非日常な日常
俺の名前は海堂修哉。どこにでもいそうな、ごくごく普通の男子高校生だ。
勉強も運動も人並み以下。コミュ障に陰キャ。毎日ゲームやアニメに没頭する日々。まるで絵に描いたようなオタクだが、1つだけ普通じゃないことがある。それは━━━━━━、
「おはよう、修哉!今日は雨だから大変だったよお」
学園のマドンナと呼ばれている女子生徒に毎日アタックされていることだ。
須藤絵里香。黒髪のロングヘアーに不純物を全て取り除いたような輝いている瞳、さらに毎日ケアをしているであろう白い肌が特徴的な美少女だ。俺とは1年の時から同じクラスで、入学式の時以来毎日学校で告白されている。これだけ聞くと、大半の男子は羨ましいと感じるだろう。実際、嫉妬のあまり発狂してしまう者や3日間学校を欠席した者、石像のようになった者までいる。
だが、敢えて言わせてほしい。
そんなもの、俺にとっては全く嬉しくないのだ。この学校の中にもカップルが成立している生徒は多数いるが、恋人を作ったところでどんなメリットがあるというのか、
休み時間はどうでもいい会話で潰れ、昼休みは一緒に昼飯を食べて、放課後は行きたくもないショッピングモールやカラオケに付き合わされ、貴重な休日は一日中遊び歩いて大事な野口英世を犠牲に…。
そこまでお互いの時間を犠牲にしてまで付き合いたいという思考回路が、全く理解できない。
それならいっその事孤独でいた方がいい。教室でラノベを読んでいても、帰り道に1人でどこかへ寄っても、休日に家でダラダラしていても、誰にも邪魔されることがない。なんとすばらしいことだろうか。
これが俺の思い描いていた高校生活、と思っていたのだが━━━
「1時間目は体育だっけ?朝からしんどいなあ。」
「……………」
「ちょっと、無視ってひどくない?私泣いちゃうよ?」
「勝手に泣いてろ」
「むう!その言い方は酷くない?」
なぜこの女は事あるごとに俺に絡んでくるのか。しかも席が隣だから余計に嫌だ。
「いいから離れろ」
「はあい…」
声のトーンが下げて今にも泣きそうな顔をした。そんな顔をされると俺が悪いみたいになるからやめてほしい。
「ねえ、修哉」
「うん?」
目の前でかばんを漁っていた絵里香が話かけてきた。
「今日ジャージ忘れちゃってさ、よかったら修哉のジャージを借りたいあなあ、なんて。………だめ、かな?」
そう言って彼女は上目遣いをしてきた。さっきの涙はどこへやら。
「他のやつに借りればいいだろ?なにも俺のを借りなくても」
「私は、修哉のジャージがいいんだもん。それとも、こんな寒い日に半袖半ズボンで体育の授業を受けろって言うの?」
数人の生徒がこちらを見ている。どうやら助けてくれることはないようだ。
晴れならいいが、生憎今は梅雨なので気温が低い。ジャージなしで運動でもしたら、風邪をひいてしまうだろう。
「分かったよ。ほら、さっさと受け取れ。」
「ありがとう!私と付き合っt」
「席に着け」
「まだ何も言ってないのに!?」
私と付き合ってくれる?とでも言いたいんだろ。言わなくても分かるわ。
そんな絵里香は満面の笑みを浮かべて自分の席へ着いた。……俺のジャージの匂いをかぎながら。
まさかこいつ、このためにわざと忘れてきたのか?
…まあいいや。こんなことは日常茶飯事だ。
「おい、見たか」
「ああ、見たぞ」
「あいつ、あの絵里香さんにジャージを貸したぞ」
「俺だって貸したことないのに!」
「なんてうらやま、じゃなくて、とてもうらやま、じゃなくて………、とにかくうらやましいんだよ!」
結局うらやましいんかい。
一部の男子はハンカチを口で伸ばしていた。少し不愉快だった。
男子達は嫉妬に狂い、女子達は小声で何かを話していた。誰かこの状況を何とかしてほしい。
この学校に入学してから、こんな日々が続いている。
今日も俺は、この誰にも理解されない悩みで頭を抱えるのだった。