第四話
学園生活。何度夢見たことだろうか。俺の人生では無縁だと思っていたもの。そのことを考えるだけで気持ちが軽くなり俺が背負っている膨大な量の借金を忘れることができる。
そう。俺は齢17歳にしながら闇金もびっくりの多重責債務者だ。そんな俺、草津芯は「調整師」として日銭を稼ぎ借金を少しずつ返している。この仕事の内容の詳細は前回の話を見てほしいが簡単に言えば、治療を依頼された患者の心のうちに眠っている心的外傷、つまりはトラウマを見つけ出し心の状態を改善させるという仕事だ。
前回、悲劇の火事の被害者であり加害者でもあった金髪の少女、嵐山小夜の左手を治療した俺は上の人間からそのままその学園に在籍し普通の高校生活を送れという指令が来た。
おそらくはこの金持ちだらけの学園には、まだ心に何かしらを負っている奴がいるのだろう。だがこれはただの俺の予測だ。この謎の命令の意図を知るためには引き続き来るだろう上からの連絡を待つしかない。
そのモラトリアム期間を利用して、俺が本来楽しむはずだった高校生活を満喫することにした。
俺の学園での生活は転入して2週間後から始まった。その理由は火事の一件のせいだ。彼女らの治療に必要な情報を集めるため友達を作るどころか授業にすら出ていなかった。これからが本当の学校生活だ。
まずは友達を作るとこからだろう。俺にはまだ休み時間気軽に話せる人すらいない。もちろん、前回の情報源の知人は何人かいるが、彼らを騙して情報を提供してもらった身としては顔を合わせずらい。こういう場合に備えて、僕の情報源は学年や部活、クラスなどがそれぞれ被らないように調整したので(調整師なので)クラスで鉢合わせするようなことにはならないがこれからここで生活するなら気を付けなければならない。そう思いながら学校に出席した俺だが
気まずい。
俺は、何日かきっちりと朝から出席したが誰にも話しかけられなかった。当然か。俺でもそうするし。転入した2週間まともに授業に出てなくてここ最近になって出席し始めた奴なんてミステリアスすぎるしあまり関わりたくない。こんな冷めた雰囲気なら、ここで急に誰かしら殺されただけで簡単にミステリー小説が書けてしまうだろう。それぐらい周りから見た俺はミステリアスだった。
俺は焦り始めていた。転入して、初動が悪かったといえ、ここまで第一印象が響くことになるとは。それにいつまでこのボーナスステージがあるかわからない。明日にはもう違う高校へ転校して仕事に戻っている可能性がある。
俺は泣いてしまいそうだった。この苦しみが何かしらの傷として身体に出てきてしまいそうだ。あんなに夢見ていた学園生活がこんな、何もしていないまま終わってしまうなんて。誰も目すら合わせてくれないなんて。なんてひどい仕打ちだ。これはもう先生に頼るしかないのか。だがそんな相談をしたら先生とも気まずくなってしまいそうだ。
なんて考えながらいつもの寝たふりをしていた俺に
「やっと見つけた」
と、話しかけてきた女生徒がいた。
顔を上げると、そこにはあの金髪の少女と美しい友情を復活させたらしい優しき黒髪の少女、来栖有栖が立っていた。
* * * * * * * * *
「来栖さん?」
俺たちは教室の外で今はなしている。無理やり教室から連れ出されてしまった。
「そうよ。あなたに隠していた秘密を暴かれたかわいそうな女の子、来栖有栖さんよ。」
まだ根に持っているのか。あれだけ話したのにそれが治療に必要なことだったと理解してもらえていない。
「あれは必要だったって何回も言っただろう。あの情報が嵐山さんの治療には必要だったんだ。俺も申し訳なく思ってるけど間違ってたとは思ってないよ」
と弁解の余地があることを述べると
「だから、そこについてはギリギリだけど納得してるわよ。私が気に入らないのはその後のことよ。こんなデリカシーのない人は初めてよ!」
そのあと?あの後なんて数回しか会ってないはずだ。何回か傷の治り具合について聞いただけだったはずだが。
「あれか?言い方の問題か?ならその場でそうと言っててくれよ。まあ、なんていったか詳しくは覚えていないが」
「信じらんない!もう忘れただなんて。絶対に謝ってもらうわ!そうじゃないと私がかわいそうすぎる」
「ご、ごめん。何に怒ってるのかってるのかいまいちわからないけど」
「もういいわ。言ってもも思い出さないだろうし。それより、私があなたに話しかけた理由はこんな言い争いをするためじゃないわ。」
といった。話しかける理由?何か仕事でやり残していた物などあっただろうかと考えるが何も思いつかない。いや、一つあった。もしや
「もしかして俺が孤独で苦しんでいることを察して・・」
「期待を裏切るようで心苦しいけどあなたがここまでクラスになじめていないのは初めて知ったわ。そんな事じゃなくて私がここに来たのはあなたに感謝を伝えるためよ」
違うかった。すこし悲しいが俺が気になったのはそのあとの言葉。感謝?
「あなたのおかげでちゃんと彼女と、小夜と向き合うことができたわ。あのままだったらいつか離れ離れになっていたかもしれない。私と小夜を再び親友にしてくれてありがとう。」
と、来栖さんは俺におそらく上流階級の作法であるだろうお辞儀とともに感謝の言葉を述べたのだった。
* * * * * * * * *
そして放課後、
「で、なんであんたがいるのよ」
「もっと敬ってほしいもんだ。君たちの仲をキューピットした俺をさ」
とそんな会話をする俺は今、来栖有栖と嵐山小夜という前回の事件の当事者たちとともに一緒に帰っている。初めての、友達といえる人たちと共に家へ帰っている俺は少しテンションが上がっていた。
「Win-Winの関係で行こうよ。ちょうど友達を募集していたところなんだ。まずは一緒に帰ることから始めようじゃないか」
「距離感おかしいわよこの人。小夜はいいいの?こんな人と一緒で。」
と、俺をこんな人呼ばわりだ。一方で嵐山さんは
「まあ私はいいよ。この人に私は救ってもらった側だし、どんなことをされても文句は言えないよ」
と、下を向きながら感謝しているのか、拒絶しているのかわからないようなことを言ってくれる。
「小夜がいいならいいけど。まあ、クラスで友達もいなさそうだったし。ちょっとかわいそうだったしね。私達のほかに知り合いもいないんだったら友達ぐらいにはなってあげてもいいわよ。」
やっぱり優しい。律儀にお礼を言いに来たことからも相当育ちがいいんだろうな。そのことに感謝しながら、なぜこんな事態になってしまったのかを考える。情報が不足不足しているな。クラスについて情報が必要だ。
「一つ疑問なんだけど、どうして誰も俺に話しかけてくれないんだと思う?正直少し俺の存在が異質だとはいえ最近じゃ目も合わせてくれないというのははっきり言って異常だ。」
そんな俺の疑問に対し
「あなたがノンデリカシーだからって理由もつけれそうだけど。そこまで行くと何かの意思を感じるわね。あなた何組だっけ?」
「3組ですけど」
「あー。やっぱり何かしたんじゃない?主に一人に」
来栖さんはそんなことを自分のまっすぐな黒い髪の毛をいじくりながら言った。
一人?俺はみんなに男女平等に無視されているんだが。そんな疑問を浮かべている俺に
「草津君のクラスの3組はちょっと変わっますから。あそこは一つのグループの強さが尋常じゃないです。そのグループの意見がそのクラスの意見になってしまうんです。」
と、嵐山さんが俺と目を合わせずに補足してくれた。ならそこに関係ない君は目を合わせてくれよ。あとなんで敬語?
「うーん。つまりは俺が気に入らないはそのグループで、ほかの人たちはそいつに従っているだけって感じってこと?。なんでそんなに権力が強いの?親の仕事関係か?」
そんなクラスの内情の大枠を理解した俺の勘違いを正すように初めて嵐山さんが俺とその大きな目を合わせて言ったた。
「それだけだったらよかったんですけど、そのグループ内でも強権を持つ生徒がいるんです。彼女は人を引き付ける才能を持っている。だからその女王がいる間は不平不満が出ることはないし、学校側も気づくことはないんです」
* * * * * * * * *
「納得納得。道理であれだけの意思疎通が可能だったわけだ。主君が絶大な権力を持ちながらも人格者か、つい民衆は従ってしまうだろうな。そんな人になぜ俺は目の敵にされているのか。」
「ま、ご愁傷さまね。あなたも人知れず彼女の逆鱗に触れていたってことでしょ。しかも私の時みたいに無自覚で。あなたはもうこれからおとなしく生きていくしかないわ。そうしたら彼女もいつかは許してくれるかも。それに抵抗するのはあなたの自由だけど、私と小夜を巻き込まないでよね。」
と来栖さんが小夜さんを抱きよせながら言う。
それもそうだな。変に挽回しようとしてこれ以上いじめが発展しないようにするべきだ。強権の怖いところは意思を止める機能がその意思のみでしか止められないところだ。やりすぎるという概念がない可能性すらある。それなら、今いる親友候補の2人とゲームセンターに行くみたいな平和な方がいい。
そうだな。あまり関わらないようにしておこう。敬遠しておこう。ベンチから申告敬遠だ。それがいい。
「おとなしくするしかないかー。下手したら逆らったら殺されかねないし、下手しなくてもこの様だしね。いま死ぬには早すぎる。助言の道理になるべく関わらないようにしておくよ。じゃあ一応名前だけは教えてくれ。そうじゃないと関わる関わらない以前の問題だし」
というと来栖さんが急にご機嫌になって
「ふん。知りたい?どうしよっかなー。ま、でもこの前の借りもあるし特別に教えてあげてもいいわよ。でも私から言ったって言わないでよ。彼女はあんまり前に立つ感じの人じゃないし、それ自体隠している可能性もあるし」
「じゃあなんでその人が君主っていうのをきみは知ってるんだよ」
「わたしもこの学園の正式な生徒よ。それも内部生。内部生には内部生の情報筋ってもんがあんのよ」
と隣にいる小夜さんの金髪を白い指で梳きながら言う。
なるほど。そういうつながりもあるのか。興味深いな。周りから見えなくても内部から見ているとわかることもあるということか。
「教えてくれ」
「いいわ。しっかりと聞きなさい。あのクラスの女王であり、あなたを孤立無援にした関わるべきでない人格者。彼女の名前は・・・・」
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その名前を聞いた後、彼女たちとは少しの雑談をして別れることになった。俺はそのまま家へ帰り、いつもの場所で寝ている猫を撫でて一旦シャワーにでも入ろうかとしたとき、
カタン
とポストが軽快な音を立てたのが聞こえた。俺の家に宗教の勧誘やガスなどの催促書が来ることはない。来るのは一つだけ。仕事の依頼だけだ。
リミットか。もう移動なのか。俺の学園生活はこれで終わりなのか。何もはたせていない。今日初めて友達ができたんだ。今日初めて雑談しながら帰ったんだ。まだ足りない。何も満たされていない。だがそれは俺の家族が許さない。俺の家族の負の負債が俺をを開放してくれない。
だがこれは自業自得か。
猶予はあった。その間受け身になっていたのは俺だ。無視されているとはいえ隣のやつにでも話しかけたらよかった。それをしなかったのは俺だ。そのしわ寄せが今来たのだ。仕方ない。全部俺のせいなのだ。
だがまだだ。一度、こういうことがあったんだ。二度目がないとは言い切れない。次はもっとうまくやるし、やれる。
そういう気持ちでポストへ行き中を見るとやはりあの漆黒の手紙だった。仕事の依頼だ。最後にできた友達に別れを言えばよかったな、と思いながら開けてみると
書いてあった内容は勿論患者の依頼だ。だがそれはこの今の学園の生徒だった。俺はこの学園に所属し続けて居た理由を完全に忘れていた。そうだ。この学園にはまだ心を悩ませている奴がいる可能性があったのだ。そしてその通りだった。俺は患者の名前を見て再び天を見上げた後、また視線をその文字に落とした。二度見だ。お手本のような。
なぜならその患者は俺が知らずのうちに逆鱗に触れてしまっていた女王の名前がかいてあったからだ。
そう。今回の患者、俺がもう関わることがないようにしようと心に決めていた女性。その絶対君主の名前は帝塚山 雅。
まさに女王にふさわしい、俺にとって禁忌であるこの名前を今日だけでも二度触れることになってしまった




