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第一話 わたしの事情

「……などと考えているのでしょうね。ヤツは」

「何しに来たのよ」

「御身の無事の確認でございます」

「馬鹿じゃないの」


 ランチバッグを片付けていたわたしに声をかけてきたのは兄の龍生だった。


「学校ではあまり近寄らないでって言ってるでしょ。あと対外的にも、一応妹のわたしに敬語なんか使わないでくれない? 他人に聞かれでもしたら迷惑でしかないのだけど」

「そうはいきません。閣下の御身になにかあれば、我らの悲願がまた遠のいてしまいます。それに我は閣下の僕。敬うのは当然であります」

「閣下と呼ぶのはやめて」


 また、その話か。毎度毎度いい加減ウンザリしてしまう。

 気が遠くなるほどの時間。数えきれないほど同じ話を聞かされ続けてきた。


「にしても、さすが閣下でございます。うまく勇者に接近することができましたな」

「そんなんじゃないって何回も言ってるでしょ」

「では、どのような理由がおありで? 入学とほぼ同時にヤツに近づいた理由はどのようなもので?」

「だから……顔が……好みだったのよ」


 太郎君本人になら躊躇なく言えるその言葉も、こいつに言うと、なぜかこっ恥ずかしい。赤面するのが自分でもわかる。

 わたしの嘘偽りのないその答えを、龍生は一笑に付した。


「クックックッ! さすがは魔王様! 配下の我にさえ、その御心をお見せにならないとは。まさにその精神は金剛石よりも固い! ワーッハッハッハッハ!!」

「ちょっと! こんなに人が多いとこでアホみたいな高笑いしないでよ! もういいからどっか行け! あんたに付き合ってたら授業遅れちゃうじゃないの」

「失礼いたしました。では我はこれにて。また放課後、はせ参じまする」

「やめて、絶対こないでよ。ウザい。放課後はわたし、太郎君と遊ぶんだからあんたは邪魔なの。いい? これは命令よ」

「クックツクツ。閣下の本音はわかっておりまする。必ず我は参ります」


 いや、だから本気で来るなって言ってんのよ。

 わたしの本心からの願いを龍生は無視して「では」と言って去っていった。なにが「では」だ。

 本気で腹が立つ。ここに金属バットがなくて良かったと、心の底から安堵する。あったらわたしは自身の衝動を押さえないだろう。


 大体「クックツクツ」ってなによ。日常会話で本気でそんな笑いを、さも当然に使うアイツは、いつまで経っても二千年前のまま成長していない。

 そう。わたしは二千年も前から、あいつのあの笑いを聞かされている。正直、二度と聞きたくはないのだが。


 断っておくが、龍生は厨二病ではないし、わたしもあいつに感化されているわけではない。


 わたしはかつて――一二千年前には、魔王と呼ばれていた存在だ。

 龍生はその時の配下。四天王の一角、青龍の転生体があの兄、龍生なのだ。

 そしてわたしの恋人の太郎君は――わたしを倒した勇者の転生体。それが彼の正体だ。


 わたしは勇者に敗れた後に転生を繰り返した。何十回も生まれ変わったのだ。

 毎回女性だったのは構わない。なにせ、魔王とは生命の怨嗟のエネルギーから生まれた存在。性別などは存在しなかったので違和感はない。

 もっとも二千年の間、何十回も転生していたら違和感も何もあったものではないのだが。


 ただ一つ違和感というか不愉快なのは、転生の度に四天王のあいつらが、オマケのように家族として一緒にいる事だ。

 うん、おかしいな。おまけとは本来楽しみの意味のはずなのだが、わたしのオマケは不愉快の代名詞のようになっている。


 転生した人生の中で、毎回あの連中は『闇の者達の悲願』だの『次こそは必ず勇者を滅殺』だの、わたしとしては最早どうでも良いスローガンを掲げて張り切っている。

 いい年してなにを言っているのだか。早く大人になってほしい。そもそも、わたしも彼らも、かつての力――いわゆる魔力など失われて久しかった。

 なので転生した人生では、わたしを含めたかつての魔の者。その全員が普通の人間として生きていた。


 家族、また我が家に来る人(かつての配下達は聖地巡礼だのといって、どの人生でもうちに遊びにくる。これも迷惑)、全員が厨二の発言をしてくるわたしの不幸をわかってほしい。


 辟易しながら過ごしていたのだが、今生はいつもとは多分に事情が違っていた。


 ――わたしに魔力が戻っていた。本人としては物凄くいらないし迷惑なのだけど。

 だが、魔力の回復は勇者復活が関係していたという事実がわかったのだ。

 つまるところ、勇者の聖力とわたしの魔力は表裏一体の存在で、片方だけでは決して発動しない物なのだ。


 今までわたしたちが普通の人間として転生していたのは、勇者が存在しなかったから。その真実に行きついた魔の者は湧きたった。「これで我らは復活できる」と。

 いや、復活したら勇者に滅ぼされるでしょ。というわたしの常識的なツッコミは黙殺された。やつらには、いずれ異次元にでも消えてもらおう。


 そんな人の話を聞かない配下のおかげで進路も勝手にこの高校にされた。龍生の「勇者の進路希望を突き止めてまいりました!」と報告してきたあのドヤ顔は、思い出すたびに腹が立つ。


 とはいえ、この高校は進学校として有名で、各設備も充実しているので学生生活を送る上では申し分ない。進路先としては不満はないので、わたしは受験することにした。

 そして難関と言われる入試を難なくクリアしたわたしを待っていたのが――転生したかつての勇者――太朗君だったのだ。


 今でもハッキリと思い出す。

 一目見てわかった。彼が勇者だと。


 零れ落ちるほどの聖力を纏うその少年を、かつての魔王のわたしが見間違えるわけもない。

 廊下で彼を見かけたわたしは硬直した――彼が勇者だからではない。


 ……だって、もの凄く顔が好みだった、から。笑顔はもちろんだけど、あの困った顔とかもホント好き!

 なによ?いいじゃない! なんか文句あんの!?


 その穏やかで優しい顔立ち。小動物チックな雰囲気だけど、でもしっかりと男の子している彼と、どうしてもお近づきになりたかったわたしは、ベタな落とし物作戦をした。

 いかにも『知らないうちに財布がポロっと落ちたんですよ』と装って。太郎君が通りかかるのを延々と待っていたのは彼には生涯の秘密だ。

 別にこれはストーカーではない。だって待っていただけで付きまとったわけではないもの。常識的にセーフでしょ。


 人の好い彼は(わたしの睨んだ通りの善人っぷりが、また好ましい)「これ落としましたよ」と声を掛けてくれたのだ。あぁ、好きにならないほうが、どうかしている。

 それを切っ掛けにグイグイと迫った。だてに昔魔王をしていたわけではない。わたしは攻める女なのだ。ビバ肉食系。相手に考える時間を与えてはいけない。


 結果、わたしと太郎君はお付き合いをする事と相成りました。めでたしめでたし。

 ……と、ここで終われば最高の恋愛物語。お話は終わっても二人の時間は続くのです。なのだが。


 そう。わたしの周りには『覇権』だの『全殺し』だのとアホの様に騒ぐ、かつての配下がいたりする。

 やつらの存在が、わたしの甘い恋物語を、血みどろのバトル物へと変貌させてしまうのだ。

 なぜだろう。わたしという読者は、そんな路線変更は一切望んでいないのだが……。

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