メイドパチュリー
「賭けをしましょう」
「賭け?」
幻想郷、紅魔館——
既に日は落ちて、心地よい風が感じられるテラスで、パチュリーとレミリアが談笑をしながらチェスを指していた時、唐突にレミリアが提案した。
「そう、普通にやってても面白くないから、勝負事はリスクがあるからこそ面白いと思わない」
クスクス、と幼いながらに高貴さと妖艶さの混じる笑みを浮かべてレミリアは言った。
「そう、で、なにをベットするの?」
最近研究詰めだったため、目元に疲れが見えるパチュリーが問う。レミリアとは長い付き合いだし、割と突然思いつきを言い出す事はままあるので慣れていた。
「ベタだけど、ここは負けた方は相手の言う事を何でも一つ聞く。でどう?」
「……まぁ、余程の無茶でもなければいいけど」
とりあえず言い出すと割と聞かないのはわかっているので、乗り気ではなさそうにパチュリーは言った。
「別に私は特にレミィに頼みたいことなんてないんだけどね」
「それなら貸し一つにしとけばいいでしょう。ま、やりましょう」
ボヤキつつもまぁ、仕方ないとパチュリーは本腰を入れる事にした。レミリアはボードゲーム全般に強いのだ。職業柄、理論的思考と発想力に優れるパチュリーも強いがレミリアには一歩劣る。本気で勝ちにいかなければならないだろう。
結果、レミリアの意図した通りゲームは白熱した、そして勝敗はーー
「……」
パチュリーは、自分のキングを指で倒した。リザイン。一歩及ばず、詰みを悟ったパチュリーは負けを認めた。
「私の勝ちね」
「ふぅ、で私は何をすればいいの?」
ため息混じりに、お手柔らかに頼むわ、などと嘯くパチュリーに楽しげにレミリアは微笑んで言った。
「ウチのメイドって可愛いと思わない?」
「は?」
………
……
…
「うん!やっぱり似合うわね、可愛いわよパチェ!」
「はぁ、ありがとう」
腕を組んで得心したと言わんばかりに言うレミリアにパチュリーはげんなりした顔で返す。
レミリアの命令で一日メイドをやる事になったパチュリーは、咲夜達メイドと同じスカート丈の短いエプロンドレスに身を包み、頭にホワイトプリム、足はニーソックスを付けていた。確かに可愛らしいのだが、やはり乗り気ではないのか、顔に全く覇気がないのがマイナスか。
「じゃあ私外から帰ってくるから出迎えして」
「はいはい」
楽しんでいるのかハイテンションなレミリアに対照的なローテーションでパチュリーはぞんざいに返事をする。レミリアは屋敷の門を開き庭に出て二秒で館の中に戻る。
「お帰りなさいませ、お嬢様」
すかさずパチュリーは抑揚のない声ながらしっかり出迎える。
「えぇ、ただいま」
(やる気なさそうに見えて意外とノリ良いわね)
返礼しつつレミリアはそう内心思った。素材はいいのだから普段から可愛い格好してもいいのに。
「じゃ、後は適当に咲夜に聞いて仕事して頂戴。あと顔が疲れてるから終わったら休んだ方がいいわよ」
そう言い残し満足したのか、手をひらひらと振りながらレミリアは歩き去っていった。疲れてると思うならそもこんな事させないで欲しい、ますます疲れるとパチュリーは内心反論する。
とりあえずメイドとしての仕事だけ終わらせて、さっさと休もうとパチュリーは咲夜を探して歩き出した。
咲夜はラウンジですぐ見つかった。セミロングの黒髪のメイド妖精と手合せをしていた。体術の稽古をつけてる最中か。取り込み中かもだがパチュリーは構わず声を掛けた。
「咲夜」
「はい」
メイド妖精の突き手を流して足を払って投げつつ咲夜は返事をして、パチュリーに向き直った。身軽に受身を取る黒髪のメイドに待ったをかけながら。
「あら……よくお似合いですよ」
先程レミリアに軽く話を聞かされていた咲夜はパチュリーの姿をみてそう感想を溢す。もっとも使用人の格好がお似合いだというのは皮肉にも取れるがこれは咲夜の天然である。
「ありがとう……仕事ある?」
「では、少し頼みます」
そう言って二人は移動し、そこそこ広い一室の清掃を咲夜は依頼した。このくらいなら大して掛からず終わるだろう。流石に主人の友人でもある食客を本気でこき使うつもりは咲夜もない。もっともこの事態が彼女の主人のお遊びでなっているのだが。
「ところでパチュリー様、掃除のやり方は……」
「流石に分かるわよ」
「掃除道具の場所……」
「分かるわよ」
「失礼しました、それでは宜しくお願い致しますわ」
微笑んで、瀟洒に一礼をして咲夜は時間停止で去って行った。
早く終わらせようとパチュリーは早速取り掛かった。
………
……
…
「疲れた……」
仕事を終え、大図書館の何時もの特等席に座って机に突っ伏したパチュリーがボヤいた。既に普段のゆったりとした服に戻っている。その前の席でレミリアが頬杖をついて苦笑いしていた。
「お疲れ様」
レミリアはパチュリーの清掃した部屋を確認した。果たして家事仕事など出来るのかと思っていたが、彼女の仕事は徹底していた。部屋の隅まで埃一つ残さず綺麗になっていた。とても丁寧な仕事なのだが、代わりに仕事はとても遅く完璧主義過ぎて一部屋に時間を掛け過ぎて既に疲弊しきっていた。家事が無理ではなさそうだが、メイドとしては失格だろう。パチュリーもやってみてこんなに大変だと初めて知った。
「……なんか思い出すわね」
「何を?」
「あの猫」
「あぁ、あの子」
パチュリーの言葉に一夏の短い期間だけ、咲夜の下で使用人として働いていた気まぐれな猫のような彼をレミリアも思い出した。
「あの人は私に似ている気がしたような気がしたけど、案外要領が良かったのね」
こんな事を流すようにこなしてたあの猫は案外凄かったのではと、今頃のようにパチュリーは思った。
クス、と笑ってレミリアはカップに残っていた紅茶を飲み干して、立ち上がりながら言った。
「それ、咲夜も同じ事言ってたわよ」
「そう」
「じゃあね、しばらくのんびりするといいわ」
そう言って、じゃあねとレミリアは去って行った。ふぅ、と一息ついて紅茶に手を伸ばし、冷め切っているのに気がついた。
煎れ直してもらおうと考えたちょうどのタイミングで司書兼使い魔の小悪魔が現れて、冷めた紅茶を下げて新しい紅茶を手際よく煎れ直した。全く良くできた司書だ。
「ありがとう」
「いえ、どういたしまして」
ニコリと嫋やかに笑って、小悪魔は下がった。パチュリーは淹れたての紅茶の香りを楽しみ、一口飲んで、凝り固まった体を解すように伸びをした。
さて、本でも読んでのんびりしましょう——




