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逆行令嬢、踊る

 エスコートされて主催者に挨拶して一曲踊って放置。

 この流れは変わらない。

 その後、顔見知りやお歳を召した方に挨拶して着々と婚約破棄の際に味方になっていただけるように根回しをする。

 前はこの挨拶を疎かにしていた為に、どこかの馬鹿な小娘が婚約者の浮気を容認できずに嫉妬に狂って婚約破棄された、とシスター・アリサの耳に届くことになった。

 社交界の実力者たちに評判が良ければ、たとえ浮気した婚約者が王子殿下であろうとも、泣き寝入りする必要がない。悪いのは浮気男と浮気だと自覚していない相手の女、と社交界で同情され、浮気されたことを嘲りに来た人物を社交界の鼻つまみ者に仕立て上げることもできる。

 つまり、そういう重要人物に取り入っていることが、社交界にいる上で必要不可欠なことだったのだ。

 昼にも会って、夜にも会って、傍にいるはずの婚約者に放置されている姿を見れば、温かな言葉をかけてくださった。婚約破棄とその後の人生の為に取り入った自分が恥ずかしい。

 そればかりか、人気のある殿方や独身の親戚にダンスに誘うようおっしゃってくださって、人気があるように装えるようにしてくれる。前には話すことすらできなかった人気の殿方にダンスを誘われるなど、あまりのご厚意に身の縮むような思いがした。

 そうこうして時間が経って、また一人ぼっちに戻ると、お兄様のお友達のどなたかが声をかけてきて今に至るわけである。

 壁際に置かれている椅子には付き添い婦人やお歳を召した方々が座っていた。若くても母親と同世代の女性たちぐらいで、私のようなデビュタントや未婚の女性はまったくいない。

 そんな中に、デクラン様やケイレブ様、サイモンのエスコートで座らされる。

 肩身が狭いというか、居心地が悪い。

 ついさっき、挨拶したばかりの方々に囲まれ、そのまま話に花を咲かせていても、椅子に座っているデビュタントは私一人で。

 デビュタントや若い女性は休憩用に開放されている部屋で休息を取ったり、ドレスや髪を直したりするものであって、人前で椅子に座って休憩したりしないのだ。

 それをさせられている私。

 飲み物を持ってきてもらったり、時折ダンスを踊ってもらえても、この待遇には納得がいかない。

 なんの嫌がらせなの? と言いたい。

 スマートに椅子に誘導されて、座らなければいけなくされて。

 デビュタントどころか、若い女性は誰も座っていない椅子に一人だけ座っている私。

 若くても、母親と同世代以上の女性たちのように椅子に座っている私。

 ああ、周りの目が痛い。

 壁の花になっているより、辛いんですが。

 ダンスに誘ってくださるのは嬉しいけれど、それが終わったらまた椅子に逆戻り。

 デクラン様と社交の場で初めて踊れたのは嬉しくても、このお年寄り扱いが気になって楽しめなかった。

 夜会で椅子に座らされることに慣れてようやく、デクラン様とのダンスを楽しめるようになった。

 ケイレブ様やサイモンも一回は義理でダンスに誘ってくださる。これは前と同じだ。

 けれど、お兄様のお友達に加えて社交界の有力者の紹介と縁戚とのダンスをしているので、婚約者に蔑ろにされている可哀想な令嬢だとは言われない。

 それにデクラン様が身に着ける物をくださるほど親しい状態で踊るのなら、それだけで、お兄様への義理で誘ってもらえた前とは違う。周りの見る目が居たたまれなくて、慣れるまでは気付かなかったけど。

 デクラン様の流れるようなエスコートで部屋の中央(ダンスホール)に連れて行かれれば、後は束の間の二人だけの世界。

 使用人たちの為のパーティーで、デクラン様と使用人たちに混じって踊ったのを思い出した。存在を知られてはいけない私が踊れるのは、家族だけの場と使用人たちの為のパーティーだけだった。

 使用人たちの為のパーティーは使用人の日頃の仕事に感謝して主人が音楽家と飲食物を用意して開くパーティーだ。使用人たちが主人や貴族に気兼ねなく騒ぐパーティーなので、上流階級は見て見ぬふりをする。社交界を追放された私がそこにいても、上流階級に居続けるのなら決して口に出してはいけない。使用人たちの為のパーティーで見聞きしたことを話せば、自分の品位を疑われるからだ。

 使用人たちの為のパーティーは使用人に感謝する祭りであり、普通は私財を使って必要な物を調達だけしてパーティーの始まる時刻には早めに眠ってしまう。人の好い主人はパーティーの手伝いをするが、それは稀だ。倹約家の家ではパーティー自体開かないこともある。

 ここのダンスのように足運びを気にせず、踊るというよりも飛び跳ねていた。猛者は宙返りまでして見せて曲芸の域だった。

 音楽も雇われた音楽家たちだけでなく、音楽家を志した過去のある者や、楽器が得意な者が飛び入り参加して、それ以外の者もヤジや手拍子や囃し立てた。

 決まり決まった作法で雁字搦めのここと、無礼講で興奮の坩堝だったあの時とでは違う。

 デクラン様も今とあの時のデクラン様は違う。

 同じ社交でも浮かれ騒げる使用人たちの為のパーティーとは大違いだ。

 本心を隠して微笑みを浮かべながら決まり決まった単調なダンスを踊る。多少のお世辞とユーモアの混じったおしゃべりをしながら、目は周りで踊る人々と当たらないように注意を向けたままで。

 踊ることのみに注力できないダンスの時間。

 婚約者は前と同じように愛する女性を見付けたようだ。何曲か前から彼女と一緒にいる。まだ続けて何曲も踊っていないので、大っぴらに不貞したとは言えない状況だ。

 婚約破棄されたら一緒にいては悪い評判が立つと別行動しているお友達もそれぞれ楽しんでいるようだ。

 人気者とダンスをしているのを見た彼女たちから一緒にいれば人気者と踊れたかもしれないと文句を言われたが、私のお友達でいる彼女たちの悪評を避ける為には仕方がない。一年目は社交界の雰囲気に慣れるだけでいいと言われても、私が婚約破棄された年は私のお友達ということで良い夫候補を捕まえることができず、棒に振ることになってしまうのだ。どんなに批難されようと、彼女たちと一緒にいるわけにはいかない。

 私は心を鬼にして一人でいることを選んだ。

 たとえ、ダンスを申し込んで来る人気者がデクラン様より顔が良かろうが、人気があるのも肯けるユーモアがあろうが、デクラン様や子どもたちと人目を気にせずに人生を謳歌すると決めた私には綺麗な花瓶や良い音色の楽器と大差ない。


「――何か興味引かれることでも?」


 注意散漫なダンスパートナーをやんわりと嗜めるデクラン様に私はこう言った。


「貴方のことでしてよ」











 と。


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