3話 - おお 勇者よ! なくしてしまうとは なさけない!
「さて、それではいよいよ、『女神の加護』を与える儀式を始めていきましょう!」
カエデは床に魔法陣を描き、その中央に俺を座らせる。
「『女神の加護』?」
「勇者たる資格を持つ者に、それに相応しきステータスを書き換える儀式のことですよ。まぁぶっちゃけると、女神様が実際に加護を授けてくれるわけではないんですけどね」
おい、そんなメタなこと言っていいのかよ。
「この世界の神仏信仰は、初代勇者のツバサ様の時代に廃れてしまったんですよ。ツバサ様は『神や仏よりも、己を信じよ』という信念を掲げて魔王を討伐しました。無宗教で現実主義だったツバサ様は、自身の力のみで数々の壁を打ち破っていたので、それに民衆も感化されてすっかり女神エルファリオンを信仰する人は減ってしまったんですね……」
「じゃあ、『女神の加護』なんて名前がついているのは?」
「昔からそういう名前だからというのもありますが、特に理由はないです。強いて言うなら雰囲気です」
「雰囲気」
それでいいのか、まだ見ぬ女神エルファリオンとやらよ。
なんと自由な儀式なのだろうか。ちょっと不安になってくるぞコレ。
曰く「女神の加護」の儀式というのは、歴代の勇者たちの経験をもとに、新米勇者の旅立ちに必要であろう特定の称号やスキルを付与する儀式であるという。
現代風に言えば、オレというハードウェアに「新米勇者スターターキット」というソフトウェアをインストールするようなものだと考えてくれればいいようだ。
えらい事務的な儀式で調子を崩される思いだが、もうツッコまないぞ。
そうこうしているうちにカエデは魔法陣の準備を終え、呪文詠唱の準備を始める。
ちなみに、儀式前にオレのステータスを覗いてみた結果がコレだ。
〇〇〇
名前: 朱雲 夏向
種族: 人族(異世界人) 年齢: 16歳 男
職業: 未登録
装備: 学生服
HP :E
MP :-
ATK :E
DEF :E
MDE :F
AGE :E
LUK :SS+
称号
『異世界人』 : 異世界から来ました。ようこそエルリオンへ。
『豪運』 : もはや運が良いどころの話ではない。ヤバい。
固定パッシブスキル
『前向き思考』 :ポジティブに生きるといいことあるよ。
スキル
なし
〇〇〇
やけに低くないか? と思ったが、今まで魔法の無い世界にいた上、職業による補正もない状態ならこんなものであるとカエデは言う。
むしろそんな状態でもLUKの値がSS+あるのを見られて「は……?」とドン引きされた。失礼な。
なんでも、能力値にSがあるだけでも超人と言っていいのに、初期値でSSなんて故障か改ざんが疑われるレベルであるという。更に称号「豪運」の効果でLUK値にプラス補正が掛かっているので、恐らく世界で一番幸運な生き物ではないかと言う。
確かに昔から運がやたら良いと思ってはいたが、ここまでだとは思わなかったな。
「さてさて、じゃあ早速ですが儀式を始めていきますよ。安心してください! 詠唱を間違えないようにカンペも用意してきましたから!」
カンペが必要なのかよ! 世界の一大事を救う儀式なんだろ!? それくらい覚えてこいよ!
「まぁまぁ、大丈夫ですって。これでも私は天才魔術師と呼ばれた女ですから! 大船に乗った気持ちでいてください!」
もはや不安しかねーよ! 泥舟に乗った気分だよ!
『ドジっ娘』とかいうスキルを持っているクセに、どうしてこうフラグにしか聞こえない発言がポンポンと出てくるのだろうか……。
「……まぁ、どうこう言ってもしかたねーな。よろしく頼むよ」
「はい、お任せください!」
カエデは自信たっぷりに頷いた。
どうしようもなく不安な気持ちに駆られながらも、オレは静かに座りながら、儀式の進行を見守るのであった。
◇◇◇
「―――我らを護りし女神よ、英雄達よ。新たなる異界の英雄の――――――」
予想に反して『女神の加護』の儀式は、滞りなく進行していた。
カエデもチラチラとカンペを横目で見ながらだが、特に遜色なく呪文を詠唱しているようだ。オレにはよくわからないが……。
それにしても、アレだな。カエデには悪いが、わけのわからない詠唱をひたすら聞いているだけというのは、思った以上に退屈だ。
例えるなら……そう、年始に神社に初詣に行った時に、延々とお経を聞かされるそれに近い。
「(……そろそろ終わらんものかなぁ)」
そう思い始めたころだった。恐らくソレに気づけたのは、暇を持て余して無駄に気を張っていたオレだけだっただろう。
「(……ん? 風?)」
部屋の内部は窓のない密室空間であったが、何故かほんの微かな違和感が肌を撫でるのを感じた。
何故か懐かしさを感じるような匂いを運んできたそよ風に、不思議な心地よさで鼻をなぞるのを感じる……その時である。
「―――魔王を討ち果たし、永劫の、平和と、安寧のため、剣を振るう――――――」
カエデの紡ぐ言葉が、何故か途切れ途切れになる。
彼女の表情を見ると、目を細めて鼻をムズムズとさせている。あれってもしかして……。
カエデの呪文を読む速度が段々と早くなって、明らかに焦り急いでいる様子が伺える。
周りの護衛騎士たちも彼女の様子に気づいたのか、顔を見合わせてワタワタと慌てだす。
「―――い、異世界より、来たりし、勇者に、ひっ、天の力をっ、ほっ」
全神経を鼻に集中させたカエデが、とても他人には見せていけないような壮絶な表情をしながら、懸命に我慢して詠唱を続ける。
束のようだったカンニングペーパーも、遂に最後の一枚に到達した!
「「「(頑張れ! あと少しだ! 耐えろ!!)」」」
皆の想いが1つになる! ハラハラしながら皆が見守る。
クライマックスのような緊張感に、儀式の間全体が包まれていた!
「---そっ、そして新しき勇者に、めが、女神のっ、慈悲を! はっ、はっ、果てなき、祝福をっ!」
魔法陣に光が収束し、あと少しで儀式は完了する。
だが、遂に限界は訪れた。
「はっ、はっ、はっ……」
「ハッッッッッックショォォォォォォォォォォン!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
「「「(ああああああああああああああっっ!!!!!!!!!!!!!!)」」」
決壊したダムから流れ出る濁流の如く、解き放たれた豪快なクシャミ。
それはカエデの懸命な我慢の甲斐も虚しく、無残にも儀式を台無しにする一撃であった。
「(うわっ!?)」
クシャミによって制御を失った魔法陣が魔力を暴発させ、オレを中心に描かれた魔法陣は強烈な光を放ち、オレたちは激しい閃光に一瞬で包まれた。
◇◇◇
「ど、どうしよう……やっちゃった……。やっちゃったよぉ……」
真っ青な顔でペタンと座り込み、アワアワとするカエデ。
それも仕方がない。結果として、最後の爆発のようなクシャミによって儀式は失敗したのだ。
それは儀式の直後に、オレのステータスの変化を確認したことで明らかになった。
〇〇〇
名前: 朱雲 夏向
種族: 人族(異世界人) 年齢: 16歳 男
職業: 百姓(なりそこない勇者)(固定)
装備: 学生服
HP :D
MP :E
ATK :E
DEF :E
MDE :E
AGE :E
LUK :SS+
称号
『豪運』 : もはや運が良いどころの話ではない。
『誘われし勇者』 : 異世界から来た勇者。職業『勇者』ならば能力補正大。
『■■』 : 詳細不明
固定パッシブスキル
『前向き思考』 : ポジティブに生きるといいことあるよ。
『女神の加護』 : 職業変更阻止。鑑定眼・闇属性耐性大付与。
『闇属性耐性・大』 : 闇属性の攻撃・魔法を大幅に軽減する。
スキル
『生命の牧場』 : 魔石と素材から従魔の卵を生み出すことができる。
『鑑定眼』 : 『鑑定』のスキルをその眼に宿す。
〇〇〇
正確に言うと、儀式は中途半端な形であるが成立していた。
称号『誘われし勇者』や、スキル『女神の加護』といったスキルはちゃんと習得出来ている。
『生命の牧場』という専用スキルも手に入れていた。詳細は不明だが、畜産農家の後継ぎで動物が大好きなオレにとってはピッタリのスキルだろうと思う。
だが、最後に魔力を暴発させてしまった結果、一番重用な職業設定でバグを起こしてしまったらしいのだ。
本来なら『勇者』の職業が与えられるはずであった職業欄には、『百姓』が収まっていた。
この『百姓』という職業はいわゆる『農民』みたいなもので、職業を決める際に何の適正の無かった者や、何らかの原因で職業を失ってしまった者に自動的に設定される、いうなれば『デフォルト職業』と言うべき、最底辺の通常職業であるのだ。
ステータス欄から察するとおり、戦闘力は皆無と言っていい。自衛用の短剣や短槍くらいなら装備できる『村人』と違い、『百姓』はそれらすらも装備出来ないという。
ならば職業を改めて上書きすれば良いだろう。と思うんだが、それを許さないのが『女神の加護』スキルだ。
このありがたい固定スキル『女神の加護』には、なんと職業を固定して変更出来なくする効果が付与されていたのだ!
なんでそんなに都合よくありがた迷惑な効果が付いているんだと問い詰めたが、カエデ曰く、過去に勇者の職業を変化させる呪いを扱う魔王が現れたことがあったらしく、勇者が窮地に追い込まれることがあったらしい。そういった妨害効果を未然に防ぐため、勇者という職業をありとあらゆる方法で変更出来なくする効果を加護に追加したらしいのだ。
なんとはた迷惑な女神だ! ……いや女神関係ないけど。
「どうせ勇者の職業を変えることなんてないじゃないですかー!」と言ってしまえばまぁそうだろうと思うが、よりにもよって最悪の形で効果が裏目に出てしまったのだ。
百姓となってしまったオレに魔王と戦える可能性など残されていないことは、この場にいる誰から見ても明白であった。
「うん……、どうしたもんかな」
異世界を救う勇者となるはずが、なんの変哲もない百姓になってしまったオレ。
ただのクシャミから巻き起こされたこの事件が、世界に激震をもたらす程の大事件に発展するとは思いもしていなかった。