11 神の目は力業で!?
前の依頼報告を済ませ、案内された打合せコーナーでは、例の二人組がテーブルを挟んですでに着席していた。
あ、エルヴァーン君、一応、治療してもらってある。
…とは言え、止血と絆創膏のようなあて布をしてあるだけで、顔面の一部はまだ腫れ上がっていて痛そうだ。
雑っ!
治療が雑ぅーっ!!
パパっと傷が治る回復魔法が存在する世界でこの雑な扱い。
たぶんこの施設内に一人くらいは回復魔法を使える人がいるだろうに…
だって、レイニーさんより凄腕の鑑定士さんが常駐してるような施設だよ?
…ちょっと気の毒になってくるな…
「お待たせいたしましたわ。」
ここまで案内してくれたメガネのお姉さんは人数分のお茶を出すと、部屋から退出する。
部屋の内装は全体的に落ち着いたシックな色合いで、かなり広い。
入ってきた時に、扉がとてもぶ厚かった事から、おそらくかなりの防音が施されているであろうことが推察できる。
当然、部屋には窓も無いが、天井付近で輝く玉と、この広さのおかげで圧迫感はない。
「待たせたか?」
「問題ない。許容範囲だ。…とりあえず掛けてくれ。」
そう言うと、隊長さんは僕たち3人に席を勧める。
「まずは、自己紹介をしよう。
私はアルストーア皇国自由騎士団遊撃部第5小隊隊長ナザール・ラティスだ。
こちらは私の部下でエルヴァーン・ジョウ。」
「…フン。」
「…そうか。俺は冒険者のモフゾウ・オズヌ、こっちは仲間の冒険者、ナカジマ・ナガノ、それに『鑑定士』のレイニー・リシスだ。」
オズヌさんが、代表してこちらも自己紹介をする。
「さて、単刀直入に話そう。貴殿等はアルストーア皇国第7皇女ケルピノ姫をご存知か?」
「…いや?」
オズヌさんが少し考えてから、首を横に振る。
それを受けてレイニーさんが、自信無さそうに答えた。
「確か…【未来予知】の祝福をお持ちの姫君…だったと思うのデスが…?」
ぴくり、と隊長さんの眉が動く。
「その通りだ。」
へー?…そんな祝福も有るんだね。
「姫の予言によると、現在、ここダリスから西…フォルス伯爵領にこのまま放置すると国家を殺す病魔へと成長する者が居る。
それを倒す事が今回の任務であり、貴殿等への依頼内容でもある。」
「フォルス伯爵領っていうとあの『炎の地下迷宮』で有名な?」
「そうだ。」
炎の地下迷宮なんて有るんだ?
…でも、地下に炎があるなら、近くに温泉とか有るのかな?と考えてしまうのは日本人の本能だよね。
隊長さんはそのまま話を続ける。
「姫曰く、その病魔を倒すには、この町に現れる『ニホンという国からの来訪者』…」
ぶっ!!
「どうした、ナガノ?」
「ごほっ、ごほっ、げほっ…」
いきなり、日本の名前が出たから、飲んでいたお茶が気道に入ってむせたじゃないか。
「い、いえ、どうぞ、続けてください。」
隊長さんは眉間の皺をより一層濃くして言葉を続ける。
「それと『神の目を持つ小鳥』…
そして、その二人を守護する『黒い刃の剣士』が必要だとおっしゃられた。」
「…それが俺たちだと?」
「その可能性が高い。…エルヴァーン・ジョウ。」
「はい。」
「このエルヴァーン・ジョウも『ニホンからの来訪者』だ。」
「え…あ、そうなの?」
「…フン!」
まぁ、でも、確かに。
何となく、最初にエルヴァーン君に「苗字みたいな名前」って言われた時から「ん?」とは思ったんだよね。
「単刀直入に聞こう。ナカジマ・ナガノ、君は『チキュウ』という世界を知っているか?
その中に『ニホン』という国があるらしいのだが?」
オズヌさんとレイニーさんが驚いた様子で僕の方を見つめる。
「あー…まぁ、知ってます。
僕は、あそこでオズヌさんに会って目覚める前は…日本で生活してたんです。」
平々凡々なサラリーマンでしたけど。
「じゃ、何であんな所に…?」
「いや、そこは僕にもよく分からなくて…
一応、女神様から聞いた説明だと、同時に8回死んだせいで、あそこで目覚める羽目になったらしいんですけど…」
「「「同時に8回死んだ?!」」」
オズヌさん、レイニーさん、エルヴァーン君の声がハモる。
おいこら、エルヴァーン君…君も転生してるなら、複数死因持っているんじゃないのか?
何でそんなに驚いた目で僕を見るのさ?
…まぁ、女神のお姉さんもイレギュラーの塊とは言ってたけどさぁ…
「君がなぜ今ここに居るのかという細かい話に興味はない。
しかし、君が姫のおっしゃる1人目の使徒である可能性が非常に高まった事は確かだ。
そして、モフゾウ・オズヌ。
君が黒い剣を使う事は私もこの目で見ている。」
「……ちっ。ああ、俺の愛刀は刀身が黒い。」
オズヌさんが少々渋い表情で頷く。
「しかし【未来予知】…ねぇ。
それで、その予知、とやらでナガノや俺がどんな役割を果たすって言うんだ?」
「…ふむ、良いだろう。」
隊長さん曰く、そのお姫様の予言とはこんなものらしい。
『世界を壊す病魔となりし者、炎宮の里、現れる。
神の目を持つ小鳥、病見極め、
黒い剣の剣士、病魔打倒し、
簒奪の騎士、災い祓う。
癒しの来訪者、病魔癒し、
その者、新たな扉開かれん。
小鳥、剣士、来訪者、獣と古の都に住む。』
との事。
で、どうやら「獣と古の都」って言うのがこのダリスを指すらしい。
ちなみに「簒奪の騎士」っていうのがこの二人、アルストーア皇国の自由騎士団なんだそうだ。
…それにしちゃ物騒な言われようだよな。
自分の国の騎士団なのに…
「あの…一つ良いデスか?」
「構わない。」
「ワタシは確かに【ブラック・ロビン族】デスから、小鳥と言われるとその通りだと思うのデスけど、『神の目』を持つと、言われる程の階位ではないデスよ?」
「あれ?『神の目』って鑑定士って意味じゃないんですか?」
「一般的には鑑定士の中でも実力が上…例えば、個人の持つ祝福の内容や効果、それにステイタスまで【鑑定】できる程、祝福の階位が高い人を指す言葉なのデスよ。」
へー…そうだったんだ。
つーか、ステイタスとか…そんなゲームっぽい数値…本当に有るんだ…。
流石、異世界。
「この町でそこまで階位の高い鑑定士はウェンダムさんお一人だったはずデスよ。」
「…くふ…くふふ…そこについては何ら問題は無い。」
突如、ニヤァとした笑みを浮かべて隊長さんが立ち上がる。
いままでの口だけの笑みではなく、心底楽しそうな…
でも、禍々しい笑みを顔中に浮かべている。
何だろう?この人の笑顔見てると、不安になってくるな…。
「姫がおっしゃるに、今回の来訪者はかなりの【回復魔法】の使い手だそうだ。実に都合が良い。」
都合が良い?
バシャッ…!
突然、顔面に生暖かい液体をぶっかけられる。
うわっ!!??
何だっ!?
目を開くと、世界が朱で染まっていた。
広がる鉄の香り。
…え…?
「くふふ…たまには私の『フィオナ』にも血を味わわせてやらんとな。
…美味しいかい?『フィオナ』…」
隊長さんがウットリした瞳で血濡れの白い刀を掲げる。
とさっ…
僕の左側に座っていた青年の身体がゆっくりと崩れて、落ちる。
悲鳴も、断末魔も無かった。
「貴様…ッ!!」
ガキンッ!!
「よくも…ッ!レイニーをっ!!!」
代わりに沈黙をぶち破ったのは剣戟と怒声。
一瞬でキーウィの姿へと変わったオズヌさんが隊長さんに切りかかる。
「ナガノ!」
名前を呼ばれて、はっとした。
ようやく僕の脳が認識を果たす。
この、部屋中にぶちまけられた血は、隊長さんに斬られたレイニーさんが流したものである、と。
「レイニーさんっ!!」
胸元に大きく深い刀傷。
そしてこの出血量。
恐らく、かなり太い動脈を切断されたに違いない。
顔色は真っ青を通り越して土気色に近く、ぼんやりと開かれたままのヒスイ色の瞳からは、流れ落ちる赤と一緒に生気がどんどん抜け落ちていっているのがわかる。
僅かに、けひゅっ、と呼吸とも何とも言い難い音が空気を震わせる。
咄嗟に、彼の名前を叫びながら両腕を突き出し、あの光の環…回復魔法を発動させる。
「傷を塞いで!
失血死もショック死もしない感じで、レイニーさんが普段みたいに生活できるように完全回復させて!」
九重に広がる光の環がレイニーさんの身体を覆う。
光が弾けて、逆回転の花火のような光が舞い踊る。
その時だった。
ん?
何だろう、何か、回復魔法の通りが悪くなるような…
なんて言って良いのか…
今までスムーズに流れていたホースの水が、どこかで詰まってしまい、水圧が上がってホースを圧迫し始めたような…
そんな違和感を覚える。
「う、っ…こほっ…けほっ…」
立ち上がって絶叫したオズヌさんとは違って、レイニーさんは何度か咳を繰り返し、気道に入り込んでいた血を吐き出す。
「っ…回復魔法もっと強く!」
一応、傷口はふさがったようだが、まだ顔色は良いとは言えないし、意識もはっきりしていない。
…回復魔法の効き方って個人差があるのかな…?
頭の隅にチリチリと言う焦げ付きにも似た何かが生まれた。
あせるな、あせるな。
大丈夫、最初よりは生体反応がハッキリしてきている。
まだ光の踊る中、僕はさらに魔力を籠める。
お、詰まったのが流れた感じ…と、思ったら、また詰まったな。
3回ほど、そんな違和感を力業でねじ伏せる。
そのたびに、レイニーさんの身体がビクッと大きく痙攣するんだけど…
これ、別に大丈夫だよね!?
しかし、それを乗り越えると、ようやく流れがスムーズになった気がした。
そして、しばらくすると光の洪水が終息する。
「ふ……ぅん?
…あれ…ナガノ君?どうしたんデスか?」
おそらく、心配そうにのぞき込んでいたんだろう。
レイニーさんの困惑した瞳が僕の視線とぶつかり合う。
「は~…よ、よかった…」
よし、無事、治療完了!
「な、ナガノ君!血が…!だ、大丈夫デスか!?」
わたわた、と僕に浴びせかけられた血に驚くレイニーさん。
いや、大丈夫。大丈夫。
つーか、これ、貴方の血ですよ?
「…大丈夫か、二人とも。」
オズヌさんが、少し安堵した声で僕たち二人と隊長さん達を遮るように立ちはだかる。
どうやらこのキーウィ、近くに2本の刀身を浮遊させる能力があるらしい。
黒い刀身だけの塊のようなものがふわふわ不規則に浮いている。
「た、隊長っ!!」
怒りで羽毛を膨らませたオズヌさんの攻撃を隊長さん一人で完全に防ぎきることは難しいらしく、血相を変えたエルヴァーン君も、防御に一役買っている。
「くふふ…何を?貴殿も知っているだろう?
祝福の階位を上げる方法を。」
「…下衆が…っ!」
吐き捨てるようにオズヌさんが呟く。
「祝福の階位を上げる方法…?」
「くふふ…君は知らないか?ナカジマ・ナガノ。
不思議なものでね…
祝福はその持ち主が命の危機を乗り越えると階位が上がる可能性があるのだよ。」
それを耳にしたレイニーさんの身体がビクリと震える。
そうすると、つまり…
さっきの攻撃は、予言の姫君の言う『神の目』を『小鳥』であるレイニーさんに持たせる為にした事…と言う訳か?
「…でも、それはあくまで可能性な訳ですよね?」
「何度でも何度でも何度でも繰り返せば、いつかは必ず上がる。
何の問題もあるまい?
私の白麗剣『フィオナ』も無抵抗な一般市民を斬る事はあまり無いから、良い経験になる。」
めっちゃ楽しそうに頬を上気させて常軌を逸した提案をする隊長さん。
おいコラ待て、それどんな拷問だよ!?
レイニーさんの人権は完全無視か!?
もし、僕たちが人違いで、さらに僕が回復魔法を持ってなかったらアンタ、一般市民を意味も無く虐殺した悪人だよ!?
隊長さんの尋常でない主張を聞いたレイニーさんの顔色が悪い。
「…俺がそれを許すと思うのか?」
オズヌさんが殺気と同時に宙に浮く黒い刃を放つ。
「…た、隊長、一応、もう少し穏便な方法で…
おい!もう階位が上がってるかもしれないだろ!!
鑑定士!俺様のステイタスを見てみろ!!」
エルヴァーン君が何とかこの修羅場をどうにかしようと、二人の前に飛び出す。
…こいつ、最初は大分アレなヤツかと思ってたけど、もしかするとコミュニケーション能力に難があるだけで、実は結構苦労人なのかも…
後で傷を治してあげようかな…
咄嗟に名指しされたレイニーさんが驚いた目でエルヴァーン君を見つめる。
「……えっ?」
「どうしたんですか?」
「な…何で【変身】が二種類もあるんデスか!?…それに【簒奪】…?」
レイニーさんが呆然と呟く。
「…ほう?」
その言葉に隊長さんがぴくりと眉を動かした。
ああ、そう言えば、エルヴァーン君…オズヌさんと戦っている時、2回変身したな。
あれってこの世界でも珍しい現象なんだ?
「レイニー?…お前…まさか…本当に階位が上がったのか?」
隊長さんの動きを警戒していたオズヌさんが思わず、わずかに振り返る。
レイニーさん自身も信じられないのか、きょろきょろと周りを見回し絶句する。
そして、大きく息をついてから頷いた。
「はい…皆さんのステイタスも…見えマス…。」
それを聞いて、隊長さんがつまらなそうに顔を歪める。
いやいやいや、そこ!!
何でつまらなそうな顔するの!?
お姫様の予言とやらを盾に一般人を斬りたかっただけなの!?
隊長さんは持っていた刀を一振りする。
一度、振り払えば、純白の刀身からは一瞬で血の跡が消えてうせて、涼やかなほどの白さが戻ってくる。
「…では、話を続けよう。座り給え。」
「…この状況で話し合いを続けられるとでも思ってんのか?」
オズヌさんは臨戦態勢を解かぬまま隊長さんに黒い剣を突き付ける。
いいぞ!オズヌさん!怒れ!ここは怒るべきだ!!
「…やれやれ…ヒナをつつかれると親鳥は、こうも周りが見えなくなるものなのかね?」
「何だと!?」
しかし、隊長さんは意に介さず言葉を続ける。
「…報酬は一人7ハルク、それと誰のモノでも構わないが『不要な祝福を一つ削除』してやる事だ。」
「!?」
がたんっ!
さっきまでへたり込んでいたレイニーさんが突然立ち上がる。
「そ、そんな事…できるんデスか!?」
「おい鑑定士、俺様の祝福を見たんじゃないのか?」
「見ましたよ!?」
レイニーさんは、ぴっとエルヴァーン君を指さして言葉を続ける。
「祝福【簒奪】、貴方の階位は4デス。
その祝福の内容は、40%の確立で相手の持つ【祝福】【技能】【魔法】のいずれかを奪い取る事ができマス。
奪い取る対象は、術者が相手の持っていると確信できたスキルのみデス。
奪い取ったスキルは他の人間に譲渡する事も、そのまま破棄する事も可能デス。
そして、一度に奪える範囲は術者が所持している階位までデス。
階位の無い祝福は、全て奪う事が可能デス。」
「フン…本当に見えてるんだな…」
あ、確か、【簒奪】って女神のお姉さんおすすめのスキルにあったな。
なるほど、そんな内容だったんだ…
確かに、その内容なら、他人から能力を奪えば奪う程強くなれそうだ。
「デスが…同時に強制で、【アルストーアの承認】アルストーア皇国の承認が無いかぎり【簒奪】の祝福を発動させる事が出来ない、とありマスよ?!」
「っち…」
舌打ちをするエルヴァーン君。
「問題ない。その承認を行うアルストーアの名代は私だ。」
なるほど。
どうやらエルヴァーン君はアルストーア皇国…って言うかむしろこの隊長さんに管理されちゃってる訳だ。
まぁ…確かに、人様の能力を奪い取るような力…野放しにするには危険すぎるよなぁ。
「私が報酬として提示する以上、その言葉に二言は無い。」
「…わかりました。ワタシは受けマスよ。」
「レイニーさん!?」
えっ?!良いの?
今回の話し合いでは貴方が一番被害受けたのに?
この人、何の罪もない一般市民に斬りかかるような人だよ!?
「ふー…やれやれ…」
それを聞いて、今まで臨戦態勢だったオズヌさんが人間形態に戻る。
「良いのか?レイニー。」
恐らく、言葉の後ろに「こんな奴らを信用して」と続いている。
だが、レイニーさんは予想より強い意志を込めた瞳で頷く。
……何か、事情でもあるのかな…?
「構いません。強制を打ち消す方法は色々みつかりマスけど、祝福を打ち消す方法は滅多に無いデスから。」
「…わかった。それなら俺も受ける。
悪ぃが付き合って貰えるか?ナガノ。」
「ええ、もちろん。お二人が良いなら、僕も協力します。」
「では、詳しくその『病魔』とやらの情報を教えてもらおうか?」
そんな訳で、結局僕たちはフォルス伯爵領の病魔退治とやらを引き受けることになった。