逆行令嬢はめげない
「お嬢様~!!」
あれから懲りずに何度も存在感アピールを繰り返していた私は、タリアに追い掛け回されることが日課になりつつあった。
私の生活は、いつデクラン様が来てもいいようにお茶会を断ったり、挨拶をして最低限失礼にならない時間が過ぎると帰ったりして、お兄様がお友達を連れてくる先触れを待ち構えるようになっていた。
お母様は私をお茶会にさえ連れ出せばお役御免とばかりに見て見ぬふりをしてくれるが、タリアは違う。
仲の良いお友達が開いたお茶会すら断っている私をタリアは容赦なく追い掛け回す。
タリアが怒っているのはお茶会をサボることではなく、日傘も持たずに庭に出るからだ。
二回目は日傘を持って出たのだ。ただ、日傘は私が微睡んでいる隙に風に飛ばされてボロボロの状態で木に引っかかっていた。デクラン様に見て欲しくて用意したお気に入りの日傘だったのに。
一度飛ばされたからには二度目はないとばかりに手に掴んでいても、二度目も三度目も眠っている間に飛ばされてしまった。
デクラン様に見て欲しい日傘がなくなってしまったのだから、それ以降は日傘なしだ。新しい日傘も購入したが、数回使っただけでボロボロになってしまうのは嫌だ。
ということで、日傘をささない私にタリアが怒る。日焼けしてしまえば、淑女らしくなくてみっともないと怒る。
私も日焼けは良くないと思って、オレンジの木陰を選んでいるのだ。
それでも、タリアは怒る。
お友達を連れて帰るというお兄様の先触れを聞いて、オレンジの木の下に行こうとする私を待ち構えている。
本当はお兄様に連れられたデクラン様に直接会いに行けばいいのだろうが、それはできない。お転婆でみっともないとか、我儘だと思われたくないとか、そういうわけではなく、デクラン様に興味を持っていただくには逆効果だからだ。
それというのも、デクラン様は以前おっしゃっていたのだ。修道院に送られた私にどうして何度も会いに来ようと思ったのかを。
デクラン様は婚約者に蔑ろにされ、壁の花となっていたお友達の妹である私を気にかけていたのだ。それが婚約破棄という仕打ちに濡れ衣でしかない噂を聞いて、とても心配してくれたそうだ。
だから、俗世への未練がなくなるまで面会謝絶で会えなかろうが、何度も訪ねてきてくださった。婚約者だけでなく、家族からも捨てられたと絶望していないかと心配なさって。
デビュタント前に戻ってしまった今となっては、デビュタント前の子どもに一目惚れするような異常者ではなくて良かったというべきか、子どもであっても一目惚れしてくれれば話が早いと嘆くべきかわからないが、とりあえずアピールだ。
前の時と同じようにほとんど話したことがなくても、こうしてアピールしていれば、修道院送りになる前に会話することが増えるかもしれない。
運が良ければ、デビュタントになった時にもっと話しかけてくれて、婚約解消まで持ち込めるかもしれない。
そんな思惑で、私は今日もデクラン様へのアピールの為にお兄様の使われる部屋から見えるところに行こうと、オレンジの木の下で待ち構えているタリアの隙を屋敷の影から覗っている。
「お嬢様、そこにおられることはわかっています!」
見えていないはずなのに、タリアは私のいるほうを見て言った。
何故?! 怖い! なんでわかるの?!
「こそこそ隠れてないで、出てきてください。そんなところにいたら、日に焼けてしまいます!」
確かに日当たりが良い。
日に焼けるのはちょっと嫌だ。
前の時、修道院に来てくださったデクラン様に日に焼けた肌を見せることになって、とても恥ずかしかったことをおぼえている。修道院では畑仕事を毎日していたから、貴族の子女だったときの肌は見る影もなくなっていた。
同じ修道院に入れられている上流階級の娘でも、嫁入り前に入れられていたり、教育も兼ねて入れられていた庶子たちは日に焼けるようなことはさせられない。
日に焼ける使用人がする仕事をさせられるのは孤児と、私のような訳有りで還俗を許されていない娘だけだ。
デクラン様に修道院から連れ出されても、数年は白くならなかった。
嫌な思い出を忘れていた。
今度は日に焼けていない肌で、デクラン様と結婚するんだ。
急いで近くの木陰に入る。
「これからはこちらに来る時は日傘を用意いたしますから、一言申し付けてくださいましね」
「・・・ごめんなさい」
ツンと澄ましかえってタリアは言った。
「そこはありがとうです、お嬢様」
私は笑いが込み上げてきた。
影が薄くてもお母様はいます。
ただ、婚約などはお父様が決めたので影が薄いだけです。
お母様とお父様は仮面夫婦で、跡取りであるネビルと違って、カサンドラの扱いはほぼ放置です。
お茶会などの社交の場に慣れさすことだけは、お母様がしてくれていますが、それくらいです。