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消失する地蔵

「消える地蔵?いや、ちょっと思いつかないけど・・・詳しく聞かせてくれる?」


乗ってくると思っていた。

シノが知らない怪談であれば、真偽もオチも関係なかった。


「昼間はあるけど、夜に行くと見つけられないということで、消えるお地蔵さん、として小学生が噂にしているらしい」


大学のカフェテラスでのこと。

3回生になった僕と彼女の関係性は、ただの友達。

ただ、一方的に僕が、彼女の興味を惹きたいだけの片思いの関係性。

だが、わけあって僕は彼女に告白することは出来ずにいるのだ。


「それは誰に聞いた噂話?」

シノが尋ねる。

重要なポイントだ。ここで間違った回答をするとシノは一気に興味を失う。

だが、今回は問題ない。

「叔父からだ」

シノの顔がぱっと明るくなる。

「上西野小学校に勤めている叔父さんがいたわね?」

「そうだ。もうすぐ夏休みだろう?どうやら受け持ちのクラスの男子児童達が肝試しの計画をしていたらしく、小耳に挟んだ叔父が小学生の間で噂になっている怪談をいくつか聞いたらしくて」


情報ソースは重要なポイントよ、とかつてシノは言った。

今では僕も、その意味を嫌というほど理解している。


「場所は?」

「詳しい場所はわからない。市街地の方では無くて郊外、というか田舎。たぶんだけど、西野のあたり」

「なぜ?」

「叔父さんも気になって知り合いの先生たちにそれとなく聞いたらしいんだ。他校の小学生も知っているほど有名らしいんだが、上西野小学校の子に聞いた、といっているらしい」


じっと僕の目を見つめてくる彼女の名前は「シノ」ではない。

ただ、そうせよ、と彼女が言うので従っているまでのこと。


「五差路の手前にある、ということは噂の内容からわかっている」


シノは「続けて?」と言うと、溶けかけた氷をかき混ぜ、ブラックコーヒーをストローで一口飲んだ。

大学のカフェテラスのアイスコーヒーには、ある特徴がある。


旨くはないが、サイズが特大。


このアイスコーヒーに纏わる噂話というのもあって、いつの頃だか非常につまらない授業をする教授がいて・・・

いや、その話はまたいつか。

すぐに話の腰を折るのが僕の悪いところだと、彼女はいつも言う。


「小学校の通学路だ、という話だ。そのお地蔵さんの前を通る時、集団登校の児童達は数人なんだそうだ。その子たちは毎日、その地蔵を見ていた。ある日、そのうちの一人の子が塾か何かで日が暮れてからそこの道を通ったそうだ。だが、その時、その地蔵の姿はなかった」

「うん。それで?」

「不思議に思った児童が、親に聞いたそうだ。すると、そこにお地蔵さんは元々無いよ、と答えたんだそうだ」

シノがほんの少しだけ表情を見せた。口元がほんのりと笑顔になった瞬間を僕は見逃さなかった。

ただそれだけで、僕の心はさざ波立つ。

「消失していないじゃない。むしろ無いはず場所に地蔵が現れる話になっている」


怪談には尾鰭がつく。


いや、むしろ尾鰭がついて初めて怪談が成立するといっていい。


悲惨な事故が起きただけでは怪談にならない。

有名な事故であればさらにだ。

個人が特定されるような怪談は、コンプライアンス的にアウトである。


怪談というのは作者不明の文芸だった。

今ではネットで噂される都市伝説として、多くは出所がわかっている。

だから、尾鰭のつきようがない。

だから、それは怪談のようで怪談ではない。


「後日談というものがあってね。翌日、その男子児童は怖がりながらも登校をした。集団登校だったから一人ではないという安心感もあったそうだよ。結果は、そこにお地蔵さんはあったんだ。それは一緒に登校している数人の児童も見ている」


シノがシャツの胸元のボタンを一つ外した。

実に艶っぽい仕草だと思う。彼女は無意識だ。考え事をするとき、何故だが彼女はいつもはぴったり上まで締めているシャツのボタンを外す。

黒い髪をロングでストレートにしている彼女は、控えめに言って美人だった。

魅力的な大きな二重の目。すっとした鼻筋、少し厚めの唇に薄く引かれた口紅。


けれどたった一つの欠点のため、彼女には彼氏がいない。


それは重度のオカルトマニアであること。

だが、それは真実ではない。


「もちろんね、それだけじゃあ昨夜の児童の親の勘違いってこともあるわけ。この話は件の児童が学校でお騒ぎしたために、集団登校している何人かの親の耳にも入ってしまったんだよ。ところが、その大人たちが口を揃えて言ったそうだ、そこにお地蔵さんはない、と」



シノは考えていた。


僕の目論見はシノを誘い、ドライブに連れ出すこと。

おおよそ場所の特定がされている。なんとなくここかな?という場所も僕はあたりをつけている。

ドライブの後、ファミレスで食事など出来れば幸せだ。

それ以上のことは期待はしていない。

してはいないが、起こり得ても構わない、いや、むしろ歓迎だ。


シノは真相を確かめようとする、興味さえ持てば。


「この話は、オカルト、ね」

ぼそっとシノは語りだす。

その時の表情は夢見がちでで、僕にはとても魅力的に映る。


僕はオカルトも幽霊も妖怪も信じてはいない。

むしろそれは否定派である。

なにせそれさえなければ、僕は彼女と付き合っていたはずなのだから。

だから僕は、今日も彼女に怪談を聞かせる。

そんなものは存在しないんだよ、都市伝説なんて誰かの作ったフィクションさ、という結論に、

いつか彼女が自分で到達する日まで。


「お地蔵さんは、地蔵菩薩といって仏教の菩薩の一つ。袈裟姿の僧侶をしている。日本の民間信仰では子供の守り神として信じられている。だから、その道端のお地蔵さんは『子供にしか』見えないのかもしれないわね」

けれど、とシノは虚空を見つめて首を振る。

「目撃率が100%なのは気になる」

僕は頷く。

「それに、その男子児童の親もかつては子供だったはずだよな。だとしたら、そこに地蔵がないっていうのはおかしいよな。子供には見えるはずなんだから」


大人になると、地蔵は存在も記憶からも消失してしまう、という話なのかもしれないが。


だが、それこそが尾鰭というものだろう。

怪談の辻褄を合わせるために付け加えられていくもの、それが怪談の醍醐味でもある。


彼女をシノから解放するために、多くの文献を読んできた僕の意見はこうだ。


尾鰭というものは、怪談を聞いた誰かの疑問や否定に対して考え出された理由付けや感想のことである。


仮に男子児童の親が他所から大人になってから引っ越してきた、という話だったとしても、集団登校の他の子供たち全員というのも考えにくい。

なにせ、ここは田舎だ。わざわざ引っ越して来るような土地柄ではない。


こういうエピソードも、怪談を否定しているように見えて話に真実味を足してしまうものだ。


だが、研究家として言わせてもらうならば、そういう解説が多ければ多いほど、その怪談は真実から遠のいたものである可能性が高い。


本来の怪談は、シンプルな謎であらねばならない。


「そこでシノに提案がある。これから僕とドライブに行かないか?実は件の場所にはあたりがつけてあるんだ。現地でもって、シノに真相を確かめてもらいたい」


「あなた、何か隠しているわね?というか、既に結論に達しているのかしら?」

「いや、僕もまだまだ子供だってことさ。シノに見えれば子供、見えなければ大人ってことかな?」

「なによ、それ。というか、そもそも子供か大人かっていう定義は何?まさか20歳が境ってことは無いでしょう?」

「さあてね」


昼間、子供にしか見えないという件のお地蔵さん、については、叔父の話と小学校区図、インターネットの地図情報とストリートヴューによって当たりをつけていた。

五差路という手掛かりは有効ではあったが、場所の特定には膨大な時間が必要だった。


最終的には、仮説からの推論により、それが町境であることやストリートヴューによる画像確認で3か所まで絞り、現地への事前調査も済ませた上で一か所に絞っていた。


99%間違いない。



「ここなのね?」

シノがクルマのドアを開け、その地に降り立つ。


日はまだ高い。

道の傍らに佇む石像は小さなものだった。


「夜に見えなくなる理由は簡単な理屈なのね」

シノがシャツのボタンをもう一つ外す。

夏休み直前の夕暮れ前。昼間にこもった熱がアスファルトから湧きあがる。

考え事をするときに、彼女は無意識にシャツのボタンを外す。


「道の両側は田んぼ。この石像は小さい。草むらに隠れてしまうのね」


色のコントラストが無くなった夜には、それはとても見つけにくくなるのだろう。

それは容易に想像がつく。


「たぶん子供は自動車に乗ってここを通過した。親と会話していることからも、周囲が田舎すぎて、塾まで相当な距離があるだろうしね」

「そうだ。夜に見えなくなるのは単純なことだ」

「問題は、昼間のほう。あなたには見えているのよね?」

「もちろん」

「私にも見えている。‘’シノ”にも見えているわね」

「つまり?」

「これは現実にここに存在している」


彼女はそう言った。

僕は、結論を述べる。

「そうだね。けれど、これは地蔵ではない」


それは道祖神だった。

石に刻まれているのは僧侶の姿ではなく、2体の男女だった。


双体道祖神と呼ばれるもので、

主に村境などに置かれ、村へ良くないものを入れないための守り神として崇められたものだ。

2体の姿を取っていることから、猿田彦とアメノウズメだろう。


「大人たちにとって、これは『地蔵ではない』わね」



消失する地蔵の謎はシンプルだった。

解き明かされてしまえば、それはもうオカルトではない。


オカルトとは隠秘学と訳され、隠されたもの、という意味も持つ。

意図的に隠された事実は、時として不思議な現象をもたらす。


「さあ、謎は解けた。”シノ”は満足したか?」

彼女は穏やかな笑顔で僕を見上げた。


正体不明の「彼女に憑り依いた”シノ’」を浄霊する方法。

僕にはこんなことしか出来ない。


けれど、いつか。

僕は彼女を解放してみせるのだ。

シノが隠したがっている何かが分かるまで、僕は噂や不思議な話を集め続ける。

そして僕は彼女とともに謎を解き開く。


隠された秘密を暴いてしまえば、それはもうオカルトではないのだから。



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