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第二話 (元)魔王様は静かにカフェを楽しみたい

「真桜さん。どうしたの?」

「あ、えと……」


 ここは放課後に太郎君と立ち寄った、とあるカフェ。

 連中の事を考えてムカムカしていたわたしに、太郎君が心配そうに声を掛けた。

 不覚! せっかくの安らぎのひと時を、あいつらのせいで無駄にしてしまうところだった。


「ごめんなさい。ちょっと考え事しちゃった」

「なんだか難しい顔してたよ。もしかして心配事?」


 控えめに気遣ってくれる彼の優しさに、わたしのキュンキュンボルテージは鰻昇りです。

 取り繕うように、わたしはメニューを指し示す。


「これを悩んでたんです。このケーキなんだけど、どっちを注文しようか迷っちゃって」

「本当だ。どっちも美味しそうだね。なら二人で両方頼んで、半分個ずつしない?」

「いいの?」

「うん。ぼくもどっちも食べてみたいしね」


 そう言って太郎君は微笑んだ。

 彼は内緒にしているつもりみたいだが、本当は食べてみたいというほど甘いものが好きではないのは知っている。今のはわたしを思いやってくれたゆえの提案なのだ。


 見よ、彼の、この優しさを!

 前世で自らの死を賭して、わたしを滅ぼし人類を救った勇者という経歴は伊達ではないのだ。もう、たまりません!


 そんな感じで太郎君と甘い時間(味覚、イチャイチャ共に)を堪能していたわたしなのだが、イヤなものが目に入ってしまった。

 三席ほど離れた所。スムージーをジュージューと下品な音を立ててストローで啜り、こちらの様子を窺う龍生の姿が。

 なに、アイツ。もしかして監視のつもりなの? ……チッ。


「今、舌打ちが聞こえたような?」

「ごめんなさい。歯の隙間に何か詰まっちゃった。はしたなかったですね」

「ううん。ぼくこそ余計な事言っちゃって、ごめんね」


 太郎君は優しいなぁ。いつもわたしを気遣ってくれる。

 ……それに引き換え、あのボケは。


 《閣下! 今です! 未だに勇者は前世の記憶と能力が覚醒していません。油断している今この時こそ、ヤツを仕留める千載一遇のチャンス。さぁ、ザックリとヤツを仕留めてください!》

 《ちょっと! なに念話なんて飛ばしてきてんのよ。あんたからのは、こないだブロックしたばっかでしょ》

 《フッフッフ! こんな事もあろうかと、別アカを登録しておいたのです!》


 はい、ブロック。

 なにがザックリだ。あのバカ兄は妹を事案の世界に放り込むつもりなのか。

 便利だけど、こちらの都合などお構いなしのSMS(ソーシャル魔力ネットワーク)は弊害も多いわね。プライベートもあったものじゃない。


 《閣下!》

 《また!? あんた何アカ持ってんの? てゆーか、あんたお母さんから買い物頼まれてたでしょ。とっとスーパー行きなさいよ》

 《夕飯の食材と我らの悲願。どちらが大事かは自明の理であります》

 《大事なのは夕飯よ。いいから消えて。今すぐここから消えないと、あんたがこないだ通販で買った、いかがわしいアレの事、お母さんにバラすからね》

 《うっ! なぜあれの存在を閣下が!? ですが、それはあまりにも非道ではないですか! 我とてあのような物は元来不要。ですが、この思春期男子の身では致し方ない面もあるのはご理解いただきたい!》

 《言い訳が本気でキモいから早く消えて。タイムセール逃したらお母さん怒るよ。もちろんわたしも》

 《……わかりました。ですが、これだけは進言いたします。閣下はすでに魔力が回復している状態。いつでもその力を顕現できるのはお忘れなきよう》


 どうでもいい能書きを残して龍生は去った。

 なにが魔王だ。この平和な現代の日本で夢物語など語らないでほしいわ。


 とはいえ、それが懸案事項なのは確か。

 実はわたしには、配下にも知られていない秘密がある。


 それは魔王のわたしだけが使える暗黒の禍々しい力の事。

 これはわたしにしか感知できない。魔の者でも、この力の事は知らないのだ。


 わたしはこの力を『黒』と名付けていた。この世で魔王にだけ宿る究極の禁忌の力。

 それがこの身の内側で渦巻くように湧きあがっていて、ここ最近は特に顕著なのだ。

 確実にわたしの力は増大している。それも異常なレベルで。


 魔王たるわたしは、その力がどれほど強大な物かをよく知っている。勇者の聖力に負けはしたが、この力を解放したのなら、この国一つなど簡単に滅ぼせてしまうだろう。


 そう考えると、わたしの中でたまらない衝動が沸き起こってしまう。

 ――それは生命の怨嗟から生まれたわたしに刻まれた宿命。逃れられない本能のような破壊の衝動。

 人として転生を繰り返し、今では遠い過去に置き去りにしたはずの血塗られた欲望なのに……。


 抑えきれないその欲求に、視界が真っ赤に染まっていく。

 あぁ、もういっそ一思いに――!


「ま、真桜さん? 大丈夫?」


 自分でもわかるほど、いつもと様子が違うであろうわたしを太郎君が見つめていた。

 その澄んだ瞳に魔王としてのわたしが反応してしまう。駄目だとわかっていても理性では押さえられない。わたしはテーブルに肘をついて、顎を手に乗せ大きく息を吐く。


 そうだ。わたしは魔王。怨嗟の象徴。生命の負を背負って生まれた『怪物』。

 人としての倫理や常識など、わたしには不要なのだ。

 ゴメンネ。太郎君。魔王ハ非情ナノ。


「真桜さん……?」

「太郎君……」


 太郎君――勇者の目を見て。

 ――わたしは嗤った。


「兄の龍生に本気で腹が立ったので、アイツは三日ほどご飯抜きにしてって、お母さんに言おうと思ったんです」

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