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3/10

逆行令嬢、夢から覚める

「カサンドラ、カサンドラ」


 眠っている私を誰かが呼びかけてくる。

 殿方としてはやや高い声でゆっくりと話す声は耳触りがとても良い。

 でも、暖かで、気持ち良くて、もう少し寝ていたい。


「カサンドラ、早く起きなさい。今日はフェリクスがバルザックに行く日だろ。あの子を手放さなければいけないからといって、ふて寝していたら、別れを言う時間も少なくなってしまうよ」

「?!」


 息子がバルザックに行くと聞いて、眠気が一気になくなった。バルザックはデクラン様の実家の名前だ。私の存在を公にできない為、私たちがバルザックに行くことはない。バルザックで私の姿を見かけた人物がいては、デクラン様のご家族に迷惑がかかるからだ。

 その代わりに、デクラン様のご家族に我が家に来てもらっている。バルザックとは違い、デクラン様個人の家を訪れる者は私と結婚していることを知っている親しい人間だけだ。

 そのおかげで、結婚して十年以上経っても、私がデクラン様と結婚して王都に戻ってきている噂は社交界に流れていない。

 そのバルザックに息子フェリクスが行くということは、フェリクスの存在をバルザック家の一員として正式にするということだ。つまり、養子に行くということ。


 飛び起きた目の前に、ベッドに腰かけた焦げ茶色の髪の男がいる。少し眠たげにも見える垂れた琥珀色の目。本人にその気はなくとも、甘い顔立ちは社交界でも密かに人気があった。


「フェリクスがバルザックに行くというのは、本当ですか?!」

「そうだよ。忘れてしまったのか? ・・・昨夜は泣き疲れて眠ってしまったから、頭がよく動かないのかもしれないな」


 そう言ってデクラン様は私を抱き寄せる。デクラン様の付けている大好きなウッドノートの香りが香る。

 泣きすぎて目が痛い。香りすら目にしみるようだった。


「・・・・・・」


 そうだ。あの時、泣いたんだ。

 まだ一人目だけど、子どもを手放すことになって、辛くて泣いたんだ。

 今の状態でフェリクスが結婚できる相手は平民だけ。それも、貴族とは交流が少ない身分でなくてはいけない。それが貴族から身を隠している私を母親として紹介する代償だった。

 好きになって結婚した相手が貴族やそれに準じる身分だったら、私の存在でいつ結婚生活が地獄に代わるかわからない。離婚に発展するかわからない。

 私が婚約破棄され、婚約破棄されるだけのことをしでかしたと噂を立てられただけで、私に一切、身に覚えがなくても、家族には悪評が付きまとう。お父様やお兄様は修道院に送ったことで難を逃れても、子どもたちは逃れる術がない。デクラン様が私と離婚しても、子どもたちには少なからず影響が残ってしまう。

 だから、私との繋がりを絶つ為に養子に出さなければいけない。

 それが辛くて。それが悔しくて。泣いたのだ。

 どうして、浮気されて、婚約破棄された私がこのような目に遭わなければいけないのだ。

 私が何をしたというのだ。


「大丈夫だよ。あの子は幸せになれる。君がこんなに幸せを願っているんだから、あの子は幸せになれるよ」


 デクラン様の優しい声に涙が零れる。辛くて、悔しくて熱くなった目に「泣いていいよ」と言ってくれているようで。




「・・・様。お嬢様。起きてください」

「・・・っ、デクラン様?」


 違う。デクラン様の声は高くても、女性と間違われるほど高くはない。


「ネビル様のご友人ではありませんよ。タリアです。こんなところでお眠りになって、日に焼けたらどうするんですか。来年には社交界でお披露目するというのに、子どもみたいな真似をしないでください」


 そう言ったのは、実家ソーントンの私付きのメイドのタリアで。

 良く晴れた日の匂いと青臭い草の匂いが、夢の中と違いすぎて悲しくなった。ここにはまだデクラン様がいないのだと、悲しくなった。

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