マドンナとのお昼休み
体育の授業が終わり、その後は特に特筆すべきような出来事はなく(俺視点で)、昼休みを迎えた。
四時間目の終了を告げるチャイムが校内に鳴り響くと同時に、俺は事前にポケットに忍ばせておいた財布を手に取って購買へと急ぐ。食堂で食べてもいいのだが、どうしても大人数の中で食事をするというのは、陰キャの俺にはダメージが大きい。なのでこうして購買で適当にパンやら総菜やらを買って一人で食事をする。
さて、今日は大人気メニューの焼きそばパンと唐揚げを売っている日だ。どちらも1日30個限定なので、急いで買いに行かなければすぐに売り切れてしまう。
よし、行こう。すぐに行こう。そう決意して購買へと進めようとした俺の歩みは、とある少女の一言によって止められた。
「修哉君!一緒にお昼食べよう!」
そう、絵里香だ
「嫌だね。そこをどいてくれ。数量限定の焼きそばパンが売り切れたらどうするんだ」
「むう!せっかく私が誘ってるのにその言い方は酷いと思うよ?」
見ると、彼女の腕には手作りであろう弁当が抱えられていた。しかも二人分。
これが何を意味するのか、大体の人間は理解できるだろう。
しかし、今ここでそんなことをしたら、クラスの男子から嫉妬の眼差しが向けられるのは容易に理解できた。
だが、ここで彼女の誘いを無視して購買へ行けば、女子から猛烈なバッシングを受けることになる。それに、彼女が二人分の弁当を食べられるとも思えないので、食材が無駄になってしまう。
一体どうすればいいのか。考えた結果、1つの結果にたどり着いた。
「ここじゃ目立ちすぎる。食べるなら屋上だ」
「本当に!?ありがとう!すっごく嬉しい!」
そう言って彼女は満面の笑みを浮かべながらウサギのように飛び跳ねた。
さようなら、俺の焼きそばパン…。
さようなら、俺の唐揚げ…。
「早く行こう!昼休み終わっちゃうよ!
そうして俺達は廊下へと駆けていった。正確には絵里香が俺の手を引いているので、引っ張られているのだが。
「うん?」
「どうしたの?」
「いや、なんでもない早く行くぞ」
「うん!」
教室から凄まじい殺気を感じたのだが、気にしないことにした
◇◇◇
「ハア、ハア、もう嫌だ…。」
「どうしたの?そんな汗かいて。大丈夫?」
「お前、ハア、自分のせいでこうなったって、ハア、分かってるのか…?」
屋上へと到着した俺は猛烈に疲れていた。別に体力がないわけではないが、ここへ来るまで生徒や教師からの、なんだこいつ?みたいな視線が本当に苦痛で、無駄な体力を使ってしまった。
「う~ん、よく分からないなあ。それよりも早く食べよう!ここなら誰もいないからさ!」
「はいはい。」
この学校の屋上にはベンチが設置されており、風当たりも良いので昼食時や休憩時に最適な場所だ。これが一人だったらもっとよかったのだが。
さて、肝心の弁当だが、蓋を開けてみると卵焼きや唐揚げといった定番のおかずに加え、野菜炒めやハンバーグといった一手間かかるメニューも入っていた。
早速卵焼きを頂いてみる。すると、卵特有の甘さとだしの味が口の中全体に広がった。
他のおかずも食べてみたが、どれもレストランで出されてもおかしくないレベルで美味かった。つい先程まで購買で食事を済ませようとした自分を恨むほどに。
「美味い。」
思わず、そんな言葉が漏れた。
俺は1人暮らしで外食やコンビニ飯を主に食べているので、普段は他人が作った料理を口にすることはない。
たまに自分で作る時もあるが、それでも比べ物にならないほどに美味かった。恐らく俺の今までの人生の中で一番だと思う。
「本当に!?良かった!そう言ってくれると頑張って作ったかいがあったよ。」
隣を見ると、目を輝かせてとても喜んでいた。これを2人分も作ったのだから、相当すごい。
「こんなにたくさんよく作ったよな。何時に起きたんだよ?」
「今朝は5時半起きだよ。作ったのは1時間半くらいかな?」
絵里香は図書委員会に入っているので、7時半には図書室にいなければならない。なので弁当を作り終わった後に身支度をする時間はあまりとれない。そして8時になったら教室に戻るのだ。
男の為にここまでするのは、もはや尊敬しかない。
「あ、そうだ。おかずだけじゃなくて、ご飯も食べてほしいな。自信作なんだよ?」
期待を込めた目で絵里香は俺の方を見てくる。
そこまで言うってことは相当いい米を使っているだろう。
そう考えた俺は2段弁当の下の箱の蓋を取る。
そして、俺の視界に入ったものはというと━━━
「……何だこれは。」
白米の上にハートマークが描かれており、その中には【I Love You】の文字があった。
そしてその周りにはピンク色のハートがちらほら。
「どう?これ作るのに1時間かかったんだ。」
絵里香は胸を張ってそう答えた。逆にそれ以外の料理を30分で作ったことを素直に驚いている。って、そんなことはどうでも良くて、
「……絵里香。」
「どうしたの?」
「俺としては弁当を作ってくれるのはありがたいが、こういうのは彼氏にやるべきだと思うぞ?」
目の前のハートマークを見つめながら俺はそう言った。本物のカップルがそんなことをするかどうかは別として。
「え~、ちょっと何言ってるの?修哉は私の彼j」
「俺はお前の彼女でもないしなるつもりもない。いい加減分かれ。」
「またそんなこと言う!もう作ってあげないよ?」
「はいはい、悪かった悪かった。さてお味の方は。」
これ以上こんな会話をしたくないので目の前のご飯を一口食べる。
「……美味いな。」
冗談ではなく、本当にそう感じた。口にした瞬間、まるでかまどで炊いたような味がしたのだ。市販の炊飯器でこんな味が出せることに驚きを隠しきれなかった。そしてハートマークは海苔と桜でんぶで描かれており、そっちも美味かった。
「驚いた?実はこのお弁当箱、出来立ての状態をできるだけ長く保つ事が出来るんだよ。炊飯器もいいものを使っててね、海苔も桜でんぶもちょっと高いやつなんだ。」
たかがご飯と侮っていた自分を恨むレベルだ。マジでめちゃくちゃ美味い。
「ねえ、修哉。」
黙々と食べていた俺に絵里香が話かけてきた。
「何だよ。」
「あ~ん。」
何のためらいもなく口を開けてこっちを向いてきた。だが、当然俺はそんなことはしない。
箸で掴んだご飯をあ~んするふりをして自分の手首をUターンさせた。
「うん、美味いな。」
「むう~!じゃあこうしてやる!」
「うっ!?」
突然、俺の口の中に固くて細長い2本の棒と、何かが入ってきた。その正体を知った俺は驚愕した。
「えへへ。間接キス、しちゃったね…?」
自分の舌を指で舐めながら、絵里香はそう言った。いや、囁いたといった方が正しいだろうか。
「…急に疲れたから教室に戻る。弁当美味かったよ。ごちそうさん。」
そう言って俺はさっさと片づけて立ち上がった。腕時計で時間を確認すると、次の授業まであと10分しかない。
「あ、待って。」
「何だ、まだ何かあるのか?」
「ちょっと眠くなってきちゃった。一緒に、寝てほしいな…?」
そう言いながら、流れるようにベンチに横になった。
「もう次の授業始まるぞ。寝るなら一人で勝手に寝てくれ。」
「じゃあ、修哉が膝枕してくれたら眠れるから、こっち、来て……?」
抱っこを求める幼児のように腕を伸ばしてきた。こんな所で無駄な時間を使う暇はないので、階段へ通じる扉へ踵を返してそのまま歩いて行った。
その場で聞こえたのは自分の足音、そして学園のマドンナの寝息だった。