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第4話  亡霊

 メイデン・リリィを助けに行かなければならない。ファントムを倒しに行こう。自分は――――蛇上オロチは決断した。

 自分という人間が前世の記憶を思い出してしまったことで、この世界は最悪の方向に捻じ曲がってしまった。

 それを放置して自分一人の安穏を求めるのは、己の信じる男の道ではない。なによりも筋が違う。


「幸いっていうべきか。アニメの通りなら、俺には力が既にあるはずだ」


 当初はアニメの物語に関わる予定もなかったので、眠らせたままにしておこうとした力。怪人バジリスクがもつ蛇神の能力。

 それを自分は有している。有していなければおかしいのだ。

 本来の物語であれば、蛇上オロチはあの病院で目覚めた直後に力を自覚してヴィランへ変貌していたのだから。


「集中しろ、集中」


 目を閉じて自分の意識を、心の深層に潜り込ませる。

 見つけた。自分の中に、自分以外の底知れぬ力が絡み付いている。これがこの地にかつて奉られていた蛇の力だ。

 力はすでに自分の血肉と一体化している。引き出そう、そう心を強くもてば使えるはずだ。


「っ!」


 瞳の色が蛇のような黄金に変色し、頭のてっぺんから足裏に至る隅々に力が行き渡った。

 試しに近くにあったリンゴを軽く握ってみる。ぐしゃりと音がしてリンゴが潰れて果汁が弾けた。

 これだけでは足りない。引き出しから文鎮を引き出して折り曲げてみる。文鎮はあっさりポッキーのように折れた。

 今の自分ならきっとコンクリートの壁だって殴って破壊できるし、勢いよく地面を蹴れば空中まで飛び上がれるだろう。

 他にもアニメのバジリスクと同じ力があるなら、幾つもの能力が使えるはずだ。


「これならファントムとも、戦える」


 ファントムが人間を貪り食った映像は、記憶に新しい。

 あんなものは忘れようとして忘れられるものではない。きっと自分はこれからハンバーグを食べるたびに、あの映像を思い出してしまうことだろう。

 恐怖はあった。だが今はそれ以上に矜持が勝る。


(だがこのまんまの格好じゃ、流石にいけねぇな。ようし)


 決心したオロチはその場で服を脱ぎだした。別にいきなり全裸趣味に覚醒したわけではない。必要だから脱いだのだ。

 ふんと気迫をこめる。するとオロチの全身を蛇の鱗が覆っていった。

 鏡で自分の姿を見ると、そこには深緑の蛇人がいた。アニメで見た怪人バジリスクそのものである。ただ一つ違うのは顔だ。アニメのバジリスクは顔は人間のそれのままであったが、鑑に映るバジリスクは蛇を模した仮面のようなもので覆われている。これも蛇神の能力で生み出したものであった。


「これで誰に姿を見られても怪人バジリスク=蛇上オロチとは分からねぇ」


 戦う覚悟は済ませたが、正体がばれてあちこちに注目されるようなことになるのは御免こうむる。

 正体がばれたヒーローや怪人がどういう目にあうか。パターンは色々あるが、その殆どが禄でもないものだ。自分は御免である。


「じゃ、行くか」


 窓をあけると、そこから跳躍する。

 涼風が全身を撫で上げた。戦うには、良い気温だった。





 テレビカメラでTV局スタッフを殺害し、人間に対して宣戦布告してみせたファントムは、中にいた人間を殺しつくしたスーパーマーケットを寝床にしていた。

 無用心なことであったがファントムにとって『メイデン・リリィ』という例外を除けば、人間とは捕食する弱者でしかない。なのでそれから隠れ身を潜めるという考えは最初から存在しないのだ。

 ぼりぼりと人間の赤子の味を楽しみながら、人骨の鎖で拘束されたメイデン・リリィを見下ろす。

 巫女服を模した衣装はところどころが破け、青痣は至るところにあり、出血もある。だが死んではいなかった。

 ファントムの目的はメイデン・リリィの生きた肉体であって死んでしまっては困るからだ。どんな人間にも憑依できるファントムだったが、死体には憑依できないのである。

 だから殺すことも食うこともなく、こうして生かしてある。もっとも気高かった瞳はどろりと淀み、死んだ人間のようではあったが。


「やめ……ろ……」


「ん?」


「人を……食うのを……やめ、ろ……」


「なんだ。まだそんな文句を言う余裕があったのか」


 興味なさげに食べていた赤ん坊の死体を放る。別にメイデン・リリィの言葉に従ったのではなく、話すのに邪魔だったからだ。


「私はどんな人間にでも憑依できるが、お前のように強い人間は憑依に時間がかかる。そういう人間には心か体を削って弱らせなければならん」


「だったら! 私を痛めつければいいだろう! この私を嬲るでも犯すでも、好きにすればいい!」


「それは駄目だ。お前の肉体は私のもの、これから私が使うのだ。下手に削って痕が残ってしまっては大変だ。だからこうしてお前の心を削っている」


 投げ捨てた赤ん坊のところへ行くと、ファントムは見せ付けるように頭を踏み潰した。


「……う、」


「封印される前から疑問だったが、お前達は不思議な生き物だ。別に自分が苦しいわけでもないのに、別の同族が死ぬと苦しい顔をする。これなんてもう死んでいてただの躯となっているのだぞ? 更に頭が潰れたからなんだというのだ、食われたからどうというのだ? なにも変わらんではないか」


「貴様には、一生分かるまい……この亡霊め!」


「そうだとも、私はファントムだ。異国から着た宣教師とやらがつけた名だが、響きが良い。気に入っている」


 雑談に興じながらもファントムは苛立ちを感じ始めてきていた。

 メイデン・リリィの抵抗力が群を抜いて強く、未だに憑依ができる状態にならないからである。


「お前の目の前で人間を殺したり、食ったりはしたがまだ足りんか。そうだ、お前の親を教えろ。いるなら兄弟か姉妹でもいいぞ。人間は血の繋がりがある同類が死ぬと、余計に苦しむ傾向があるからな。きっとそいつらを殺せば、お前の心もより弱るだろう」


「……誰が、言うものか」


「言わんなら適当に街にいる人間を殺して回るだけだ。それが嫌なら体を私に明け渡せ」


「渡さん……。渡せば、お前は私の体でもっと大勢の人を、殺すのだろう」


 憎しみに満ちた視線がファントムを射抜く。大の大人であろうと威圧する、十六歳の少女らしからぬ眼光。けれど正真正銘の怪物のファントムには通じない。

 しかしこのままでは埒があかない。人間のために時間をかけるのは面倒だったのでファントムは嘘をつくことにした。


「いいや、お前はなにか勘違いしているようだが、私が人を食うのはただの栄養不足だ。私は人などより遥かに強い分、栄養を多く欲するのでな。だから霊力に満ちたお前の体に憑依さえすれば、もう栄養を摂取する必要もなくなるので、人間を食べることもなくなるぞ」


 半分は本当だ。ファントムが人間を食べる主目的は栄養補給である。けれどファントムにとって人間は極上の美味で、これを食べることは何にも勝る娯楽。

 例えメイデン・リリィの肉体を得たとしても人食いをやめるつもりはなかった。


「ほ、本当…なのか……?」


 明らかな嘘に、既に精神が疲弊しているメイデン・リリィは縋ってしまった。

 それくらいメイデン・リリィの精神は限界だったのだ。


「ああ。本当だとも」


「な、ら……」


 ファントムが手を伸ばす。最強の肉体を得られる喜びに口元が弧を描いた。

 しかしその手がメイデン・リリィに触れる直前。


「そこまでだ」


 弾丸のように現れた深緑が、ファントムの顔面を蹴り飛ばした。



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