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カゲロウのいのち


ずっと日の目を見なかったプロットを供養するために作った話




暗い


いつも暗い


朝や昼なんて、本の中でしか知らない

いや、そんなはずはないけど

覚えていない


手元だけを照らす光が、擦り切れた背表紙の本を照らす

読まなくても内容は頭にある


「そろそろだね」


ぎぃ・・・


響き渡る音で、パパが帰ってきたことを知る


「いかないと」


一人の時間は、おしまい

今からは、パパと2人の時間


夜だ




「おかえりなさい!パパ!」


ぱたぱたと足音を立てて、パパに駆け寄る


「ただいま。お出迎え出来て偉いね」


両手を広げて迎い入れようとするパパに、抱き着いた

これがお出迎えだ


10年前に教えられた通り、毎日するお出迎え


「変わったことは、なかったかな?」


「なにもないよ!」


「それはよかった。ちゃんとお留守番できて、偉いぞ」


10年間、かわらない問答

変わったのは、お互いの姿形だけ


パパに近づいた背丈

しわの増えたパパ


「まずは空気の入れ替えをしよう。おいで」


差し出された手を、何の疑いもなく握る

ひんやりとした、いつもの手を




窓の前に立つ


パパは、懐からじゃらじゃらと音を立てて鍵束を出し、一つの鍵を握る


窓の鍵穴に鍵を差し込み、回す


窓を開け、雨戸をあける


私はいつものように、それを見ていた


「ご覧、今日は満月だよ」


「うん」


月明りが眩しい

まん丸とした、欠けていない月


どの星よりも大きく輝く月

この月より輝く太陽なんて、きっと見ることはできない


月でさえ、眩しすぎるのだから


そもそも見る機会はないけど



全ての窓を開けた

心地よい風が通り過ぎる


「ごはんにしよう」


「うん」


「今日は、パスタにしようか」


「クリームパスタがいいな!」


「ならそうしよう。ハムとソーセージどちらがいい?」


「ハム!あついのがいい!」


「わかった、わかった」


くしゃりと笑うパパ

にっこりと返す




夕食を終えて、ゆったりと過ごした


もう施錠の時間


開けた時と同じように、窓を閉めていく





外は、危険だ


ここは、深い森の中にある一軒家

森には危険な動物がいて、一人で出歩くことなんてできない


そう、教えられた



窓の外を眺める

木々が生い茂っていて、遠くを見通すことはできない


深い森



「あれ?」


木々の向こうに、何かがいた


「どうかしたかい?」


「なにかいるよ」


「見ちゃいけないよ」


視界が暗くなる

パパの手が視界を遮った


「先に部屋に行ってなさい」


「うん」


パパの言う通りに、窓の外は見ずに部屋へ向かう


でもね、目隠しは意味がないんだよ


暗い世界で生きてきたから、夜目は利く


あれは


人だった







ミンミンミンミンミン


うるさい鳴き声は、夏の音


ミンミンミンミンミン


濃い陰


その影を横断するアリ


連なっているアリは、昆虫の一部を運ぶ


それを眺めているのは


子供


10年前の子供



「―――――」


ぐるりと景色が変わって、逆光の大人のシルエット


誰?


いや、それよりも


まぶしい


太陽







「・・・はっ!」


ドッドッドとうるさい音

心臓の音だ


息が乱れている


何で?


起き上がって、周囲を確かめる


寝室だ


そうだ、あの後そのまま眠ったんだ


あの後、そのまま・・・


「そのまま―――」


はっと気づいて、寝室を出る



今はまだ夜


パパはきっと眠っている


たぶん今日しかない



窓を開けている間、パパはずっと手を握っている


でも、さっきパパは手を放して、先に部屋に行くように言った


まだ、この窓の施錠が済んでいないのに



目の前には、月明りを取り込む窓があった



鍵は開いている



パパは、手を握っていない



こんなこと10年間なかった



「・・・」


ぎぃぃいいい


窓を大きく開ける

響き渡る音に、心臓が跳ねる


十分に開いた窓


窓枠に足を乗せて、飛んだ



地面がすぐに迫って、激突する


「痛い」


じんじんとする痛みに耐えて、立ち上がる


風が気持ちいい


明るい


満月が照らす世界は、家の中の暗い世界とは全く違っていた



―外の世界は危険だよ


パパの言葉が頭をよぎって、悲しくなる


―危険な森だから、一人では出歩けない


「そんな森へ、パパは一人で行ってる」


先の見えない深い森へ、一歩踏み出す



―危ないから、鍵をかけようね


「なら、パパがいる間、あけているのはなんで」


振り返って、開け放たれた窓を見る


家の中は真っ暗だ


そんな家に背を向けて、歩き出した



踏みしめる土の音が、好き


風に揺らされている葉の音が、好き


光を降り注ぐ月が、好き



歩いて数分、森が終わった



「やっぱり、これも嘘だったんだ」


―深い森の一軒家


「気づいてないと思った?パパ」



外の世界は危険だから、この家から出ては駄目だよ


危険な動物が生息する、深い森の一軒家なんだ


危険な動物が入って来ては大変だから、窓に鍵をかけようね


怖い動物が見えないように、雨戸を閉めよう


僕は、君のパパだよ









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