5話 ‐ そして、なりそこない勇者は旅に出る
「それで、だ。カナタよ、其方はこれからどうしたい?」
「どうって……?」
ハヤトからの唐突であやふやな質問に、オレは思わず聞き返してしまった。
「ああ、言葉足らずですまないな。カナタには『従魔を育てる』という使命があるわけだが……それ以外に関して其方は自由だ。この城で暮らすも良い。護衛や従魔を引き連れ旅するも良い。我はこの国の王として、そして其方の友として、望んで進む道に最大限の援助を約束しよう」
そういう意味か、とオレは頭を抱える。
「ん~……。考えてなかったなぁ」
というか、ここまでのゴタゴタで今後のことを考える暇なんて何処にも無かっただろう。
そうだなぁ、やること、やりたいこと……。
「やっぱオレには、牧場生活しか考えられんなぁ。それが一番面白いだろうしな」
「『牧場』とは?」
「えっ、もしかして、エルリオンには畜産文化が無いのか……!?」
驚きの新事実に目を丸くしながら、オレはハヤトに牧場とは、畜産とは何かを簡単に説明する。
オレの言葉に、ハヤトだけでなくこの場に集った国の重役達が皆真剣に聞き入っている。時折「なるほど……」「そんな方法が……」などと呟きが耳に入る。
そして説明を終えると、ハヤトは宰相さんと二言三言言葉を交わし、そしてふぅ~っとため息をついてからオレに改めて向き直った。
「なるほど……な。このエルリオンには、カナタの言う『ウシ』や『ブタ』のような生物はいない。この世界の食肉といえば、ハンターや冒険者が狩猟してくるダッシュボアなど、魔獣の肉が全てだ。とても人の手で育成など出来るものではない……。しかし……品種改良と『生命の牧場』……。うむ、実に面白い! カナタよ、その『ボクジョウ』とやらを造るがよい! 先にも言った通り、資金ならいくらでも出そう!」
「お、おう……」
軽い気持ちで話したら、随分と牧場の話に喰いつかれてしまったようだ。しかしオレにとっては願ったりかなったりだ。
「そうだな……。じゃあお言葉に甘えるとして、先ずは土地を用意してもらいたいな。緑豊かで水場もあって……、広大な土地があるといいな」
「ふむ……」
ハヤトは少々考え込む素振りを見せ、そして何かを思いついたようにポンと手を叩く。
「この首都コウヅキより東へ行ったところに、ミズホという街がある。国土の東西南北にそれぞれ存在する『ヤマト五大都市』の一つに数えられてはいるが、他の都市と比べて何もない街だ。だが自然が豊かで農業が盛んなのどかなところだ。話を聞く限り、ボクジョウを造るにはピッタリの場所だろう」
畜産は無いのに農耕は普通にあるんかとツッコミたい気持ちを心の底で押さえながら、オレはウンウンと頷く。
「是非ともそのボクジョウで、ミズホの街を発展させてくれ! そうだな、カエデよ。其方も行ってくるがよい」
「ええっ!? 私もですか!?」
ここで突然、空気と化していたカエデにも話が飛び火する。意表を突かれたカエデは正座のままビョンと飛び上がる。どうやってんだソレ。
「『女神の加護』の儀式での失態の責任をどう取らせようか悩んでいたが……これは丁度いい。其方はミズホに左遷とする。カナタと共に行ってくるとよい」
「そ、そんな……」
カッカッと笑っていうハヤトに対し、カエデはガックリと肩を落とす。
そんなにオレと行くのが嫌なのかよ……と恨みがましく視線を送ると、それに気付いて視線の意図を察したカエデはワタワタと両手を振った。
「あ! いえ、別にカナタ様と行くのが嫌という訳じゃないんですよ!? というより寧ろ……じゃなくて! 左遷ということは、もう私は宮廷魔術師では居られないということですよね……。私、クビってことですよね……」
なるほどな。カエデが落胆したのは、これまで積み上げてきた努力を積み重ねて手に入れた立場を失うことだったのか。
所詮高校生のオレにはわからないが、縦社会での更迭処分ってのはキツいものがあるのだろう。
特に彼女は公家……お偉い家の長女であると言っていた。家の看板を背負う者として、オレの想像以上に重たい意味合いがあるのかもしれない。
だがハヤトはそれに対し、無情にもハァ……とため息をつき、フルフルと首を横に振る。
「カエデよ、考えてもみよ。カナタは『生命の牧場』に活路を見出せる可能性が残っているから良いものの、本来であれば召喚儀式での失敗は国家の、いや、世界の存亡に関わる大問題であるのだ。これでも十分に罰の内容について譲渡した方だと我は思うのだが、それでも其方は不服であるのか? それとも……こうするのが望みであるか?」
ハヤトは右手に持った扇子をパチンと閉じ、それを自身の首元にトントンと当てるジェスチャーを見せる。
それを見たカエデは「ヒイッ!?」と悲鳴を上げ、顔を真っ青にしてガクガクと震えている。
それを見たハヤトは……あっ、口元が笑ってる。これ揶揄ってるだけだ……。
後でハヤト本人から聞いた話なのだが、カエデとハヤトは身分こそ違えど幼馴染であるらしく、ハヤトは彼女の性格をわかっててやったらしい。
当然、本当に首を物理的に飛ばすつもりなど毛頭もなかったわけだが、罰について譲渡したのは本当だったようだ。曰く「取り返しのつかない事態に陥っていたら、首が飛ぶだけでは済まされなかっただろう」とのこと。彼女を王都コウヅキに残したら、彼女の失態をネタにその足を引っ張ろうとする輩が必ず現れるはずだ。そうなる前に、適当な理由をつけて政治的な攻撃から逃がしてやろうというハヤトなりの配慮であったようだ。
しかしこの時点ではそんな意図に気付く余裕などとても無いカエデは、彼の冗談を真に受けてしまい、
「う、あうぅ……。申し訳ございません。喜んでお役目受けさせていただきます……」
と何も言い返せずに受け入れるしかなかった。
「カエデ・ワタツキの処分に関して不服のあるものは誰かおるか?」
ハヤトはこの場に並ぶ重鎮たちに向けて言い放つが、彼の決定に異議を唱えようとする者は誰も居なかった。実はこの期にワタツキ家の没落を目論んでいた者がいない訳ではなかったのだが、その者はハヤトの意図を明確に察していた。それ故に異議申し立てなど出来るはずがなかった。
そういった水面下の攻防を制したハヤトは満足気に頷く。
「良いのか? 嫌がってるように見えるが、無理やり連れてっても……」
「良い良い。そのほうが面白そうであるからな。我もカナタに影響されたのかもしれん」
「面白いって……まぁいっか」
オレが聞くと、ハヤトはニヤニヤと、なんとも愉快そうに笑ってみせた。そんなハヤトに対し、オレもは苦笑いすることしかできなかった。
宰相さんは呆れたようにため息をつき、カエデは口から魂が出たままであった。
こうして皆が終始ハヤトに振り回されっぱなしのまま謁見は終わった。
案外、この国王サマが一番の自由人だったのかもしれないな。
是非、作品評価をポチっとお願いします!