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第三話

 


 僕がまずこの依頼を解決するために初めに行った事としては患者とおんなじ高校に入ることから始めた。そう今回の患者、嵐山小夜さんと同じ高校に。これは難しいことではなかった。僕がよく使っている手だったし仲介人に頼めば何とか教師役にだってしてくれる。でも今回は同じ立場から近づく方が自然でやりやすいと判断したので生徒役として潜入することにした。



 高校潜入の目的は2つある。1つ目は患者に会うこと。もう1つは容態を見るためだ。これは何もケガの状態を見ることに限らない。それは外科医の仕事。俺が見るべきは心の方だ。

患者の周りとの交友関係。いじめの有無。教師を含む周りからの目線、醸し出している雰囲気。カルテという文字だけではわからない人間的なものを見るためだ。そしてあわよくばそこで解決してしまおうということだ。



 嵐山小夜はいわゆるお嬢様だ。お金持ちのご子息、ご息女が集まるこの日本有数の学園の中でもカーストが中堅ぐらいの女の子だった。周りからの評価もある程度ある。そして学園生活でも友達がいないということはなく、まんべんなく話しているが特別仲良さそうな子が1人いる。


それが1年前の原因不明な火事によって狭くない範囲の火傷を負った悲劇の少女、来栖有栖。



 彼女たちはすごく仲が良かった。どんな時も一緒でどちらかが習い事で学校に残るとしても時間を合わせて一緒に帰る。彼女らは互いに支えあっているのだ。なんて美しい友情なのか。同じ悲劇を共に経験し、ともに苦難を乗り越えて特別な友情が芽生えている、ということなのか。


いや、そんなことはない。


 僕は見ていて感じた。彼女たちは互いが互いを思いあっている。これは確かだ。だがそれは友情という思いよりももっと複雑で汚いもののはずだ。今回はそこにポイントがありそうだ。


彼らの主な被害はそれぞれ


嵐山小夜は左手の後遺症

来栖有栖は背中の消えない傷


 これを知るまでにどれだけの無為な時間を犠牲にしたか。火事があったのは患者のカルテで知っていたが来栖有栖の体がどこまで部分を火傷しどの部分が治っていないかな分からなかった。なぜならカルテは嵐山小夜のことを書くにとどまっており、来栖有栖の方は最低限の情報しかなった。嵐山小夜の治療にはその情報が必要だった。彼女らの傷それぞれが芋ずるしきになっていると思ったからだ。

 そこで俺は人知れず彼女に薬を投与した。気づかれずに投与することなんていくらでもできる。学校内の給食に混ぜることもできるし、仲介者経由で行けば寝ている間にでも打つことができる。彼女に投与した薬はただ1つ。損傷した部分に軽度の炎症を起こさせる薬。簡単に言えば、やけど跡にかゆみを生じさせる物質を経口摂取させた。


 そのあとは簡単。意識せずともうずいてしまう。ついつい掻いてしまう。俺は彼女が気にしているのは背中の部分だと特定した。だがこれには欠点がある。これは感受性の高い僕も見ているだけ背中が虫に刺されたような、あせもができたようなかゆみに襲われてしまうのだ。だから発見次第その場を立ち去る。



 そんな感じで特定することができた。そして前回のあの会話に戻る、何がここまで彼女たちを縛り付けるのか。なぜ彼女たちは自然治癒に頼ることをやめてしまったのか。

そういう複雑な話をするために僕はある男の子の協力を借りて松風小夜と来栖有栖を順番に呼び出してもらった。



  彼女たちがいまだとらわれ、勘違いし続けている過去について話すために




       * * * * * * * * * * 



「小夜の治らない火傷?」

彼女は不思議そうにそう僕に問い返してきた。僕は声を作りながら


「そうだよ、彼女は後遺症といって誤魔化していたかもしれないけど。小夜さんには治るはずの、治らなければいけないはずの傷が左手に残っている。そして君の背中にも」


彼女は初め何かを考えている風だったが背中の傷のことを言われて警戒度が上がったのが目に見えて分かった。ここは間を開けずに続けた方がいいな。


「なんで僕が知っているのか疑問なんだろうけど、見ていればわかるさ。君は知れず知れずのうちに背中を気にしていたんだよ。歩くとき、振り返るとき、何かを持つときとかにね。まあ、僕にしかわからない程度だったけど。」


堂々と用意していた嘘を吐きながら僕は続ける。


「いきなりの失礼ごめんね、でも僕がノンデリカシーにも女の子の体についた傷について言及したのはただ君を不快にさせるためじゃないことを分かってほしい。僕は治すために今君と話している。まあ、小夜さんとはもう話し終わったけど」


「治す?」


「そう。君の傷にしても1年たっても治らないなんて不自然だろう。そのことについて何か疑問に思っていたはずだ。」


「でもそれはそういう人もいるって・・・」


「もちろん、そういう人がいるのは知っている。でも君の傷は違う。君のは心が原因でできた傷のはずだ。そしてそれは小夜さんも同じだった。これは確定事項なんだ。

分かりやすく最初から話そう。あの悲劇の始まりの火事の事件について」




          * * * * * * * * * 



 始まりは去年の夏の日だ。その日君は小夜さんと一緒になって帰らず別々で帰っただろう。うん。なんで知っているかの疑問には後ほど答えよう。え?だからこの話が終わったら教えてあげるって。いや嘘じゃないって。僕はうそをつかないし、誰にも言わないから。大丈夫だって。広まってなんかないって。はあ。そこで止まったら進まないから一旦聞いててくれるかな。

 まあ君たちは別々に帰ったというわけだ。君は何事もなく家へ帰っただろう。問題があったのは小夜さんの方だった。彼女は学校での習い事を終え、1人で家に帰っている途中にケータイへ1通のメールが入っていた。それはおそらく父からのメールだろう。その内容は「今日は家へ帰るな」というような文面だったはずだ。それを見て聡い彼女は悟ったのさ。父は今日決行するつもりなのだ、とね。そうさ。あの火事の真相は君の父君にただならぬ嫉妬心を持つ小夜さんの父親の犯行だった。










と、なれば話は簡単だったけどね。まあ違うということだ。騙されたかい?それは何より。ふざけるな?まあ、落ち着いてよ。僕が悪かったって。あんなに改行されたらそう思ってしまうのも無理はない。さて、続きだ。あの事件の犯人は父親ではないのだとしたら誰なのか。もうだらだらと書くのも面倒なので言ってしまおう。






あの火事の真犯人は父親ではなく娘の方、嵐山小夜自身だ。


少なくない被害を出したあの凄惨な事件はその被害者が加害者でもあったという事件だったのさ。







 これは紛れもない事実だ。冗談なんかじゃない。これだけ改行があろうと真実だ。そんな驚いた顔をしなくてもいい。リアクションが欲しくてやっているわけじゃないからね。そもそも君は知っていただろう、このことを。この悲しき真実を。君はこのことに気づきながらも気づいていないふりをしていただけだろう。あの地獄を彷彿とさせ、君の大切な父君の左半身の機能を停止させた炎の火元が君の親友、嵐山小夜だったということを。


 君は相当悩んだことだろう。一番の親友が自分の家へ火をつけるわけがない。何かの間違いだと。それこそ本当の犯人は父親なんじゃないかと疑いもしただろう。しかし、それは不可能だった。事件当時嵐山父は黙秘を働いたそうだが、今はしゃべってくれたよ。彼は事件の時刻に家にはいなかった。大学で娘に呼び出しを食らっていたからだ。彼はさぞ驚いたことだろう。これから火事になるであろう自分の家に娘がいないことを確認するため大学で待ち合わせたにもかかわらず娘は来ず、心配になりながら家へ様子を見に行くと計画とは異なる量の炎がそこら一帯を覆っていたのだから。事件の現場のことを君も聞いただろう。複数の火元が発見されたにもかかわらず、主に嵐山家の建物の方が損害は大きく小夜さんの部屋なんて全焼したそうじゃないか。


 その情報を整理してその火事に小夜さん関わっていると知った君は絶交するどころか、友達をやめさえしなかった。憎き父親の仇でもある小夜さんを許し、一緒に生きていくことを選んだんだ。美しく泣けてくる友情だ。誰でもできることじゃないと思う。僕は尊敬するよ。自分の大切な人の自由を奪った相手と友達でいるということをしてみせる君に。

 でもそれは一部のあなたでしかなかった。思うようにいつものように動けない父を見るたびに君は彼女が憎くんだだろう。なんてったって、彼女の父親は五体満足で健全に動き回ってるのだから。許せなかっただろう。許せるわけないんだ。でも君は一度彼女を許してしまった。今一度、彼女と友好を結び始めていた君は仇を拒むことができなかった。



なぜなら君は優しいから。



 自身で放ったとはいえ左手に後遺症が残り弱り切った彼女を元親友として放っておけなかった。そんな君の親友を思う優しさと放火犯を思う憎しみが混ざり合った結果、中途半端でアンバランスで、不安定極まりない心の状態が出来上がり背中に消えない火傷を負うことになった。心が傷つけば体にも表れる。この世界は心と体の状態はリンクしている。


 ここまで来てやっと僕の目的までの道のりが見えてくるというわけだ。僕は小夜さんの左手を治しに来たんだけど、そのためには君の傷も治さないといけない。どうやって?聞いていればわかる。要はこの傷は心の不安定さからくるものだ。なら安定させてしまえばいい。君が許した親友の彼女と憎んでいる放火犯の彼女。君の心はその間で揺れている。それをどちらかに傾け、そのまま押し切ってしまったらいいんだ。許すなら許す。憎むなら憎む。どっちかだ。中途半端は許されない。

そんな感じで僕はその手助けをさせてもらうよ。最終的に決めるのは君自身だ。それで彼女の左手の運命も決まってくる。



 さて。話を父からの決行メールが来た小夜さんに戻ろう。彼女は自身の父親が君の父君にただならぬ恨みを持っているということをしっていたし、何か起こそうとしていることも知っていた。そこで彼女は選択することになった。肉親をとるのか親友をとるのか。究極の選択だ。高校生がする選択じゃない。でも彼女は限られた時間で狭苦しい選択の中選ばなければいけなかった。




 彼女はまず父親が計画していたことを少し自分で少し変更して実行することにした。変更した部分は主に火をつける場所と量だ。父親が持っていた大量の小分けにされたガソリンを自分の家の敷地内へ距離を離してまいた。そして火をつけると同時に君に連絡したんだ。だがここに予想外のことが2つ起きた。一つは彼女の父親はもう来栖家の敷地内へガソリンをまいていたのだろう。嵐山家内で事を終わらすつもりがどんどんと燃え移ってしまった。2つ目はガソリンへ着火したであろう左手が火傷のせいで思うように動せず君に電話が届くころにはもうこの辺りは火の海だったということだ。


 だが結果的多少の犠牲はあれどに全員が助かった。彼女はあの限られた中で高校生なりに最善の選択をしたと言っていいだろう。彼女はこの計画で誰も死ななかったことに安心しただろう。だが後々君の父親の左半身が動かなくなってしまったということを聞いた。彼女は自分を責めた。君は父親が大好きだってことは知っているだろうし、彼女は自分の父親も守るためにこんなことをしたのだから。


 しばらくして彼女の左手は動かなくなった。これは君の父君が左半身を動かせないのにその元凶の自分だけが動かせていいはずがないと自己批判に陥った事からだと僕は推測している。彼女はそれを後遺症だと思い込みこれからを過ごすことになった。

 彼女の心の中は負の感情で占められている。負の感情というのは行き過ぎると体に毒だ。そんな彼女を唯一救うことができるだけだ。君が彼女を認めてやるんだ。

嵐山小夜がやったことは親友である来栖有栖を害すためではなく救うためにやった行為だったということを。

 そうすれば彼女の心の負担も幾分かは軽くなり、左手の状態も改善されるだろう。そして君の背中の傷も時間とともに消えていくことになる。だが、それを選ぶのは君の自由だ。彼女が君を救うつもりでした行為だったとしても大切な父君を傷つけることになったのは事実だ。そう簡単に許せるものではない。憎むのなら憎めばいい。だが彼女も心で苦しんでいることを忘れないでほしい。


 でも君はそんなことはしないと僕は思っている。君は絶対に嵐山小夜を許すだろう。なぜそんなことを確信めいた風に言えるのかわかるかい?






それは君が()()()からね



 


        * * * * * * * * * * 




 あの後のことはあまりよく知らない僕はすぐにその場から去ることにしたし。彼女たちがお互いに名にお思い何を語ったのか、人に聞かせるような話でもないだろう。まああれだけのことをしたんだ。予想外なことは起きないだろう。ぜひ再び熱き友情を引き続き見せてほしい。


 今回の件はほどほどの難易度だった。あれから2週間程度で僕の背中にある傷もなくなって、左手も動くようになってきた(傍点つける)。この仕事をすると感受性の高い僕は患者たちに感情移入してしまって、自分自身にも同じ症状が出てしまう。だが、僕が回復したということは彼女たちももう傷に頭を悩ませることはないだろう。報酬は8割ほど借金に持ってかれたが残った金でも1か月はなんとか暮らせるだろう。ギリギリだが。


 この件の顛末に依頼主様は満足してくれたようだ。これまで様々な案件で様々な人物にあってきたが今回の依頼主はあまりにも過保護すぎると思う。だがそんなことを口に出していったのなら首が飛びかねない(ダブルミーニング)のでいえるわけがない。


 家に帰り、ゆっくりとしようとしていたとこ炉にポストが軽快な音を鳴らした。差出人は仲介人だ。内容は今回の件で潜入した高校に在籍し学園生活をしておけとのご命令だ。頭に?マークが浮かんだが、上がそう言うならそうするしかない。まだあの高校にトラウマを負っている奴がいるのだろうか。


 そんなことより、思いもせずに高校生活を楽しむことができそうなことに俺は胸を躍らせていた。今まで仕事であらゆる学校へ在籍したことがあるが患者の治癒が終わったら次の現場へという感じだったので授業なども受けたことがなかった。なのですごく楽しみだ。俺が歩むはずだったifストーリーでありサクセスストーリーだったかもしれない道だ。今回の依頼成功のボーナスステージなのかもしれないので俺は悔いなく人生初の学校生活を楽しむことにしようと心に決めた。









患者カルテ

                    調整師名 草津 芯




名前       嵐山 小夜     


症状       左手の炎症による機能不全


期間       約1年


依頼人サイン   来栖 仁蔵


調整       治療完了


原因       心的外傷


         


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