲むメンバー五人それぞれに向けて、水色を基調にした空中投影スクリーンが照射された。


「では私からご説明させていただきます。ご覧いただいている資料は、最近、二號学区内でも活動が目立つ、スクールメーカーと呼ばれる組織についてのものです。彼らが暗躍する目的については推測の域を出ませんが、反・二號教育委員会の思想を持っていることだけは疑いようもありません」


 続けて、メル子がタブレットをフリックすると、画面には誰もがよく知る有名企業の社名とロゴが五〇社ほど表示された。


「彼らは、主に民間企業を隠れ蓑にしているようで……あなどれないのは、先日のバレットライナーの一件も、彼らが裏で糸を引いていたことです。それは同時に、こちらの二號教育委員会にも内通者がいたことを示します……それも複数」

「だったらとりあえず、そいつらの首吊せや」と粘土寺。

「すでに吊しました。社会的に一名。物理的に二名」

「イーね! メル子ちゃん!」

「いずれにしても、スクールメーカーが二號教育委員会に仇なす存在である以上、このまま看過することは出来ません。おそらく弾脩太ともネットワークを共有しているはず。バイオニックG7に関連して大きく動いてくる可能性もあります。今後は、そのあたりに焦点を定めて、監視を強化していきます」


 メル子は小さく頭を下げると、これで報告は終わりだという意思を示す。


「ありがとう、メル子――さて、聡明なイビシャ殿は現状をどう見ますか?」


 イビシャはうやうやしく頭を下げた後、まっすぐに栞会長を見つめ、滔々(とうとう)と語り始めた。

 尊敬の念が感じられる一方で、彼の言葉には決して誇りを放棄しない姿勢がにじんでいた。自信に満ちたその声は、どこか揺るがない強さを感じさせる。


「弾博士は生前、サイメタルの絶滅を目論んでいました。最先端技術の座をサイメタルに取って代わられたことに対する、極めて個人的な復讐です。老人の戯言と一蹴するのは簡単なことでしたが、バイオニックG7を完成させていたのには正直驚いています。どうやって技術保全していたのかすら定かではない」


 そう語るイビシャの表情には恍惚の色が浮かび、彼なりの美意識が垣間見えた。


「しかし、弾博士に残された時間はあまりにも少なかった。最後まで悪あがきをしていたようですが、結局、バイオニックG7は、未だ完全には起動しておりません。おそらく『観測者(オブザーバー)』である弾脩太ともシンクロ出来ていない」

 すると粘土寺が鼻で笑いながら、「だったらよ、弾脩太を先に殺っちまえばイーんじゃね? バイオニック相手なんつー危険な橋を渡らなくてもよ」と、茶化す。

「そこまで単純な話じゃないな」

「何でだよ!」

「弾脩太を亡き者にすれば、バイオニックG7は、第二第三の観測者を求めて接触を図ろうとするだろう。その間、G7は再び「ゆらぎ」の存在となって、足取りがつかめなくなる。どちらにせよG7との直接対決が避けられないのなら、G7の機能が全て開放される前に、早期に討っておくべきだ」

「なるほどな、筋は通ってる」


 意地でも上から目線の粘土寺を、彩子が押さえつける。


「あたり前だ、イビシャの爪の垢でも煎じて飲んどけ」

「きったね」


 そんな彩子と粘土寺の寸劇を目の前にしても、栞会長の冷たい瞳は微動だにしない。彼女はただ淡々と、形代学園とサイメタルの未来のために職責を全うしている。その姿に、日々そばで見守る書記のメル子は、恐ろしさを感じることがある。

 なぜなら、飛び級で進学した栞会長は、まだ十二歳なのだから。

 それなのに、粘土寺のような――有り体に言えば「屈強な荒くれ者」に対しても、一切臆することなく接する。これは生徒会長としての資質としては確かに素晴らしいかもしれないが、十二歳の少女が示す振る舞いとしては、異様とも言えるだろう。


「どうしました? メル子」

「いえ……この二人は本当に仲良しだなと思って」

「フフフ……仲良しか。良いではありませんか、人間らしくて」


 変わらぬ体温のまま、栞会長が小さく笑った。


「さて、私のモットーは、自分の手を血で汚さぬことです。よって今回、バイオニックG7と弾脩太を排除するにあたり、最もふさわしい人物を招聘(しょうへい)しました。本作戦において最強の働きをするであろうサイメタル。皆に紹介しましょう――ミスターT・E」


 そう言うと、栞会長は、背後に立つ者を指先の仕草で静かに迎え入れた。

 ぎこちない足取りで前に出た彼の姿は、円卓の明かりに照らされ、わずかな陰影を落としながら静かに浮かび上がった。


「あっ」相生メル子はその人物を識っていたので驚き、

「なるほど……」矢倉イビシャはその人選に感嘆し、

「こいつは……!」能満別彩子は「最強」を目の前に息をのみ、

「エグいな……最高じゃねぇか」粘土寺剣が愉快そうに笑った。

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