意味わからないんですけど!!!_憑依した私はコスプレ旦那に迫られても幸せに暮らしています_
連載の息抜きで書いてみました。
私、山本 杏は知らないベッドの上で目を覚ました。
言い過ぎだってー、ベッドにそんな差がある?本当は知ってるんでしょ?とか思われるかもしれないが、本当に知らないのだ。
そもそも私のいつも寝ているベッドは折り畳み式のベッドで、もう何年も使っているから最近は敷いている布団もぺたーってなってきて腰が痛くなるからマットレスでも買って敷こうかなと思っていたくらいの庶民的なベッドなのだ。
そんな私がなんで天幕ベッドを知っているというのか。
漫画とかで見たことはあっても実際に横になった事もない。
だから今こうして私が天幕ベッドの上で目を覚ましたこと。非常に混乱している。
「ここ、どこ…」
思わず呟いてしまうのは自然の事だと思う。
頭の中でもやもや考えても、混乱している状態で整理がつかないからだ。
それにしても、私はなんでこんなに喉が渇いているのか。
というか、いつもの声と違って、声が高く聞こえるのは気の所為か。
また、なんとか言葉を発することが出来たが、喉が渇きすぎて声を出すことが痛いくらいだった。
それに体がだるい。
だるいというか、重く感じて体が思うように動かないのだ。
(昨日そんなに飲んだっけ?)
ふとそんな疑問がわいたが、缶チューハイ500が1缶、350が2缶だからそこまで飲みすぎじゃないと思う。
しかもそのうちの1缶はアルコール度数3%だ。
いつもフルボトルの安いワインを飲み干す私には軽いものである。
もしかして贅沢したくて買ったお寿司の所為で、他の総菜を買うお金なくて、夕食がお寿司以外ほぼお酒だったのが悪かったのか?
さすがにお寿司だけでは足りなかったけれどおつまみを買うお金もなかったから、お寿司についていたワサビをおつまみ代わりにちまちま食べていたから?
あー、お寿司じゃなくてもっとちゃんとしたおかずを食べればよかったーと思ったが、でも二日酔いなら頭が痛いはずだし…胸ももやもやしていない。
ただ喉が渇いて、そして体が全体的に重いだけなのだ。
(もしかして…二日酔いの所為じゃない?)
そう思った時、カーテン越しに人の影が現れた。
「……お嬢様?」
そっと開けられたカーテンからメイド服を着た女性が覗く。
そしてメイドの女性が驚きに目を見開いた後、大きな目からは涙が零れ落ちそうなほど潤わせた。
「お嬢様!ララは…ララは…!」
なにやら感動の最中で申し訳ないが、張り付く喉を潤わせるべく、全く知らない人だったがララと名乗るメイドのコスプレをした女性に一言。
「…み、みずを…」
「はいっ!今すぐお持ちします!!!」
するとすぐに持ってきてくれた。
カラカラと音をたてながら、水差しとコップを台車に乗せてメイドがやってくる。
ちなみにメイドに続けて、セバスチャンと思わず呼んでしまいそうなおじいちゃんと、綺麗なドレスを身にまとった女性、スーツをピシッと着こなした男性が部屋に入ってきた。
メイドのコスプレをした女性が私の体を起こし、私に水を飲ませる。
こくこくと、少しずつ水を口に含んで飲み込んだ。
程よく冷たい水が喉を潤わせて、私はやっと一息付けた。
「……あの……」
私の声に反応した四人の視線が集中する。
「……ここどこですか?」
尋ねづらかったが、それでも疑問を口にすると返ってきたのは欲しかった言葉ではなかった。
まずメイドはコップを床に落とし、ガシャンと割ってしまいながらも私に縋ればいいのか、それともコップを片付ければいいのか混乱する姿を見せた。
セバスチャンは、驚きに目を見開いた後微動だにせず、その後全く動かなくなり
綺麗なドレス姿の女性は直立姿勢で後ろに倒れ
女性の横に立っていたスーツ姿の男性は間一髪で女性を受け止めた後、何故か泣き始めた。
誰も私に答えてくれることなくどうしていいのかわからなかった。
とりあえず一番私の声が届きそうで、そして名前を知っている人を呼んでみる。
「あの、ララさん…」
「はい!ララです!お嬢様!!
記憶を失っても私の事を覚えてくれているとは!ララは感動です!!!」
さっきまでの挙動不審な動きはどうした。
それに覚えているというより、さっき自分で名前を言っていたから知ってただけに過ぎないのだが、これも黙っておく。
でもこの切替の速さ。
さっきの「ここどこ?」発言で私が記憶が失っている_といっても山本杏としての記憶は普通に持っているから記憶喪失なわけではないが_と状況把握してくれたメイドは出来るメイドだ。
たぶん。きっと。おそらく。
少なくともいい年した_年齢知らないが_男性が男泣きしているだけよりは、このメイドの方が遥かにマシだ。
「私は杏の記憶「そうです!お嬢様の名前はアンジェニカです!さすがお嬢様!覚えているのですね!」」
アン しか合ってねーよ。。。。。
勢いが半端なくて否定する事を忘れてしまったが、メイドは私が、アンジェニカとララの名前だけを憶えているのだと一瞬の間で勘違いした。
ここで否定して訂正しても話が長くなりそうだと思った私は、名前だけは覚えていることを前提としてメイドに尋ねる。
「私、貴方の言った通り記憶がないの…。
私はどういう人で、今どのような状態なのか教えてくれる?」
尋ねてはいるが、この時おおよその答えは自分の中に持っていた。
私は山本杏。
日本生まれで日本人女性。
両親も日本人。
あえて言うならちょっと方言の強い田舎出身というだけ。
上京してからもうすぐ10年たつから、方言もそこまで出てこなくなったと自分では思っている。
体を起こされた時点で気付いた金髪になっている自分の髪の毛に、自分の体とは思えない華奢な体形。
貧乳さは変わらずだが、それでも山本杏の頃よりは断然お腹がへっこんでいる。
勿論腕の太さも違うし、見える手は白くて華奢で、いかにも女の子の手といった感じだ。
きっと触ればすべすべしているだろう。
自分の手だから触れないけれど。
そして布団を捲れば、足の間に隙間がある美脚がそこにはあるだろうと推測する。
日本では豪邸しか持つことを許されていなそうな部屋の広さに、天幕ベッド。
置かれているインテリアは全て、目玉が飛び出てしまいそうな金額が予想される家具たち。
もちろんこのベッドもだ。
でも久しぶりというか、初めてというか、ふかふか且つ体に合ったベッドのお陰で腰も痛くない。
見知らぬ場所で警戒感マックスの私は注意深く部屋を観察するのは当然の事。
その中で気付いたことがある。
それがなにかというと、この部屋にはコンセントと言われるものが一つもなかったのだ。
私が見渡せる範囲にはだが。
「アンジェニカお嬢様は……、いえ、先にお嬢様の生い立ちからお話しさせていただきます」
そう言ったのはメイドだが、いつ復活したのか、男泣きしていた男性と、直立姿勢で倒れた女性…はそのままセバスに運ばれて部屋を出て行ったから、男性だけが私とララの会話に参加した。
「アンジェニカ。お前は私、リバイス・バレッサ伯爵の娘であり、シュタイン公爵家の令息と婚約関係にあったのだ」
思った通りこのスーツを着こなした男性はアンジェニカの父親だったのね。
となると、私も結構顔がいいのかな?とわくわくする。
「婚約関係に”あった”というと、過去形ですか?」
「ああ。その通「当たり前ですよ!!あんな男!!お嬢様にふさわしくありません!」……ララ、私が説明しているから少し口を閉じててくれるか?」
頭が痛いのか、形のいい指で支える男性に言われて、ララは両手で口を押える。
なんだか、その仕草がかわいかった。
「ああ…過去形であっている。
私が…もっとあの男の事を知っていれば…お前が自殺をすることもなかったのに!!」
「………は?」
い、いや。
ちょっと、ちょっと待ってお父様。
いや杏の記憶しかない私がお父様ってこのイケメン男性を呼んでいいのかわからんが、自殺?
え、私その自殺した女の子の中に憑依したってこと?
うっわ………。
いや、でも待って。記憶なくしている前提ならばその破棄を言い渡されたアンジェニカを演じることもないってことよね?
よく知りもしない”男の子”に付き合わなくてもいいってことだよね?
つーか、自殺……
ちらりと華奢な腕を見る。
「っ」
うっわ!!気付かんかったーーーーー!
本当にリストカットの痕あるよ……。
つーか私の推測だと小説の登場人物に憑依してしまったりとか、そういうイメージだったんだけど!
まぁ憑依していても、ネット小説も文庫本も読みすぎてアンジェニカという名前を聞いてもピンとこないんだけどね!
つまり?
自殺したってことは本当のアンジェニカもその時点で死んだという事と思おう。
で、面倒そうな婚約者もいない。
伯爵家ということは貴族で、この部屋の内装からも落ちぶれているような感じは窺えない。
つまり?
「お前はまだ14だが、あんなこともあったんだ。
学園には行かなくていい。勉強は家でもできるからな」
引きこもりオッケー宣言きたああああああああああ!!!!!!
つーか14で自殺したとかどんだけ婚約者にのめり込んでたんだよって感じだけど、本当の理由はアンジェニカしか知らないと思うからそこは置いておこう。
知るすべもないし。
つまりーーー!?
「あ、あの…お、おとう、さま…?」
「無理に呼ばなくてもいいんだよ。
勿論呼んでくれたら嬉しいが、記憶が戻ってからでもいいんだ」
その記憶がよみがえることはないけどね!!
「記憶がない私でも、娘としてこれから先もお父様とお母様、そしてララや皆と一緒にいてもよろしいでしょうか…?」
見上げる私にララと父は凄い勢いで頷いた。
イメージはうるうるしているかわいそうな子犬のイメージだ。
「そんなことは当たり前だ!」
「そうです!ララはお嬢様が目覚めるのずっと…ずーーーーーーーっと待ってたんですから!」
そんな二人に私は笑った。
可笑しいとかそういう笑いではない。
日本にいた時、私には両親がいなかったからだ。
高校卒業までおばあちゃんとおじいちゃんがいたけれど、幼いころに両親が亡くなった。
ずっとおじいちゃんおばあちゃんの元で生活してきて、なるべく負担をかけないように迷惑にならないように高校卒業で就職した。
「元気にやってらが?」「帰ってきてもいいんだで?」
そんな言葉をかけてくれるおじいちゃんとおばあちゃん。
二人から愛情をしっかりもらっていたけれど、でも両親がいない私にはふとした瞬間寂しく思う事もあった。
本当の私の親ではない。
向けられている微笑みも、真剣な眼差しも、本当の娘ではない私に向けられているものではないことはわかっている。
でもさ、少しくらい欲張ってもいいでしょ。
欲しかった両親の存在を。
騙しているとはいえ、アンジェニカではない私だけど。
私がこの体から出て行くときは素直に言うこと聞くから、少しの間だけでも両親という存在を感じさせて欲しい。
◆
そして二年が経った。
まず私が初めに言いたい事。
アンジェニカ超可愛い。
白い肌に華奢な体だけではなかった。
あの美人美形の両親の娘というだけあって、大きな目に小ぶりな唇。
華奢な体に合う小顔で金髪碧眼を鏡で確認した時はまるで人形かよと呟くところだった。
でもね、私は思うんだ。
前髪長すぎじゃない?
これ絶対顔相手に見えないでしょってくらい前髪が長い。
分けていたのかな?と思ったが、前髪に癖も何もついてなかったからたぶんまっすぐ下ろしていたんだろうと推測。
だからすぐに髪の毛を整えてもらった。
短くなった前髪に、記憶がない私_アンジェニカ_に気絶するほどショックだったお母様は打って変わって、目をキラキラとさせながら喜ぶし、ララをはじめメイド達もテンションが高かった。
お父様と話した時は気付かなかったが、私が喋ると生暖かい視線でみつめてくるしで
もしかしたら根暗気味だったんじゃないかと思った。
だから婚約破棄も、アンジェニカの根暗が原因の一つなのかもしれないと少しだけ思った。
それはそうと、この二年間特に変なことは起こらなかった。
というのも、漫画とかだと魂と肉体が反発して拒絶反応とかそういう表現あるから覚悟してたんだけど、全くないんだよね。
生きているのか死んでいるのかわからないけれど、アンジェニカの意識とか、そういうのもないし。
記憶がない私をお父様もお母様もかわいがってくれた。
というより、元々そんなに会話してこなかったのだろうかと思うほどに、私の言動に気にもせずに可愛がってくれるのだ。
あと、元々高校卒業に合わせて就職活動した私の頭はそこまで悪い構造はしていない。
このアンジェニカの体も若いだけあって_元々の杏は成人越えだったから杏に比べての話だ_知識もよく身につけられた。
(出された問題が解けるたびに驚かれたのは驚いたけどね……。アンジェニカはどんだけ勉強してこなかったのかって思ったわよ)
ちなみに学園には通っていない。
この国の事を知らない私が、どんなヘマをしてしまうのかわからなかったからだ。
記憶喪失に、婚約破棄、そしてアンジェニカの自殺のコンボに両親も私を学園に通わせようとしなかったのもよかった。
でも貴族は16歳を迎えた時点でデビュタントに参加しなければならない。
ならないといっても別に強制ではないが、デビュタントは若い女性が社会にデビューをするという意味をもっている。
わかりやすくいうと、もう私は大人だから結婚相手にどう?と顔を見せるお披露目会だ。
勿論貴族だけじゃなくて平民だって参加は可能だ。
だが参加条件の中にダンスを踊れることと純白のドレスを用意できることが挙げられている為、ダンスは踊れても純白のドレスを用意できない人が沢山いる平民はあまりデビュタントは一般的ではないのだ。
婚約者もいない_破棄された_アンジェニカ、つまり私は貴族の娘として生まれてきたからには参加しなければいけなかった。
ダンスを忘れた_杏としてはやったこともなかった_アンジェニカに母は徹底的に教えてきたのだが、ダンスだけはどうしても難しかった。
運動神経は悪くないはずだったのだが、と首を傾げるほどだ。
母も、私も。
こう見えても山本杏としては運動部所属だからだ。
まぁそんなわけで、この世界の事を知って、今日がいざデビュタントってわけなのだ。
私をエスコートしてくれるのは勿論お父様である。
お父様の腕に手を添わせ、会場の中を進むとかなりの視線が集まった。
そうでしょそうでしょ。
お父様もアンジェニカも顔めちゃくちゃいいからね。
人形のような見た目のアンジェニカは以前のように顔を前髪で隠すこともしていない。
またドレスも純白というだけではなく、デザインも指定されているから、そのドレスを着こなせばより存在をアピールできる。
そしてこの二年間のうちに猫背が定着していた体を矯正して、更に歩き方も直した。
「私はここまでだ」
お父様が私の頬を優しく撫でてから離れていった。
お父様の目には心配の色が見えたが、私が微笑んだことで少しは安心してくれたら嬉しい。
通常のパーティーならばエスコート役と一曲目を踊るが、このデビュタントでは違うと教わった。
そもそも前にもいったがデビュタントは初めての婚活パーティーみたいなものだ。
その為エスコート役は入場のみの付き添い役であり、親しい男性ではなく、親兄弟または親族に限る。
そしてデビュタントに参加した若者たちは己の足で、最初のダンスを踊ってほしい者に勇気を振り絞って申し込むのだ。
勿論拒否することも許されているが基本的にはその勇気に免じて受け入れるのが暗黙のルールである。
それにしてもと周りを見渡してみると、学生の頃のグループなのか集まって雑談する人が殆どだった。
(引きこもりだったからなぁ…)
学園に通っていたアンジェニカの記憶は私にはないため、仲がいい人がいたのかもわからない。
仕方なく出されている食事に手を伸ばしたところで「おい」という声が近くから聞こえた。
それでも気にするとこなく、美味しそうなクッキーに手を伸ばした私だったが、ガシッと肩を掴まれた為クッキーから手を放して振り向いた。
「あっ、……すまない。人違いだったようだ」
真っ赤な髪の毛を後ろに流している男性は私を見た瞬間に戸惑い、そして髪の毛と同じぐらいに顔を赤らませ非礼を詫びる。
「いえ、……こんなに沢山の人たちがいるのです。
間違いがあるのも無理はないでしょう」
「失礼ですが、お名前を伺ってもよろしいでしょうか?
貴女ほど美しい女性の名を知る権利を是非私に…」
悦に入ったような表情を浮かべる男の顔を見てぞわりと鳥肌が立った。
くっせーーーーー!しかもなんだこの男!!
目をウルウルさせて、頬を赤く染めて、挙句の果てには膝を床につくとか!
勝手に世界に入り込んでるのどうかと思うよホント!!!
あとここ土足なんだから、綺麗なスーツが勿体ない!
「あっ…先に名乗らず失礼しました。
私はジャニエル。ジャニエル・シュタインと申します」
「…わ、私はアンジェニカ…と申します」
「……アンジェニカ…、とても美しい名前ですね。
貴方のような可憐な女性には、とても似合っています」
「あ、ありがとうございます」
名前は親が子の為に授ける最初の贈り物。
私には似合うとか、よく意味も分からない事を述べる男に苦笑しながらも返す時、はたと思い出す。
(ちょっと待って、今シュタインっていったわよね)
お父様とララから聞いた、私の元婚約者の家名も確かシュタインであったはず。
どうせ破棄されたんだし、しかも引きこもりokで関わることなんてないだろうと高をくくり、どうでもいいやと名前まで聞かなかったけれど、たぶんコイツだ。
「アンジェニカ嬢、是非私と踊っていただけますか?」
手を差し出すジャニエル・シュタインに、私はちらりとお父様がいるだろう方向をみる。
もしかしたら見つけ出せないと思いもあったが、とってもにわかりやすかった。
お父様とお母様がめらめらと背後に炎を燃やしていたのだから。
「…ありがとうございます、シュタイン様」
パァと明るくなるジャニエル・シュタインの表情に私は笑う。
「ですがお断りさせていただきますわ」
「………えっ?」
その瞬間、周りの視線を一身に感じた。
基本的にはダンスの申し出をされたら受けるものだといわれているからだ。
「な、何故?」
「私は貴方様の元婚約者であったと伺っています。
…私は二年前に全ての記憶を失っており、貴方様との婚約期間にあった楽しい出来事でさえも覚えてはおりませんが、それでも婚約破棄は事実。
シュタイン様にとっても破棄を申し出る程だった私はよい婚約者ではなかったのだろうと考えると、ここでダンスを受け入れることは…いい事ではないと思うのです」
申し訳ございませんと頭を下げると、事情を鑑みて私に賛同する声がわずかに聞こえてきた。
ハッハーーーー!どうだ!
「暗黙のルールをやぶってまであなたの立場をちゃーんと考えているのだぞ作戦!!」
正直コイツの事全く知らないし、もしかしたらアンジェニカにも悪いところがあったかもしれないが、全体的に見て自殺までさせた男にいい印象はない!
あとクッキー食うのに邪魔してんじゃねーぞゴラアア!
その隣にあったマフィンだって楽しみにしてたんだぞおおおおお!!!!!
頭を下げたままの体勢でいると、周りの声が大きくなる。
「婚約破棄を突きつけた女性に最初のダンスを申し込むだなんて…何を考えているのかしら」
「女性に頭を下げさせたままだぞ…」
「俺そういえばシュタイン様がバレッサ嬢を罵っているのみたことあるぞ!
”こんな見た目の女性が私の婚約者だとはな、虫唾が走る”とかいってたの聞いたことがある!」
「顔見えなかったし存在感全くなかったけれど、そうか…彼女が婚約者…いや、元婚約者だったのか…。
シュタイン様の周りにはたくさんの女性がいて、婚約者の話はただの噂だとばかり…」
「婚約破棄をされたといったけれど、本当のところは彼女に非がないんじゃありません?
だってもし彼女が想いを残していたり、なにかを企んでいたのだとしたら、シュタイン様のダンスに乗るはずだわ。でも彼女はそうしなかった」
おいおいおいおい。聞こえてくるの私への擁護ばっかりじゃないか!
つーか罵るってアンタなにしてんの!?
小心者チキン野郎はな!心が弱いんだよ!!
そこはアンジェニカの前髪をさっと退かして「僕は君が喜んでくれているのか、表情からも知りたいんだ」とかいって前髪着る方向にもっていけよ!!!
さっきクサい言葉言ってたんだから朝飯前だろおおお!?
え?色んな女を侍らす!?婚約者いながらそれやったらただの浮気だからな!?
あ、なんかいってる。
えーと?
「違う!私はアンジェニカに他の女性を見習ってほしくて…!」
なんだそれ?
敢えてもう一度言おう。
な・ん・だ・そ・れ!?
つーか弁解よりまず私が頭下げてる姿勢をなんとかしようとしろよ~~~。
あー、こんな男が婚約者じゃなくてよかったー。アンジェニカ、あんたよく頑張ったよ。
根暗だから婚約破棄だったんじゃない?とか、もしかして婚約者に執着しすぎたんじゃね?とか思ってごめんね。
この男が悪いわ。お父様やララが怒るのもわかる。うん。
つーかなんで、この男と婚約することになったん?
「なんの騒ぎだ」
そして聞こえた声に騒めいていた声は静まり返った。
どうでもいいけど、頭起こしていいですか?
「……デビュタントで女性に頭を下げさせ続けるとは…」
ぼそりと呟かれた言葉は地獄耳の私の耳がしかと拾う。
誰か知らないけどいい人!この人いい人だよ!
「…そこの女性、もう頭を上げていい」
ハッと息をのむ音が目の前の男から聞こえた。
おいおいおいおい。
私が頭を下げてること忘れてたんかーーーーー!?
そう叫んでやりたいがぐっと堪えて、そして私はやっと頭を上げる。
目に飛び込んできたのは、真っ青な顔色をした元婚約者と驚愕している周りの者たち。
くるりと後ろを振り向くと、いい人だと思った男性の顔を確認できた。
(ああ………、これは”イケメン”やなぁ)
元居た世界なら普通にトップアイドルとして頂点に立ってそうな程のイケメンぐあいに思わず目が細くなる。
(まぶしい……)
だけど、それだけだ。
それだけのはずなんだけど……
ニコと微笑むイケメンの顔に、アンジェニカの胸はきゅーんと締め付けられる。
一歩二歩とイケメンが近づく度に、自分の意志とは関係なくドキドキと心拍数が上がるアンジェニカの体に私は戸惑い、逃げるように思わず後ずさってしまった。
「…怖がらなくていい、私は君を傷つけたりしない」
何故か動物をあやすように、どーどーし始めるイケメンは私をなんだと思っているのか。
まさか、猫!?猫だと思っているの!?
周りの反応から明らかに身分の高い人だとわかるのに、このイケメンは憎たらしいシュタインと同様に床に片膝をつき私を見上げる。
何故か、シュタインとは違ってめちゃくちゃ様になっていた。
ゲームだったらここでスチルになってるよ!と私は叫びたかったが、現状それどころじゃない。
「…どうか、私と踊っては頂けないだろうか?」
にこりと微笑むイケメンに、私の頭から湯気が出そうだった。
おかしい。
おかしくてたまらない。
だって、私は元の世界ではいい年した年齢なのだ。_アンジェニカとしては同年代であるが_
勿論乙女の事情から年齢を公開する事なんてするわけないが、それでもお酒を飲めるようになってからは10年は経過している。
だからこそアンジェニカの年齢から婚約者だなんて、私を犯罪者にするつもりなのか!?と思ったし、婚約破棄になってくれていてホッとした。
だって相手が一回りも下だなんて、どこのショタコン…いや、犯罪者だよレベルである。
そんな私が!!!
(こんな、こんな…!!!!)
明らかに年下だってわかるイケメンに一目惚れするだなんて…!!!!
「可愛いね…」
と囁くイケメンは、固まる私の手を取り、勝手に会場の中心部まで私を引き連れ踊り出す。
空気読みすぎの生演奏が始まり、母から厳しく指導された私の体は、戸惑う気持ちを無視して完璧に動き出した。
なんだこれなんだこれなんだこれなんだこれなんだこれなんだこれ!!!!
普通に手を繋ぐんじゃなくて、指を絡ませる恋人繋ぎがやけに恥ずかしい。
あ、やばい。汗かいてきた。
ちらりとイケメンを見上げると、ずっと私を見ていたのかすぐに目があい、ニコリと微笑む。
そしてダンスは終わり、イケメンは私に言った。
「私はアルフレッド・サンヴァッハ。是非私と結婚していただきたい」
元から仕込んでいたのか、内ポケットから小さな箱を取り出して、パカッと開けるとそこには見たこともない宝石が付いた指輪。
「わ、私は…、私は……」
「戸惑うのも無理はない。
だが私が君を想う気持ちは変わらない。二年前からずっと君のことを考えていた。
君に婚約者がいた事は悲痛な思いで胸が張り裂けそうだったが、……いつかこの男を処分し、君と結ばれる日を夢見ていた」
いったいこのイケメンは何をいっているのかと思ったが、イケメン……アルフレッドの言葉に一人の男がビクつくのを視界の端でとらえてしまった。
婚約破棄はアンジェニカにもシュタインにも良い事だったんだね。
つーか、今ふと疑問に思ったんだが、シュタインが原因_だと思っているが_で自殺未遂迄した件をアルフレッドに知られたら、いったいシュタインはどうなってしまうのだろうか。
そんな物騒と思えることを口にするアルフレッドであったが、一向に私の顔からは熱が引かないのも事実。
「私はずっと君を恋焦がれてきた。
朝昼晩と、君への気持ちをしたためた手紙を伯爵家に送り続けて二年が経った。
どうか、私の想いを受け止めてほしい」
このイケメンは本当にアンジェニカと同い年なのかと、私は疑った。
いや、そもそもアルフレッドの年齢も知らないけれど、見た目的には私_アンジェニカ_と変わりないだろうと思っているだけだけど。
だって、人生経験が私より半分程しかない男の子がこんなにも悲しみに暮れた目をするだろうか。
この潤んだ目を見るだけで、何故か心が痛くなった。
だから、仕事はどうしたというツッコミの言葉は思いつきもしなかったよ。
「…あの、…私は記憶がありません……。
貴方の知るアンジェニカではないと思います…ですから…」
”このお話しはなかったことに”と続けようとしたところだった。
「問題ない。そもそも私たちは会話をしたことがないのだから」
「…………はい?」
「私は今から二年前、町で貴女を見かけた。
美しい髪を結い上げ、キラキラと輝く瞳でケーキに目を奪われる貴女に。
メイドと共にカフェに入った貴女はとても嬉しそうに頬張っていた。
桜色の唇に生クリームが付いた姿は、思わず甘いもの嫌いな私でも吸い付きたくなるほど魅力的だった。
そして時にはメイド服で出歩いていたこともあったね。
あの時はどうしてこんな服を着ているのかという疑問よりも、美しい貴女にたくさんの服を着せたい衝動が私を襲ったものだ。
だから君に着て欲しい”衣装”も山ほど用意している。
…そんな私の想いを手紙に書き連ねていたのだが……、君からの返事はなかった」
「………」
まるでストーカー発言をするアルフレッド。
眼差しはいっちょ前に恋する人間そのものであったが、ストーカー発言は変わらない。
だって、メイド服を着た日は一日の数時間だけ。
少しの息抜きをしたくなって、一日だけ抜け出そうとした私は洗濯場に畳まれてあったメイド服をこっそりと拝借した。
まぁ見つかってこってりと怒られたわけなのだが。
そんな短時間しか着ていなかった私のメイド服姿は、ストーカー行為でもしていないと拝めないだろう。
あとそんな手紙は見たくもない。
お父様、お母様、杏は、アンジェニカは娘を思う両親の子供で良かったと思いました。
「だが、それはきっと直接想いを伝えてほしいという君の意思だと私は考えた。
王弟殿下という私の立場だが、君への想いは偽りのかけらもない感情であることを約束しよう」
「……お、王弟、殿下?」
それって王の弟って意味だよね。
明らかに”弟”って見た目していないのだけど、一体どういうことなのか。
「ああ、私は現王の年の離れた弟だ。
もしかして、王族という立場が嫌か?それならば大丈夫だ。
国王よりも仕事量は少ないし、君に社交界を強要したりはしない。
子供も多く残す必要もないから、妻は君一人だけだと約束しよう」
だから、ね?と手の甲にチュッと唇を落とすアルフレッドに、私は思った。
逃げられなくない!?
と。
まぁ、アルフレッドに一目惚れしたのはアンジェニカの体だが、それは私でもある。
湯気が出そうなほど真っ赤に染まる私はアルフレッドから逃げられることはないだろうと、ぎゅっと目を瞑り消え去りそうな声で「はい」と呟いたのだった。
元の世界でも得られなかった私の家族。
もしかしたらアンジェニカの体から私が消える時があるかもしれない。
今この瞬間を大切にして、お父さんもお母さんも、ララもセバスも、そして旦那さんになるアルフレッドのことも、幸せにしようと私は思う。
だからさ
「そ、そんな露出度が激しい服なんて着ませんよ!!!!」
「アンジェニカに似合うと思って用意したんだよ?」
「い、嫌です!!」
「…そう、か……」
この世界の洋服屋ではみたこともない超絶ミニのチャイナドレス、しかも谷間出しの服を悲しそうに眺めるアルフレッドに私はうっと言葉が詰まる、
私はアンジェニカだけど、●●(ピー)歳のおばさんでもあるんだから…
だから…
だか、ら…
「……アンジェニカに、似合うと思って私が考えたのだが…」
しゅんと、犬ならば耳をぺたっと伏せてしまう程に落ち込むアルフレッドに、私はついに根負けした。
「もう!!1回だけですよ!!!!」
今日も、私は幸せに暮らしています。
ジャニエル君は可愛くなったアンジェ二カを心で想いながら、他の女性と結婚するかと思います。
あとお酒の量については、私の体感を基準として書いていますので、物語内で書いている量が標準ではありません。飲みすぎ注意です!
あとわさびのおつまみに共感していただける方いたら嬉しいです。