第八話 絶望と希望
目の前には体に白い布をかけられた涼がいる。あれから一日がたった。
事情聴取も終え、今私は涼がいる部屋にいる。
顔に布がかけられていないがあの時と、お父さんが死んだときと同じ状況。静かに涙が流れていく。
止まるということを知らないとでもいうように。
コンコンと控えめなノックが聞こえ扉が開く音がした。
ゆっくりと視線を向けると望月さんと二人の男性が立っていた。
「話があるの。いいかしら?」
はい、と返事をしようとしたが上手く声が出ず、コクリと首を縦に動かした。
「涼君の事、何とかなるかもしれない。」
うつむいていた顔を勢いよく上げる。真剣な、でもどこか希望に満ちたような表情をした望月さんとたち。
「どういう、ことですか?治るんですか?」
「この人たちは私の大学時代の知り合いでね。こっちの背の高い方が佐藤、低い方が井上よ。二人はロボットとか機械の研究をしていたの。力になれるかなって思って。」
「君がここに来る前に少し調べさせてもらったんだ。必要な部品があれば修復は可能だ。」
佐藤さんが言った言葉に涙が止まった。
涼が治るかもしれない。暗闇に一筋の光が差したよう。
「本当ですか?その部品ってどれですか?」
一人の男の人のシャツを掴み問いかける。
「これと同じ部品だよ。」
私の前に差し出してきたチャックができる袋の中には変な模様の描かれた手のひらより少し大きな部品と基板が入っていた。
…どこかで見覚えのある模様。
必死にどこで見たかを思い出す。
「あっ、あります!家にそれと同じもの!」
「急いで車をまわすわね、取りに行きましょう。」
「…待っててね。」
涼に一声かけてから署を飛び出した。
一日ぶりの帰宅。隣に涼がいてくれたら。
そんなことを思いながらも家に足を踏み入れた。部屋の中はぐちゃぐちゃだ。
栂野さんたちが荒していったのだろう。散らかったものを踏まないようによけながら書斎へ向かう。
鍵の掛かった引き出しを開け、中に入っていた箱を取り出す。
あの日、お父さんから渡された箱。それを急いで佐藤さんと井上さんに見せる。
「ちょっと見せてね。…うん、間違いなくこれだ。これがあれば治せるよ。」
笑顔で言う佐藤さんを見て膝の力が抜けその場にしゃがみ込んだ。
「ただ、一つ問題がある。」
そう言ったのは深刻そうな顔をした井上さん。
「問題って?」
「本体は治せても、その、感情とか今までの記憶とかそれが全て消えている可能性がある。それは元には戻せないかもしれない。」
今までの出来事、涼に芽生えた感情。もしそれが無くなっていたとしても
「そしたらまた一から始めます。生きていてくれたらいくらでも機会はある。」
生きていてくれたらまた自我が芽生えてくるかもしれない、思い出がないなら作ればいい。
「それを聞いて安心したよ、あとは僕たちに任せて。」
「涼をお願いします。」
立ち上がり深く頭を下げる。
「全力を尽くすよ。」
「今から涼君をラボに運ぶけど、一緒に来る?」
「行かせてください。」
私がいても邪魔になることはわかっているが、家で一人連絡を待つなんてできない。
私は着替えを済ませた後、涼を迎えに再び署に戻った。
そして佐藤さんたちのラボに涼を運んだ。
ラボにはよくわからない機械や難しそうな分厚い本が置いてある。お父さんの研究室と似ていた。
ガラスに囲まれた部屋にあるベッドのようなところに涼が寝かされ、何かのコード繫がれていく。
少し痛々しい。
しばらく二人が作業する様子をガラスの向こう側から眺めていた。
どれくらいそうしていたのか、二人の手が止まりこちらへ歩いてくる。
「少し休憩。唯ちゃんお腹すかない?」
「そろそろ晩御飯の時間だもんね、何か食べようか。」
そう言われラボにある時計を見るともう19時過ぎていた。
「出前でもする?唯ちゃん何食べたい?」
「あっ、なんでも…あの私にごちそうさせてください。」
涼を治してもらっているんだ、あとからお礼はきちんとするとしてもこれくらいはさせてもらわないと。
断る二人を強引に説得し、私たちは出前をとることにした。
力をつけてもらうためにうな重にした。二人の顔が一気に元気になる。
私は小さめのサイズ、二人は少し大きめのうな重を頼んだ。
あまりお腹はすいていないが、食べないと心配をかけてしまう。
「久々に食べたよ、うなぎなんて!」
嬉しそうにうなぎを頬張る佐藤さん。井上さんは静かに、でも嬉しそうにうなぎを噛みしめていた。
二人の反応が真逆すぎて少し笑ってしまった。
「あっ笑った。」
「えっ?」
「唯ちゃんが笑ったとこ見てなかったなって、ずっと悲しそうだったから。まぁこの状況じゃ無理ないけ ど。」
「大丈夫だよ、絶対治してみせるからね。」
「…はい。ありがとうございます。」
その優しさに思わず泣きそうになる。ごまかすようにうなぎを口に突っ込んだ。
「そういえば、唯ちゃん彼氏は?」
「おい、今その話かよ。」
「いいじゃん、恋バナしようよ!」
佐藤さんはムードメーカー的ポジションなのだろう。私の気を紛らわせようとしてくれているらしい。
「彼氏はいないですね、残念ながら。」
「えぇもったいない、かわいいのに。」
「唯ちゃん、涼君の事好きでしょ。」
井上さんから爆弾発言が飛び出し、ご飯が変なところに入ってしまった。
吹き出さなくてよかった。むせたけど。
「わっ大丈夫?!」
お茶を差し出してくれる佐藤さんにお礼を言いお茶を飲み干す。
「そりゃ家族ですし…。」
「でもなんか家族っていうか、大事な人って感じ?がしたんだけど。」
「涼君が他の女の人といたりしたらモヤモヤしない?」
二人からの質問攻めにあう。恥ずかしくなってきた。佐藤さんに言われたことを考える。
…この間望月さんが涼に触れていた時、気持ちがモヤモヤしていた。ほかの女性と一緒にいる涼を想像したらまたモヤモヤしてきた。
「…イヤです。」
「若いねぇ。青春だね~。」
どこか楽しそうに話す佐藤さん。
「じゃあ涼君と一緒にいる時どんな感じ?」
「…安心するというか、落ち着くというか、ずっと一緒にいたいというか…」
何を言っているんだ私は。顔が熱くなるのを感じて顔を手で覆い隠す。
「…じゃあ尚更頑張らなきゃだな。待っててね唯ちゃん。」
二人に頭をガシガシと撫でられた。髪の毛はきっと爆発したようになっているだろう。
でも嫌じゃなかった。
「お願いします。」
二人はほほ笑むと手を合わせ、「ごちそうさま」と言うと作業に戻っていった。
私は食べた後の片づけをした後、椅子に座りながら二人の作業を見つめていた。
「…ちゃん、唯ちゃん。」
肩を揺さぶられて意識が戻る。どうやら寝ていたらしい。
「あっ、起きたね。」
「ごめんなさい、二人とも頑張ってくれていたのに。」
「疲れたまるよね、無理ないよ。気にしないで。」
二人を差し置いて一人爆睡するなんて申訳なくなる。
「どうする?家帰るなら送るよ。」
井上さんが車のキーを見せながら問いかけてきた。
「でも唯ちゃん家ぐちゃぐちゃでしょ、今日は遅いしここ泊まったら?」
佐藤さんに言われて思い出す。栂野さんたちにぐちゃぐちゃにされたままだった。
「そうか、じゃあ仮眠室あるからそこ使って。シャワーもあるから。」
簡易ベッドとシャワー室がついた部屋に案内された。
「こんな部屋あるんですね。」
「普段泊まり込みが多いからね。あっベッドは綺麗だから大丈夫だよ。」
私がこんなところを使ってもいいのだろうか。考えていると察した佐藤さんが口を開いた。
「気にしないで、ほかにも部屋はあるから。僕たちは隣の部屋にいるからね。何かあったらいつでも呼ん で。」
「すいません、ありがとうございます。」
ぺこりと頭を下げる。二人は「また明日。」と言って部屋に入っていった。
私もそれを見届け部屋に入った。
温かいシャワーを頭から浴びる。シャワーの音だけが響く。急に寂しくなった。
―涼の声が聴きたい。
あの少し低くて優しい声で名前を呼んでほしい。シャワーにまぎれて涙が落ちていく。
涙が止まるまでシャワーの音は止まなかった。
次の日の朝。コンコンと部屋のドアが鳴る。急いで開けると二人が立っていた。
「おはよう、朝ごはん食べよ。」
三人で涼がいる部屋に向かう。涼が眠る部屋のガラスに手をつき涼に「おはよう」とあいさつをする。
その姿を二人が見ていたのには気づかなかった。
机に向かうとパンとコーヒーが用意されていた。
「すいません、なにもお手伝いしなくて…。」
「構わないよ、気にしないで。用意って言ってもパンとコーヒー並べただけだから。」
「食べよう、食べて早く作業に取り掛からないと!」
文字通り二人は素早くパンとコーヒーを胃袋に収め、「ごちそうさま」と言うと作業に取り掛かっていった。
朝ごはんを食べてから数時間、そろそろお昼時と言うときにラボのドアがガチャリと開いた。
涼たちから視線を外しドアを見ると、大きな袋を抱えた望月さんが立っていた。
「頑張っているみたいね。差し入れ持ってきたわよ!」
彼女は机の上に次々とお菓子やジュース、お弁当を広げていった。すごい量だ。
「おっありがたい。ちょうどお腹すいてたんだ。」
部屋から汗をぬぐいながら二人が出てきた。
「唯ちゃん、もうすぐだからね。」
佐藤さんがウインクをしながら言った言葉に胸が高鳴る。
「ウインクキモイからやめろよ。」
井上さんが佐藤さんの頭を叩きながら椅子に向かっていく。
「腹が減ってはなんとやら。早速いただきますかね。」
がつがつとお弁当を食べる二人をお茶を入れながら見つめる。
作業に戻るため急いで食べてくれているようだ。
二人は10分ほどでお弁当を平らげると私の頭を一撫でして部屋に戻っていった。
「あの二人、いいやつでしょ。」
作業をガラス越しに見ていると望月さんが話しかけてきた。
「はい、とっても。」
「もうすぐ会えるわね、涼君に。」
「…はい。」
「そうだ、栂野のことだけど、全て自供したわ。お父さんを殺したこともね。」
「…そう、ですか。」
栂野さんがお父さんを殺したなんて信じたくなかったが、事実がわかって少しほっとした。
事故はお父さんのせいだなんて言う人もいたから。
黙り込んでいると望月さんは私の肩をそっと抱き寄せて頭を撫でてくれた。お母さんのようで落ち着く。
「そういえば、どうしてあの時あの場所がわかったんですか?」
「あぁ、家に行っても誰もいなかったから、あなたの携帯のGPSを調べたのよ。それでわかったってわけ。反応が消えた時はちょっと焦ったけどね。」
「そうだったんですか。」
「間に合って本当によかった。」
望月さんは未だに私の頭をなでながら安心したような表情を浮かべた。
それから数時間。日が暮れ始めたころ、二人がこっちを向いて手招きをしている。
「行っておいで。」
望月さんに背中を押される。心臓がうるさい。緊張して鼓動が早くなる。
ドアを井上さんが開けてくれた。お礼を言い中へ入る。
「起動のさせ方、わかる?」
「はい。」
あの時と同じようにすればいいはず。横たわっている涼の頬に震える手でそっと触れる。
するといつの日か聞いた音と同じ、ピコンと言う音がした。
今度は逃げずに頬に触れたまま涼の顔を見つめる。ゆっくりと彼の目が開かれた。
「…涼?」
震える声で名前を呼ぶ。それに反応するかのようにこちらに顔を向けた。もしかして覚えているのかと期待したが、じっとこちらをみつめるだけで反応がない。
やはり記憶はなくなってしまったのだろうか。
「何か話してみて。」
佐藤さんがアドバイスをくれた。何かって何を話せばいいのだろう。
「えっと、その…」
だめだ、何を話せばいいかわからない。佐藤さんたちの方をちらりと見る。
二人はジェスチャーで喋って!と言っている。
かと思ったら後ろ見て!と言うように私の後ろを指さしている。
「…唯。」
ずっと聞きたかった声で名前を呼ばれた。はじかれるように二人から涼に視線をうつす。「…涼?」
「おはよう。唯。」
上半身を起こしている涼に勢いよく抱き着く。
涼は私の背中と頭に手を回し、優しく、でも力強く抱きしめてくれた。
「おはよう、おはよう涼。」
次々と流れる涙を無視してひたすら涼に抱き着いていた。後ろで「よかった。」と言う声が聞こえた。
お礼を言わないといけないのだが、もう少しだけこうさせてほしい。
涙が収まるまでずっと涼は頭を撫でていてくれた。
「落ち着いた?」
「うん。」
「よかった。」
涼の腕から離れる。でも手はつないだまま。
「お礼言わなくちゃ。涼、立てる?」
「大丈夫。行こう。」
手をつないだまま部屋を出る。ずっと待っていてくれていた三人の前に行く。
「本当にありがとうございました。」
深々と頭を下げる。
「記憶とか全部大丈夫みたいだね、安心したよ。」
「本当によかった。」
「唯ちゃん後で目、冷やしましょうね。」
優しく答えてくれる三人にまた泣きそうになる。
「この人たちが俺を?」
「そう。この人たちが協力してくれたの。」
「ありがとうございました。また唯に会うことが出来ました。」
涼も深々と頭を下げる。私ももう一度一緒に頭を下げた。
「いいよいいよ。本当によかった。」
「お祝いしなきゃ。みんなでパーッと行きますか!」
「おっ、望月のおごりか?」
「おごりませんよ。少なくとも佐藤の分は絶対に。」
「…いい人たちだな。」
涼は言い合いをしている佐藤さん達と、それを静かに見守る井上さんを眺めながら目を細めた。
「うん、本当に。」
ここまで読んでいただきありがとうございました。
次回で最終回です。




