4話 - 『生命の牧場』に秘められた可能性
予定では1話で終わるはずだった内容が改訂によって大幅に増量されたため、2話に分割することにしました。
これにより今後の投稿時間と第一章の話数が変動します。
投稿時刻は午前10時から夜(18時~24時)の手動更新に変更。
第一章の話数は全9話から全10話に変更となります。
今後とも「前向き百姓」をよろしくお願いします。
場所は変わり、王城。
今回の勇者召喚の事件における報告のため、俺とカエデは国王の元に出頭していた。
ちなみにだが、俺の召喚や『女神の加護』の儀式を行った場所はワタツキ家の屋敷の一室であり、王都の中央にある王城とはほど近い場所にある。
王城は西洋風の城ではなく、見た目は修学旅行で見た姫路城のような日本式の城郭であった。この城……コウヅキ城は建国期から現存するものらしく、初代勇者ツバサ・ハツヅキの熱い拘りが感じられる出来栄えであった。が、内部は時代感をぶち壊すような調度品や魔法具も設置されており、なんとも中途半端な内装となってしまっていた。
俺の記憶にある日本の城郭とは違い、内部は圧迫感を感じない程度には広く、居住性は高そうな造りになっている。きっと外見こそ日本の城を参考に拘り抜いた設計をしたものの、内部は再現度よりも実用性を重視した結果なのだろう。
城内で見かける人々も、和風のサムライさんや女中さんもいれば、思いっきり西洋風の騎士さんやメイドさんもいる。なんとも不思議なファンタジー空間である。
「なぁ、なんかすごく雰囲気が重苦しいんだが……」
「えぇ……。それは、まぁ……」
王城の廊下をキョロキョロと見回しながら歩く俺と、どんよりとした顔でトボトボと歩くカエデは、先導する無表情なメイドさんの後ろをついていく。
時折廊下ですれ違う人々は、俺とカエデに対して憐みと同情のような、そんな表情を向けてくる。
それは異世界に連れてこられた俺に対する同情……ではなく、俺の隣を歩くカエデに対して向けられているようであった。
そんなこんなで、城の最上階にある王の間の入口の前へ辿り着く。
「ところで、謁見の作法とか全然知らないぞ?」
ド田舎の高校生に過ぎない俺には、精々高校受験の面接試験における作法程度の知識しか持ち合わせていない。ぶっちゃけそれすらも若干不安なくらいだ。
「大丈夫です。最低限の礼儀さえ守って頂ければ、謁見の作法として問題はありません」
メイドさんは変わらず無表情で、俺に細かい作法等を簡単に教えてくれた。特段難しい作法などは無くて安心だ。
「それでは行きましょうか。『宮廷魔術師 カエデ・ワタツキ』入ります!」
カエデは襖の向こうに向かって大きな声で告げる。すると「よい、入れ―――」と若い男性の声が聞こえてきた。
◇◇◇
「―――面を上げてくれ」
その言葉に、俺たちは顔を上げる。
正に豪華絢爛と言うべき贅沢できらびやかな装飾が施された王の間には、この国の重鎮たちがズラっと並び、俺らが座る正面には、ヤマトノ国の国王・月詠 勇人がこちらを見つめていた。
「はじめまして。"ニホン"からの来訪者カナタ・スクモ殿。私が国王ハヤト・ツクヨミだ。挨拶が遅れてしまったことと、このような事態に巻き込んでしまったことを申し訳なく思う」
そう言って、国王ハヤトは俺に対して頭を下げた。「国王様が頭を下げられては……」と、一歩後方に並び立つ大臣っぽい人が慌てて国王を止めようとする。国のトップたる者が所詮ただの百姓に過ぎない俺に頭を下げるのは色々と難しい政治的問題があるのだと思うのだが、ハヤトはその制止を聞きもせず、
「彼は我が国の民ではない。我を敬う義務などないのだ。そして彼は我が国が一方的に巻き込んだ被害者なのだ。我が率先して頭を下げずして、どう礼儀を尽くそうというのか」
と、逆に宰相を言いくるめてしまった。ぐうの音も出ない宰相ら重鎮一同は、ぐぬぬという声が聞こえてきそうな顔をしながらも、百姓と言う身分のオレに対して一斉に頭を下げた。
「(なんとも……近年稀に見るくらいの好青年だ)」
それが、俺が国王に対して抱いたファーストインプレッションだ。
聞いた話によれば、国王ハヤト・ツクヨミは20歳独身、引退した前国王であり父の後を継いだばかりの若き新国王なのだそうだ。爽やかなショートの茶髪に、同じ男として比べる気にもならない程に整った西洋人のハーフっぽい顔立ち、細マッチョと言うべきスラッとした体格である。
「(ゲームの主人公かよッ!!)」
とツッコミを入れたくなるような完璧プロポーションに、国王という立場ながらに傲慢さが全く感じられず、寧ろ礼儀正しく誠実な名君といった印象を持たせる、完璧超人なのだ。
「いえ、気にしないでください。こちらこそ初めまして、ハヤト様。朱雲 夏向です」
「ハヤトでよい。重ねて言うが、其方は異世界の客人。我を敬う必要などない存在なのだ。気楽に呼んで欲しい」
「わかり……いや、わかった。ハヤト」
俺がそう言うと、ハヤトは嬉しそうに頷いた。
「さて、では我が友カナタよ。早速だが本題に入らせてもらうとするぞ」
そういうと、ハヤトは淡々と話し始めた。
「此度の召喚儀式についての話は詳しく聞かせてもらった。我が忠臣、宮廷魔術師カエデの失態ではあるが……不幸な事故であったと言えるだろう」
俯いていたカエデがビクンっと肩を震わせる。
「カエデからも聞かされているとは思うが、本来であれば、このエルリオンの世界を救ってもらうため、勇者の称号を手にしたカナタには魔王討伐の旅に出てもらう予定であった……。だが、知っての通り『百姓』は最弱職だ。都市の外には人を襲う魔獣も出没する。例えカナタが旅に出たいと言おうと……魔王と戦うどころか、そこらの魔獣とも戦う力を持たず、強くなることも出来ない者を送り出すわけにはいかぬのだ」
オレは頷く。正直に言えば、勇者として呼び出されたからには、ちゃんとその使命を全うしたいという思いはある。しかしそれを成す力が今のオレには無いのが事実だ。戦う能力も無いオレに危険な旅なんて出来るわけがないことくらいはわかる。
「だが僥倖。そんなカナタでも勇者のように、いや、勇者以上の力を手に入れられる可能性があるのだ。それがカナタのスキル『生命の牧場』なのだ」
「『生命の牧場』? あぁ、あの従魔を生み出せるっていうヤツか」
オレはステータスカードに刻まれた自分のスキルを思い出す。
確かに『生命の牧場』というスキルがオレの専用スキルとして、女神の儀式の際に追加されていた。オレはそのスキルを精々愛玩用のペットを生み出せる程度のものだとしか考えてなかった。
「実は、過去に魔王を討伐した勇者の中にも、名称こそ違うが似たようなスキルを持つ者が居たのだ。宰相、例の物を」
そういってハヤトが促すと、宰相さんが一枚の資料をオレに渡してきたので、その資料に目を通す。そこに書かれていたのは、一人の森人族の女性の情報であった。
「彼女の名前はエクセリア・ハツヅキ。初代勇者ツバサ様の血を継いだ一族の一人で、見事に魔王討伐を成し遂げられた歴代勇者の一人であります」
ふむ、この人がカエデの言っていた「勇者」を受け継いだ者の一人、つまりオレの先輩にあたる人だったってことか。
宰相さんは説明を続ける。
「彼女に与えられた専用スキルは『双刃の誓い』。名前だけではわかりにくいですが、2体の従魔を生み出し、それを従えさせるスキルであると言われています。エクセリア様はこのスキルによって生み出した従魔……不死鳥のアルバシエル様と神狼のウェスペルナ様と言い……」
「ん゛ん゛っ゛!!」
「ど、どうかされましたか? スクモ様」
「あ、いや……気にしないでください」
「そうですか……? では話を戻しますが、エクセリア様に付き従い見事に魔王を討伐されたアルバシエル様とウェスペルナ様は、主人であるエクセリア様の亡き現在も、それぞれ空の守り神、森の守り神として我らをお守りくださっていると言われています」
説明を終えた宰相さんが一例して下がる。そして再びハヤトが話を続ける。
「このように、勇者エクセリアの『双刃の誓い』と、カナタの『生命の牧場』は、従魔を生み出すという効果の共通点があることから、もしかしたら『幻獣』クラスの従魔を生み出せる可能性があるのではないかと我々は考えたのだ」
「『幻獣』?」
初めて聞くワードにオレは首を傾げる。
「『幻獣』というのは、魔獣の中でも特に希少で幻とも言われる種類のことだ。例外もあるが……総じて強大な能力を持っている場合が多い。勇者エクセリアが使役した不死鳥、神狼は勿論、それ以外では『生ける大陸』の別名で知られる空鯨や、人化スキルと高い知能で人間社会に紛れ込むため発見が困難な九尾の狐などが該当するな」
「なるほど……。オレが、そんな魔獣を生み出せる可能性があるってことか」
「うむ、確実ではないが、カナタには勇者としての素質があったのだ。きっと出来るだろう」
「……そして、オレが育てた従魔に、代わりに魔王討伐をさせようということか?」
その言葉にハヤトは表情を曇らせる。
「……率直に言えばそうだ。すまない」
どうやら図星のようだ。オレが戦力として役に立たないから、スキルから生まれる従魔を代わりの戦力として魔王討伐に利用させろということだろう。ハヤトはその目論見を認めた上で素直に謝罪した。それに対するオレの回答は……。
「ああ、いいよ」
「……いいのか?」
「元々、魔王討伐はオレに課せられた使命だからな。正直言うと、何もできない歯痒さは感じていたんだ。だからオレのスキルを魔王討伐の為に役立てることには何の文句も無い。だけど……一つだけ約束してほしいことがあるんだ」
「うむ、聞こう」
「生まれてくる従魔は、一つの生き物なんだろう? ならば彼らにも意思があるはずだ。だから……彼らを魔王と戦わせるかどうかは、彼らの意思を一番に尊重してやってほしい。決して無理やり戦地に立たせることだけは無いように……それだけはお願いしたいんだ」
「相分かった、必ず答えよう。カナタは優しいのだな」
「まぁ優しいというか……、畜産農家の教えみたいなもんだな」
『我らは動物に生かされていることを忘れるな。牧場は動物無くては成り立たぬ』というのは、父が祖父から受け継いで口癖のように語る格言の一つだ。
牧場は動物を育てるのと同時に、彼らによって得られる収入により、また牧場も育てられているのだ。だから決して動物を蔑ろにしてはいけない。例え世界が変わったって、その教えだけは絶対に曲げるつもりはない。
「ま、そんなトコだ。どちらにしても従魔を育ててみないことには何もわからないから、時間はかかりそうだけどな」
「勿論だ。幸い魔王が発生すると予想される刻まではまだ時間がある。急を要することはない」
オレが肩を竦めると、ハヤトはニコリと笑って言った。