第六話 嵐の前の
次の日。涼と釣り道具の掃除をしていた時だった。
―プルルルル
突然鳴り響いた電話。一度道具を置き電話のある方へ向かう。
「もしもし。」
「あっ、唯ちゃん?栂野です。今平気?」
「栂野さん!はい、大丈夫です。どうされたんですか?」
「この前言っていた資料、やっぱりどこかにあったりしなかったかなって思って。」
この間のメールの返事は来なかったが、ちゃんと読んでくれていたのだと一安心する。あれから他のところも探したのだがやっぱり出てこなかった。そのことを連絡するのを忘れていた。
「唯ちゃん?もしもし?」
「あっごめんなさい、資料ですよね、えっと他のところも探してみたんですけど…ごめんなさいそれらしき ものはなかったです。」
他の場所の遺品整理をしていてもそれらしいものは出てこなかったのは事実なので、忘れていたことは伏せて栂野さんに伝えた。
「…本当?本当に出てこなかったの?おかしいな、必ずあると思うんだ。もう一度さがしてくれるかな?」
結構探したつもりなのだが…そう思いながらも
「えっと、わかりました。もう一度探してみます。」
「申し訳ないんだけど、少し急ぎ目でお願いできるかな?時間があまりなくてね。」
「わかりました、今日探してみます。」
そう言うと、よろしくと言うや否や電話を切った栂野さん。
資料探しをしてほしいと言われた時から思っていたのだが、この件になるとなんだか栂野さんがすごく怖い人に感じる。
普段の彼はそんなことはなく優しい人なので、余程この資料が大事で見つからなくて焦っているのか、それとも私の気のせいなのか。
とにかくもう一度探して見ることにしよう。
涼は今夕飯の買い出しに出かけているため一人で書斎に入る。前に私が倒した資料のビルはきれいに片付けられている。
知らない間に涼がやってくれていたようだ。
「黒い封筒だったよね。」
前に見たところをもう一度見て、本棚の隅から隅まで見たのだがやはりそれらしいものは見つからない。
「あっ、もしかして。」
一つ思い当たる場所があった。記憶を引き起こしながらスイッチの本の場所へ向かう。
あとはここしかないだろう。しばらく降りていなかった階段を下り扉をゆっくりと開ける。
そこは私が涼と初めて会った場所。秘密の研究所。
コードがたくさんあって歩きにくい。転ばないように慎重に進みながら目的のものを探す。机の上、棚の中、どこにもない。
やっぱりお父さんは持っていなかったのではないか。あきらめて部屋を出ようとしたとき。
扉の横の壁をよく見ると、一部色が違う場所があった。近づいてみると一部だけ新しく張り替えたかのように色が違っている。
不思議に思い壁をノックしてみる。探偵ものの映画で壁の中を調べる時にこうやっていた気がする。
―コンコン、コンコン。
まわりをノックしてみると、色が違う部分だけ他のところに比べて音が違う。
ここに何かある。壁紙をはがそうと試みたがうまくいかない。
「もうっ!」
壁にパンチして八つ当たりをした。するとパンチした部分にベコリと穴が開いてしまった。
―私ってこんな怪力だっけ…
若干のショックを受けながらも穴の中を恐る恐るのぞく。ネズミとかいたらどうしようかと思ったが、その心配は無用だった。
あったのは一枚の封筒だけ。取り出してみるとそれは探していた黒い封筒だった。
「こんなところにあったのか、でもなんで壁の中なんかに…」
なぜわざわざ壁に穴を開け隠していたのか。この中身は一体何なんだ。
栂野さんには中身は見るなと言われていたが、お父さんがここまでして隠した理由が知りたくてゆっくりと封筒のヒモを解き中の資料を取りだした。
【SECRET】と書かれた表紙。一枚目をめくった。
そこに書いてあったのは
「…軍事用アンドロイドの開発?」
軍事用と言うことは、戦争の時に使うつもりのものなのだろう。人間の代わりに戦うのだろうか。
なぜそんな物騒な開発を?訳がわからず、次のページへ進む。息をのんだ。
「…涼?」
そこに書いてあったのは涼と瓜二つのアンドロイドのイラストと【軍事用アンドロイドKI999】と言う文字だった。
KI999とは間違いなく涼の事だ。涼と名前を決めるまで自分でそう呼んでいた。どういうことなのだろう。お父さんは私の寂しさを紛らわすために作ったと言っていた。
でもこの資料によれば涼は軍事用アンドロイドだったらしい。
信じられない、涼が軍事用?もっと詳しく知りたくて資料をめくる。どうやら涼は完成間近だったらしい。しばらく読み進めていくと、お父さんが書いたであろうメモのようなものが出てきた。
【軍事用アンドロイドは開発されるべきではなかった。これが完成すれば私たちは一躍有名になり、大金も入ってくるだろう。
だが、研究を進めていった結果、KI999は変異する可能性が出てきた。戦闘プログラムの中に入っている データの一つに感情プログラムがあることが分かった。
必ずと言うわけではないが、何かきっかけがあればプログラムのロックは解除され、自我が芽生えるかも しれない。
もしそうなって人間の敵になったら間違いなく人類は滅びてしまうことだろう。
そうなる前に開発を中止しなくては。だがここまで完璧なアンドロイドを処分するのは惜しい。
これを完 成させたがっていた栂野には申し訳ないが、戦闘プログラムを消去し、人間に寄り添っていけ るアンドロイドを開発することにする。
きっと止められるだろうから内密に。この資料も栂野には渡してはいけない、アンドロイドが完成したら これも処分しなくては。】
自我が芽生えるということを変異と言うのか。涼はすでに自我が芽生えている。これによると戦闘プログラムと言うのは消去されているはず、なのに涼は変異している。
もしや戦闘プログラムは消されていないのではないだろうか。
私が男に襲われた時も、訓練された人間のような動き方をしていた。
「唯?どうした?」
急に声をかけられ驚いて隣を見ると、いつのまにか涼が立っていた。思わず資料を胸に抱き隠す。
だが意味がなかった。
「それは?資料?」
観念して資料を差し出す。彼はそれを受け取ると無言で読み進めていく。どんどん顔が険しくなっていく。
「…これ、栂野って人が探していた資料?」
「たぶん。内容は教えてもらえなかったけど、機密事項で黒い封筒に入っているって言っていたから。」
メモによると栂野さんはこの開発を完成させたがっていた。でもこれは完成させてはいけないもの。
「あいつに渡しちゃだめだ。燃やすか何かして捨てたほうがよさそうだ。」
「そうだよね。捨てて栂野さんにはなかったって言おう。」
ふと嫌な考えが頭をよぎった。
「涼のこと、栂野さんに知られたら?」
栂野さんはこの資料に目を通しているはず。となると涼の顔だって知っているだろう。
もし栂野さんと涼が出会ったら、開発のためだと連れて行かれるのではないか。
「…本来なら俺もこの資料と一緒に…」
「そんなのだめ!そんなこと絶対にさせない!」
涼の言葉を遮った。その先を聞きたくなくて。
「もう、大事な人は失いたくない。」
「…大丈夫、俺は唯の前からいなくなったりしない、絶対に。俺だって唯のそばにいたいんだ。」
涼は震える私を優しく抱きしめてくれた。私も涼の背中に手をまわす。
するといきなりインターホンが聞こえた。
インターホンのモニターを見ると、そこにいたのは栂野さんだった。
「涼、どこかに隠れて!絶対出てきちゃだめだからね。」
涼が隠れたことを確認すると、私はインターホンの受話器を取った。
「はい。」
「栂野です、唯ちゃんちょっと話があるんだけど。」
「すぐ開けます。」
緊張で口の中がカラカラになる。ドアの前で深呼吸をしてカギを開けた。
「お待たせしました。」
「急にごめんね、唯ちゃん、ここに男が来なかった?もしくは一緒にいない?」
まずい、もしかして涼の事がばれているのだろうか。
「…いや、ここには私一人しかいません。どうしてですか?」
できるだけ自然に。内心、心臓が口から飛び出そうなほど焦っていたが、ばれてはいけない。
必死に感情を押し殺した。
「さっき外で探している男にそっくりな人を見かけてね、この家の方角に向かっていたのが見えたからもし かしてと思って。」
さっきまで涼は買い物に出かけていた。そのときに見られていたのだろう。
「探している人ってどんな人なんですか?申し訳ないですが、私のところには誰も来ていませんよ。」
「開発に携わっている人だから、ここに来たのかと思ってね。本当にいない?嘘、ついてないよね?」
栂野さんはわかっているのだろう。涼が私のところにいるということを。
笑顔を浮かべているが目が笑っていない。
「本当です。最近はずっとお客さんは来ていませんよ。」
栂野さんから笑顔が消える。私の後ろ、部屋をちらりと見てから私に向き直ると
「そうか、もし見つけたら教えて。隠したりしたら大変なことになるよ。」
怖くて言葉が出なかった。そんな私を見てクスリと笑うと革靴の音を鳴らしながら去っていった。
ドアを閉めると足の力が抜けその場にしゃがみ込んだ。怖かった。体の震えが止まらない。
「唯!」
隠れていた涼が出てきて私をそっと抱きしめてくれた。どうしてこんなに涼の腕の中は落ち着くのだろう。
「どうしたらいいんだろう。」
「何かいい方法を考えなくちゃいけないな。」
どうしたらいいのか、上手く働かない頭で懸命に考える。
「…望月さん。」
「望月?誰だ?」
「お父さんに昔お世話になったっていう刑事さん。何かあったら連絡くれって言ってた。」
相談くらいはしてもいいだろう。そう思い電話をかけようと立ち上がった。
…つもりだったのだが足に上手く力が入らない。涼に支えてもらいながらなんとか携帯を手に取り、教えてもらった番号にかける。
電話特有の呼び出し音が鳴る。3コール目が鳴った時プツリと音がした。
「はい、望月です。」
「あの、柊唯です。いきなりごめんなさい。」
「唯ちゃん?どうしたの?何かあった?」
「少し困ったことがあって、相談にのっていただけないでしょうか。」
「もちろんよ。じゃあ今日の夜、お家に伺ってもいいかしら?」
「はい、お忙しいのにごめんなさい。お待ちしています。」
望月さんとの電話を終え、涼と二人で夜になるのを待った。
―ピンポーン
チャイムが鳴った。インターホンのモニターを確認する。望月さんだ。急いでドアを開けた。
「すいません、突然。」
「いいのよ、連絡してくれて嬉しいわ。何があったの?」
彼女をリビングに通し、私は今までの出来事を全て彼女に話した。
「なんだか現実味がないわね。でそのアンドロイドと資料はどこに?」
「涼、こっちに来て。」
念のため涼には別室で待機してもらっていたのでこちらへ呼ぶ。
資料をもって涼がこっちに来た。
「初めまして望月さん。涼と言います。」
「これがアンドロイド?人間にしか見えないわね。」
彼女は涼に近寄り「失礼」と言うと腕や頬をペタペタと触り始めた。
その光景に少し胸がざわついたのには気づかなかったことにしよう。
望月さんは一通り涼を観察し終えたあと、今度は資料に目を通した。
パラパラとめくっていたが、内容が難しかったのだろう、眉間にしわをよせそっと資料を閉じた。
「なるほど、なんとなく状況は把握できたわ。ただ何もされていない以上、警察は動くことが出来ない。でも、できる限りのことはするから安心して。」
「ありがとうございます。すいません巻き込んでしまって。」
正直この件をあまり知らない人に話すのはどうかと思ったが、この人なら大丈夫そうだ。
「頼ってくれて嬉しいわ。もし向こうがなにかして来たらすぐに連絡をちょうだい。常に出られるようにしておくから。それと、一応この資料は残しておいて。」
「わかりました。」
資料を残しておくのは不安だが今は彼女の言う通りにしよう。
「それじゃあ帰るわね。常に携帯は持っておくこと。それと涼さん、彼女の手を離さないようにね。」
「わかっています。」
そういうと涼は私の手を握ってきた。今じゃないと思うんだけど。その様子を見た望月さんは大きく頷くとヒールの音を鳴らしながら帰っていった。
「いい人だね、望月さん。」
こんな非現実的な話をしても、アンドロイドの涼を見ても、否定はしなかった。むしろ協力してくれると言ってくれた。
不安はなくならないが味方が出来たことに少し安堵した。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
大波乱の予感…
次回へ続きます。




