第六話
それから1週間。俺たちは情報集めと共にボーリングの腕をめきめきと伸ばしていった。俺はボーリングに一人ででも行くぐらいにはまっていた。安定してスコアが110を超え始めたあたりで新たな事実が判明した。
その時の俺はいつものように授業終わりに一人でボーリングをしに来ていた。そこへ犬に関することを探っていただろう探偵二人がやってきた。これはどっちだ?ボーリングをしに来たのか、それとも調査報告か。彼女たちはすごく満足増な顔をして、俺のレーンまでやってきた。そして
「やっとわかりましたよ、犬に関する情報。帝塚山家はペットを飼っていなかったし、なかなか苦労しました。その情報っていうのは帝塚山さんは昔あの公園で犬と遊んでいた姿が目撃されています。それを近所の人の何人かは見ていたようです。そしてこの犬は周りの人が見えている通り幻影ではなく本物の犬とするべきでしょう」
調査報告だった。さらに
「そしてその時期っていうのは彼女が女王をしていた時期に一致する。彼女は最近女王になったんじゃなくって一昔前にもその時代があったらしいわ。でもちょうど学年が変わるころその犬は突如として消えてしまった。そして彼女も合わせるようにその年は女王の座を降りてる。つまり言いたいのは・・」
「彼女が女王であった時期が犬と関係してくるってことか」
「・・・私が言いたかったのに」
「そこはごめん・・だが、これは偶然では片づけられないだろうな」
女王が先か犬が先の問題はあるが彼女が再び女王となった時、前例に倣って犬を作り出したっていうのはあり得る話だ。俺の集めた情報と合わせると大体がつかめてきた。勿論、こっちの方でも情報は集めていた。そしてこのパズルあとワンピースで解決する。
ていうか、彼女たちの情報収集能力を舐めていた部分があるな。これが俺だったら近隣住民に聞き込みに行くとなっても男ってだけで門前払いされていただろうし、同じ情報量を手に入れるまでにはあと1週間ほどプラスでかかっていたかもしれない。これが友達の有用性か。これからもぜひ仲良くしたいもんだ。
「で?あなたの方は何かわかったの?ただここでボーリングしていたわけじゃないでしょう。手こずっているなら手伝ってあげてもいいわよ」
と、すごい上からに言われてしまった。せっかくなので俺は
「じゃあありがたくも手伝ってもらおうか。一つ質問に答えてくれ。彼女が女王でなかった当時、友達と一緒に帰ったり、こういうボーリング場の遊び場に少人数ででも来ていたっていう情報はある?」
「・・・うーん。詳しいことはわからないけど帝塚山さんをみるときはたいてい大人数か一人の時かだったと思う。あんまり1人で遊びに来てるってのも知らないかも。それって幻影の犬と関係あるの?」
「もちろん。ありがとう来栖さん。たった今その問題が解決した」
と、俺は思ったほどの労力を使わずこの事件の最後のワンピースである大いなる大秘宝を得ることに成功したのだった。
* * * * * * * * *
さて、俺はいま定番となりつつある3人で帝塚山さんを追っている。だがそれも今日で終わりだ。今日で終わらせる。今日の2週間前は俺が初めて彼女の症状を見た日だ。周期で言えばおそらく今日は例の公園へ向かう日のはず。そこで俺は声をかけて終わらせる。
だが、そんな俺に一つ悩みがある。その場に今俺の後ろにいる彼女たちを連れていいっていいものだろうか。ここ一か月近くの付き合いで俺や帝塚山さんに対する悪意や調査を邪魔しようとする意志はないというのはもうわかっている。が、ここからはそういう問題ではない。やはり帰らせるべきか。しかし何と帰らせるべきかと悩んでいると
「じゃそろそろわたしたちは帰るわね」
「またいつでもいいのでどうなったかだけ教えて下さい」
と、二人して帰ろうとしていた。
「いいのかよ。直接見ていかなくて」
などと、意外過ぎて思っていることと逆のことを言ってしまった。彼女たちは
「こういうの見るのってあんまリ褒められたことじゃないでしょ。人の心のプライバシーだし。まあ、張り込みなんてしていたら言えることじゃないかもだけどね」
「私たちがヘマををして失敗したとかなっても嫌ですし。でも解決のために走り回ったのは事実なので結果だけは必ず教えてください」
と、颯爽と帰っていった。俺はそのことと情報を集めてくれたことに感謝しつつ名探偵2人を見送った。
そして今日も25時ごろに帝塚山家の扉が開いた。
来たか。俺は密かにについていく。前に来た公園。深夜に一人でこんなところに来た彼女は人がいるとは思っていない。彼女が前回と同じようにベンチ前でかがみこむ。そうすると今度は俺の目にはっきりと犬の姿が見える。小型の犬だ。あったかそうな毛に身を包んでいる。探偵二人組による調査で発覚した、以前彼女がここで一緒に遊んでいたと思われる犬に瓜二つだ。そこで俺は確信を持ち近づいていく。そして犬に夢中になって俺に気づかない女王に声をかける
「かわいい犬だね。君が飼っているの?」
* * * * * * * *
・・・・・・カコォォォォン!
・・・・カラァァァァァン!
レールの上で重いボールと10本のピンが豪快な音を立ててはじける。この音がまた俺を中毒にさせる。今のは完璧だった。スピード、角度共に俺の理想だ。だがこれを一回で終わらしていては意味がない。続けて出し点数を倍に倍にしていかなければ。
そんな中
「で、こんなとこに私たちを呼んだのは何もボーリングを自慢するためじゃないでしょ」
「まあ、それも一つなんだが厳密には違うよ。主な理由は約束していた結果報告さ」
「おお!私は信じていましたよ草津君を。さあさあ、話して下さい」
「まあまあ、落ち着き給えよ嵐山君。俺はどこにも逃げないさ」
と、再びボールを指三本で持ち上げレーンの延長線上へと入る。そして指を1本抜き、助走をつけボールを曲げることをあまり意識しないようにピラミッド型に並んでいる10本のピンへと放り投げる。計算されたスピードで進むボールは何か変な力でも加わっているのか異常な曲がり方をして両サイドにある溝へと吸い込まれていった。
「ヘタクソ」
と、呟くく来栖さんを無視して
「さて、何から話そうか。質問は随時受け付けよう」
「ハイ!」
と、元気よく手を挙げる人がいる。
「嵐山さん」
「今回の事件の結局の原因について知りたいです。なぜ彼女は犬の幻影を見ることになったのか」
「ズバリ、お教えしよう。簡単に言うと理想と現状との乖離。つまり帝塚山さんは女王になりたくてなったわけじゃない」
「ん?なりたくてなったわけじゃない?」
「そう。彼女の基本的な性格はどっちかと言おうとおとなしめの方に入る。あまり多人数ではしゃいだり活発的に行動する人ではなかった。だがそれは一人での場合。彼女は自分が持つカリスマ故にに人を集めてしまう。意図せずとも人間が近くに寄ってきてしまう。たとえそれがストレスに感じていてもね」
「だから彼女は女王になることなんて望んでいなかったということですか?でも実際彼女の意思で草津君のクラスは動いています」
「それはおそらく彼女は利用された側なんだと思う。言った通り彼女の性格を見る限りそんな一般大衆を率いてみたいなタイプじゃない。だからフィクサーがいるはず。彼女のカリスマ性と人格者であることを利用して裏からクラスを操っている裏ボスが」
「ふーん。まあ彼女の性格がおとなしいていうのはわかったわ。でもそれがどうやって犬の幻覚につながるのよ」
「それも考え方は同じさ。彼女は女王になるのが今回初めてじゃない。以前にも一回あった。それは彼女が例の公園で実在する犬と遊んでいた時期だ、そして再び女王へ返り咲いた時、彼女は前回と似た形をした犬を見ている。つまり帝塚山さんは女王という肩書によって生じるストレスを犬という幻影にして表していたということだ」
「・・・?じゃあ前回の本物の犬はどういうことなの?あれは近隣の人たちにも見ることができたって」
「それがいいい前例となったんだろう。彼女は前回時にはたまたま偶然いた犬と戯れ、ガス抜きをすることで女王を演じきることができた。だが学年が終わるころにその犬はいなくなってしなった。実はその犬は飼い犬だったんだ。買主は年が変わると同時に引っ越すとなり、一緒に行ってしまった。だが彼女はそれを知る由もない。彼女からすれば急にいなくなったんだ。さぞストレスを感じたことだろう。そして彼女はこれからも溜まり続けるガスを抜くことができなくなった。そうなるといずれ限界が来てしまう。だが彼女は代わりのガス抜きを見つけ出すことはできず、溜まったガスは限界に達し一度女王の座を降りることになってしまった」
「ガス抜きができなくなってっていうならなんで今年になってから女王に帰ってこれたの?」
「彼女は天然ものだ。一度信用を失ったところで自分のカリスマ性は減ることはない。でも彼女は安心しただろう。一度女王ではなくなるとこんなに楽なのか、もうこれで人間関係に頭を悩ませることも遊びの予定で体が疲れ切ることはないだろうと。しかし彼女は再び戻ってきてしまった。あるべき力があるべき方向へ働くように、望まずともそこが定位置だったかのように」
「なるほどねぇ、そこで彼女は再び溜まり始めたストレスを解消するため今度は急に消えることのない幻影である犬を作り出したってわけね」
「原因から結果までの経緯はわかりました。でも今回の症状って有害なんでしょうか?誰にも迷惑はかけてないし自分で自分の問題を解決しようとしている風にも見えるんですけど」
「まあ、そういう見方もあるのはわかる。今回問題になったのは夜遊びの方。あんな毎夜毎夜、夜遅くまで遊んで予定がない日には欠かさず誰にも見えない犬に会いに行く。そんなのを親が見過ごす話とは思えない。ていうかそもそもあの子が夜遊びや近づいてくる人間を拒絶できないのが本来の原因なんだ。それも彼女が人格者だからっていうんだろ?でも俺からしてみればただただ嫌われたくないだけの八方美人にしか見えないね」
「そういう言い方はひどいと思うわ。人間みんな嫌われたくないと思うのは自然で当然のことのはずよ」
「それはそうさ。俺だって君たちに嫌われたくはないし。それは誰しもしも抱える感情だ。でも俺が言っているのはそこじゃなくて、もっと自分の心の優先順位を上げろってことさ。他人に好かれるために自分が傷ついていたらそれでしか人と接することができなくなってしまう。そうなるとほとんど奴隷さ。嫌うという感情を人質にされ、ただいうことを聞くことしかできなくなる。俺が思う友達っていうのはそんな関係性じゃない」
「・・・・・」
「そんな自分じゃどうにもできない他人の感情を気にして傷つくなんて馬鹿らしい。だから言ってやったのさ。結局は自分のことしか考えていない女王様に
好きに生きろって
* * * * * * * *
ボーリング場を出た俺たちは少しの雑談をしてから分かれることになった。そして今の時刻は25時前、場所は例の公園だ。ここで俺は女王様と待ち合わせしている。なぜなら犬の存在を確かめるためだ。正直今日のカウンセリングは手ごたえを感じていたがそれでもまだ犬の幻覚を見続けているのなら治療は難しいだろう。出てこないのを祈るばかりだ。
そうしていると10分も経たないうちに公園の入り口の方に人影が見えた。
帝塚山 雅だ。
彼女はこの公園に来るときにいつも持っていただろう高価そうなタオルを抱えてなぜかうれしそうな顔もちで俺の顔を見ている。あと少しなんていうか彼女の足元がおぼつかない。
「それは?」
とそのタオルの用途を聞くと
「こ、これを持っているといつもあの子が来てくれるの。今日はどうかわからないけど」
「ふーん。で、これからどうするつもりなんだい?これからも嫌われないために身を粉にして友達のために尽くすのか、それとも自分がストレスフリーに生きるためその関係を拒絶するのか。選択は君に委ねられている」
「私は・・・・」
そこで足元の異変に気付いた。
・・・・いる。出てきてしまっている、幻影の犬が。結局、ダメだったか。正直何とかなった自信はあったが。でも出てきているのだからそんなこと言ってても仕方がないか。切り替えろ。次にとるべき選択は・・・
「私が今の環境にストレスを感じているのは本当。でもね、ずっとそうなわけじゃない。彼らと過ごしていて居心地がいい瞬間だってある。マイナスばっかりじゃないの。だから私は選んだ。好きに生きろと言われた私は自分が望む方を自分勝手にも選ぶことにした」
「・・・じゃあ、聞かせてくれ。君の心が選んだ方を」
「私はこの子に、この幻影の犬にあと少しだけお世話になることにする」
* * * * * * * * *
「ということは彼らと関係を断つつもりはないってことかい、いまはまだ」
「そう。私は自分の心を優先する、でも彼らを切り捨てることはしない。ただ、付き合い方を考え直すことにしたの。あなたは中途半端だと怒るかもしれし、負担をかけてしまうかもしれないけど」
「なるほど。ま、いいんじゃない?それが帝塚山さんの好きに生きるっていうことなら」
犬が出てきたときはもう武力行使しかねぇと思っていたがこれなら時間が経つに連れててこの犬も消えていくだろう。彼女の夜遊びもこれで収まるはず。
ん?あれ?俺に負担がかかるのか?
「受け入れてくれてありがと。草津君は優しいね。じゃあこれから毎週よろしくお願いします」
え?何を?
「いや、私だけじゃ完全にいつ犬が消えたかって断定できないでしょ。だからこれから週に何回かこの公園で集まって確認しなきゃでしょ」
「・・・・それ俺いる?」
「い、いるよ!だって私が嘘をつく可能性もあるし犬が消えてくれない可能性だって・・・」
と、必死に言い訳をするように理由を並び立てていく女王様。まあ確かに限りなく薄い可能性だが0じゃないことだけは確かだ。それに最後まで見届けるのは俺の義務化か。
「ていうか好きに生きろって草津君が言ったんじゃない。だったらこれぐらい付き合ってくれても・・・」
と、どんどんと俺の言った事を都合のいいように解釈していく。そんなテンパりまくっている彼女を見て、俺のクラスについての事情を聞く気にはなれなかった。
患者カルテ
調整師名 草津 芯
名前 帝塚山 雅
症状 深夜徘徊と幻覚症状
期間 高校2年以降
依頼人サイン 帝塚山 研吾
調整 経過観察
原因 ストレス過多