第五話 平和な日々
あれから3日がたった。殴られた頬も足も痛みはほとんどなくなった。
「涼、お出かけしない?」
「けがの具合は大丈夫なの?」
「うん、こんないい天気なんだから、お出かけしないともったいないよ!」
安静にしておけと涼に言われ、しばらく家でゆっくりしていたが、こんな散歩に最適な天気の日に家にいるなんて我慢できない。
「あまり無理しないようにね。でどこ行くの?」
「大丈夫。涼はどこか行きたいところある?」
涼はこの街から出たことがない。せっかくなので涼に意見を聞く。
涼は少し悩んだ後、ちらりとこちらを見て
「…海。釣りしてみたい。」
予想の斜め上をいく返答だった。釣りに興味を持っていたなんて知らなかった。
「じゃあ決まり。海行こう。釣り竿あったはずだから持ってくるね。」
押入れに眠っている釣り竿を引っ張りだしてきて使えるかどうか確認する。なんとか使えそうだ。
必要なものを持って家を出る。釣りなんて何年ぶりだろう。
昔はよくお父さんと一緒に行っていたが、ここ何年かは行った記憶がない。
久々にワクワクしていると涼に笑われた。
海へ向かうために電車に乗る。お父さんが死んでから遠出していなかったため電車に乗るのも久しぶりだ。車内には数人しか乗っておらず、海に近づくにつれてどんどん人は減っていき、ついには私たち二人だけになった。
ガタンゴトンと電車が揺れる音がする。長いトンネルを抜けると窓一面に海が広がった。
涼は小さな子どものように窓に張り付き海を眺めていた。心なしか目がキラキラしているような気がする。
「次の駅で降りるよ。」
電車に揺られること一時間ちょっと。
目的地の海に着いた。電車を降りると海の香りが鼻をくすぐる。
防波堤のある場所に向かい釣りの準備をする。涼はその様子を真横で見ている。
「やってみる?」
「いいの?」
覚えておいて損はないだろうと思いまだ準備できていない方の釣り竿を差し出した。
「この糸をこの輪っかに通して引っ張るんだよ。」
手元を見せながらできるだけわかりやすいように教えていく。
「こうか?」
「すごい、完璧!」
涼は一度見ただけでいとも簡単にやってしまった。
防波堤座り釣り糸を垂らす。海の音とカモメの鳴く音が聞こえる。のんびりと時間が流れていく。
ちらりと涼を見ると真剣に釣り糸を見ていた。
「今日はなんで釣りに行きたいって思ったの?」
「…やってみたかったんだ。」
「釣りを?」
「唯と竜一さんが好きって言っていただろ?だからどんなものか気になって。」
そういえば遺品整理をしているとき、私とお父さんが釣りをしている写真を見ていたときそんな話をした気がする。
一人納得していると
「やっぱり辛かった?」
「え?」
「難しそうな顔してたから。竜一さんの事思い出したかなって。」
「あぁごめんそうじゃないよ。確かにお父さんのことも思い出したけど、辛いって感じじゃないし。久々に 来られて嬉しかった。」
「そっか、ならよかった。」
ずっと気にしていてくれたのか、涼は安心したように笑顔を見せた。
それから数分、二人でぼーっと釣りをしていると涼の竿がグンとひかれた。
「涼!引いてるよ!」
涼の竿に何かヒットしたらしい。ワタワタする涼を見て笑いそうになる。
「ど、どうすればいい?」
「落ち着いてゆっくり巻いていってみて。」
糸を巻いていると海面にきらりと光る魚影が見えた。
「釣れた!」
涼の竿にヒットしたのは大きめのアジだった。
「すごい!おめでとう!」
「あっ、唯の竿も引いてるんじゃ?」
「本当だ!私にもきた!」
糸を巻いていってみると
「あ、同じ?」
「だね、アジだ。」
涼より一回り小さいアジが釣れた。
「これ、今日の晩御飯にしようか。」
「俺、塩焼きがいいな。」
「そうだね、そうしよう。あっせっかくだから写真撮ろ!」
携帯を取り出しカメラを起動する。
「魚を体より前に持っていくとより大きく見えるよ。」
二人でアジをグイッと前に出しシャッターを押す。
「撮れた?」
二人で写真を確認する。そこには楽しそうにとびきりの笑顔で写る二人の姿が綺麗に写っていた。
「いい感じ。帰ったらリビングに飾ろうか。」
「いいねそれ。そうしよう。」
携帯をポケットにしまい、再び釣り糸を海に垂らした。
他愛ない話をしながら釣りをしているといつの間にか日が傾き始めようとしていた。
「そろそろ帰ろうか。」
釣り竿を片付け防波堤を引き上げる。
「唯、見て。」
そう言われ涼が指さす方に目を向けると
「…うわぁ。」
そこには真っ赤な太陽が海へと沈んでいくところだった。いつも青く輝いている海が真っ赤に燃えていた。今まで見た中で一番綺麗な夕日だった。
「…帰ろうか。」
「うん。ねえ、手…つないでもいい?」
「いいけど、どうした?」
「お父さんと来たときはいつも手をつないで帰っていたから。」
「なるほど、ほら。」
差し出された手をゆっくりと握り、今度こそ私たちは家へと向かった。
家に着いたのは19時を過ぎたころだった。急いで晩御飯の準備をしなくては。
「ただいま。」
「おかえり。」
「涼も一緒に帰ってきたのに。」
「いいの。言いたかったから。」
「じゃあ私も。涼、おかえり。」
「…あぁ、ただいま。」
こんな何気ない会話をして笑いあえる事に幸せを感じた。
晩御飯は言っていた通りアジの塩焼きにした。
あとは白いご飯と簡単にほうれん草のおひたしと大根と油揚げの味噌汁を作った。
立派な和食の完成だ。アジもふっくら美味しそうに焼けた。
「お待たせ、食べよう。」
「うわ、美味しそうだ。」
手を合わせ「いただきます」をする。涼は一番にアジに手をつけた。
ホロリと柔らかそうな身が口に運ばれていく。
「どう?自分で釣った魚の味は。」
「めちゃくちゃ美味しい。なんだこれ。」
涼はパクパクと食べ進めていく。顔が幸せそうだ。私も一口アジを口に運ぶ。
「本当だ、美味しい!ふわふわだね。」
「また行こう、釣り。」
「そうだね、絶対また行こう。約束。」
「うん、約束。」
夕食後、私はさっき撮った写真を印刷した。使っていない写真たてに入れ、リビングのタンスの上に飾る。そこには家族の写真が何枚か飾ってある。そこに涼の写真も追加された事になんだか嬉しくなる。
「飾ったんだ。いい感じ。」
「でしょ。また写真撮ろうね。」
涼と出会ってから写真を撮っていなかったことに気が付いた。これから増やしていこうと決めた。
ここまでよんでいただきありがとうございました。
今回はほんわかとした二人の生活。
次回は…?
次回へ続きます。




