第四話 創造主
いつまでも立ち話はなんだということで、青坏の店である「青色」に来ていた。
バーらしく、今は営業時間外だそうだ。
控えめな照明に木製の建物。
カウンターの後ろの棚には酒がびっしりと並べられていた。
私と氷華はカウンターのイスに座り、スイレンはその側で立っていた。
店主である青坏はカウンターの中でカウンターに肘をついていた。
「とりあえず、状況を整理すると…」
青坏が口を開く。
そして肘をついていない方の手でカウンターをなぞりながら話し始めた。
「まず、柚子は別の世界の人。この世界は柚子が作った世界ってこと…?」
「まぁ、そういうことになりますね」
青坏の疑問形のまとめに、スイレンが淡々と返す。
側で腕を組んで立っているスイレンは続けてこの状況を詳しく説明しだした。
「正確には柚子がデザインしたものを、我が創造神様が実際に形にしたということです。」
「僕が…デザイン?」
そんなことをしただろうかと考える。
僕がデザインした世界…
創造神…
そこでふとハッとする。
思い当たるものが一つだけあった。
「創作ノート…」
「創作ノート?」
僕のつぶやきに青坏が聞き返してくる。
声に出ていたか…とは思ったが説明するべきだとも思ったので説明する。
「僕の理想の世界を綴ってあるノート。小説みたいにして書いてるんだ」
「恐らく、それが元です。」
僕の説明にスイレンは頷きながらそう述べる。
さらにスイレンは説明した。
「世界をデザインした人…つまり柚子のような人のことを創造主といいます。そして、世界って創造主の意思に強く影響しやすいのです」
スイレンの言葉に僕はあまり実感がなかった。
僕が創造主…
そして、もう一つのスイレンの言葉にも僕は思い当たる節があった。
「僕がこの世界に来たいと思ったから、僕はこの世界に来たってこと?」
「恐らくそういうことだと思います」
「なら、柚子が帰りたいと強く願えば帰れるんじゃないの?」
僕の問いにスイレンが頷く。
そこに青坏が解決策を出すが、スイレンは首を横に振った。
「そこが面倒なのです。普通の創造主ならそれでいけます。ですが…」
スイレンは少し考える素振りを見せた後、小さくため息をついた。
そして僕を見つめてからまた皆に向き直り口を開いた。
「柚子の場合、この世界の物語に柚子自身も入れてしまっているんです。つまり、今の柚子はこの世界の柚子。この世界の柚子は創造主ではないのです。」
スイレンの説明はこうだ。
仮に、元の世界の僕を夜山、この世界の僕を柚子としよう。
夜山はこの世界の創造主なので帰りたいと願えば帰ることができる。
しかし、僕はこの世界をデザインする時に僕自身も柚子というキャラクターとして作ってしまった。
そのため、今の僕は夜山ではなく柚子であるということ。
だから強く願えど帰れないということらしい。
「じゃ…じゃあ、僕、一生帰れないってこと…?」
「それはないんじゃね?」
血の気がサーッと引き、震える声でそう問う。
すると青色に来てからずっとゲーム機をいじっている氷華が僕の言葉に返した。
目線はゲーム機のまま、言葉を綴る。
「どんな無理ゲーにも攻略法はある。仮に無かったとしてもバグが無い世界はない」
ふと氷華は口角を上げた。
そして先程までいじっていたゲーム機をカウンターに置き、人差し指を立てた。
「つまり、帰る方法はどこかにあるっしょってこと」
「確かに、可能性はありますね。」
スイレンが顎に手を当てそう述べる。
ゆっくりと顔を上げて、また口を開いた。
「創造神様も、今回はレアケースだと言っていました。ならば、前例に無い脱出をしてもおかしくはないと思います」
「じゃ、じゃあ、帰る方法はあるってこと…?」
スイレンの言葉に一つの希望を持って問いかける。
それに対しスイレンは無言で頷いた。
しかしその後、ただ…と口を開いた。
「それまで柚子さんが住む場所が…」
「ここでいいなら」
スイレンの言葉に青坏が返事をする。
親指で上を示しながら口を開いた。
「うち、部屋余ってるんだよね。ここで良ければ貸せるけど」
「本当に!?」
青坏の言葉に目をキラキラと輝かせる。
住む場所があるだけでも助けるが、こんなおしゃれな場所で暮らせるなんて夢みたいだ。
さらに、僕を喜ばせる言葉を続ける。
「なんなら手伝うよ。うちの"もう一つの仕事"なら役に立ちそうだし」
「あぁ、確かに。それは名案ですね」
スイレンが思い出したように言う。
もう一つの仕事は僕には何かわからなかったが、手伝ってくれるというだけで嬉しかった。
「皆…ありがとう!」
そう言って頭を下げる。
青坏とスイレンは表情は笑っていた。
もう一つの仕事が何か気になったが、今後の方針は
また明日ということになった。
色んなことがあって疲れてるだろうからと、解散になったのだ。
青坏に案内されたおしゃれな部屋で、私はこの世界での初めての夜を越した。