第2話 お馬鹿なオロチの一人大騒動
魔法少女メイデン・リリィに登場する蛇上オロチがどういうキャラか?
一言で言えば糞野郎だ。
成績優秀で有名大学に通うオロチは、同級生の女子に告白してフラれる。エリート街道を突き進んできたオロチは、失恋という初めての挫折に巨大なショックを受けた。
そしてショックの余り夜の街を徘徊。飲んだことのない酒を痛飲したり、チンピラにわざと絡んで返り討ちにされたりの末、交通事故により死亡。しかし死亡した場所がたまたま取り壊し予定の神社の前だったことが、オロチの運命を変えた。
神社に祭られていた蛇神は、人間からの信仰を失い消滅する寸前だった。だが自分が消えるその時に、目の前で死んだオロチに奇縁を感じ、力の全てをオロチに譲ることにした。
こうして事故で死ぬはずだったオロチは再生。蛇神の力をもつ怪人バジリスクとして、自分を返り討ちにしたチンピラや自分をフった女子まで殺害。
順調に過ぎた力に溺れる愚者ムーブをかました挙句、メイデン・リリィによって倒される筋書きだ。
別に失恋のショックで一時自棄になることまでは、人間として理解できるし仕方ないことであるが、その後にチンピラやフった相手を殺すのは論外だ。その癖、メイデン・リリィを一度は追い詰めるほどに強かったというのが性質が悪い。
「まあ複雑な背景だとか、大きな野心もないけど、最初の敵として相応しい程度には強い。そういう意味じゃ序盤の敵としてはピッタリなのかもしれねぇな」
自分の前世の知識をノートに纏めながらぼやく。
他人事のようには言ってられない。これはもう我が事なのだ。
このままいけば身の破滅。十九歳にして刑務所送り、人生の負け組確定。
「あああ、どうすりゃいいんだよ糞っ! よりにもよってなんで蛇上オロチなんかに転生しちまうんだよ! メイデン・リリィのクラスメイトの真田くんとか、そういう安全圏にいるモブキャラにしろ!」
未来に絶望してのたうち回ること三十分。
「駄目だ。絶望してても仕方ねえ」
この絶望の未来をなにがなんでも回避するために、対策を考えなければならない。
自分に「冷静になれ」と言い聞かせて、湯だった思考に冷水を被せる。
そこで天恵のように閃いた。
「まてよ? 別に慌てるようなことはねぇんじゃねえか」
繰り返すようだが、蛇上オロチとは魔法少女メイデン・リリィの序盤の敵である。
そう序盤の敵だ。しかも倒された後は能力を封印され刑務所送り。物語からはフェードアウトして二度と登場しない。
「ん、んんっ」
あっさりと差し込んできた希望に笑みが零れた。
一度倒されて物語からフェードアウトということは、こうも言い換えれるのではないだろうか。
「俺がなにもしなければ、俺がストーリーに関わることもなく、勝手にストーリーが進むんじゃねえのか?」
そうだ。別に原作のアニメで悪役として登場したからといって、馬鹿正直に悪役になる必要なんてない。
正義の主人公がいなければ物語は破綻だが、悪役が一人いなくたって物語に影響はないだろう。中には物語上重要な鍵を握る悪役もいるが、怪人バジリスクはそれに当てはまらない。
「なーんだ、心配して損したぜ」
前世の記憶を書き綴ったページを切り取り、丸めてゴミ箱に捨てる。
魔法少女メイデン・リリィはハッピーエンドで終わる物語だ。魔法少女メイデン・リリィこと霧羽シロエは多くの苦戦をするが、その都度成長し、仲間との友情を育み、誰も死なない大団円を迎える。
わざわざ自分という部外者が余計な手を加える必要なんてないのだ。寧ろへんな気を起こして余計な手を加えれば、それこそ原作の流れが崩壊して、余計な犠牲が出かねない。
霧羽シロエという十七歳の少女が抱える悩みも全て知っているが、それを解決するべきは自分ではなく、彼女の親友であるべきだ。そうメイデン・リリィにとってアメコミにおける『椅子の男』ポジションのキャラクター、新見玲子だ。シロエと玲子の友情物語こそメイデン・リリィの肝ともいえるものである。
断じて自分のような赤の他人が、前世知識というカンニングで知ったふうな顔をして踏み込んでいいものではないのだ。
「さ。ゲームでもすっか」
大きな悩みが消えたお陰で退院時よりも気分は晴れやかだ。
それからオロチは自分が悪役に転生したことなど忘れ、久しぶりのゲームを大いに楽しんだ。
一週間後。
この頃になると蛇上オロチとしての記憶と、前世の記憶の混乱が起こることもなくなっていた。
大学生活も順調である。今のところはなんのサークルも入ってなければ、バイトもしていないが、そろそろどちらかを始めるのもいいかもしれない。
そんなことを考えながらテレビをつけた。すると、
『大変なことが起きました! 魔法少女メイデン・リリィが敗れました! もう一度お伝えします! 魔法少女メイデン・リリィが怪人に敗れました!』
「……は?」
テレビには敗れて地に伏したメイデン・リリィと、自らが勝利者であると雄叫びをあげる怪人が映っていたる。
心臓がバクバクと音を大きくする。なにかが決定的に歪んでしまった。