翼の思い、主の想い
「「顕現!」」
暗闇から一転、殺風景な闘技場に投げ出された二人の人間の声が虚空に響き渡った。
二人が同じ鍵言を口にした瞬間、俺と相手の背後にいた人物が姿を変化させる。
俺の後ろにいた彼女ーーアレルシャ・アーシャ・アリスベルはその姿を黒き刀身へと変え、俺の手元へと顕現した。
目の前では深くローブを被った敵も同じく、自身の主を凍てつくような蒼い刺剣へと変化させている。
そしてこれから殺し合う目の前の敵は再び鍵言を口にした。
「天を断ち頂を穿つ者」
相手が続けて放ったその鍵言に、予想の範疇だったとはいえ驚愕してしまう。
「なっ!?使えるやつかよ!?」
自分が最初の賭けに負けたことにおもわず舌打ちを漏らす。
しかし舌打ち一つで状況が変わるはずもなく、こちらに切っ先が向けられていた敵の蒼き刺剣は、パートナーの言葉に呼応するかのように一瞬光を放った。
「っ!?危ない!!下に避けて!」
黒色の刀剣へとその身を変化させたアーシャから、焦った声が自身の頭の中へと響き渡る。
その言葉に慌てて姿勢を低くすると、相手の刺剣がスレスレのところで自身の髪を掠め、虚空を貫いていった。
「っ!避けられたか……」
初見の技をギリギリとはいえ避けられたことに驚いたのか、相手の口から言葉が漏れる。
「あっぶねぇ……」
冷や汗を掻きながら敵の刺剣が通り過ぎていった方を見ると、頑丈に作られているに違いない壁に綺麗な穴が空いていた。
「おいアーシャ。あれかなりヤバい能力なんじゃないか……?」
敵の次の出方を窺いながら恐る恐るアーシャに聞いてみると、再びアーシャの声が頭に直接響いてくる。
「そうね。さっきの一撃を見る限り、あの刺剣を伸ばす……というよりは刺剣の先にあるものを問答無用で貫く能力でしょうね……」
「なんじゃそのチート能力は……でもまあ種さえ分かればっ……!」
アーシャの分析を受けて俺は相手に向けて的を絞らせないよう、右へ左へと方向を変えながら走り出した。
「ありきたりだが、使い慣れてない技ならこんなんでもそれなりに効くだろ!」
「くっ!」
俺の動きに相手はうめき声を漏らす。決まれば勝利確定だったであろう初見殺しの技を相手に見切られてしまったことは、相手にとって相当の不利に違いなかった。
「穿て!穿て!穿て!!!」
相手は苦し紛れに何度も鍵言を口にするが、残念ながらその時には既に俺は刺剣の直線上から逃れている。最初の一撃で、刺剣が能力を使う際一瞬光るのはもう知っている。
そして逃れた刺剣の横をなぞるように相手に近づいていくと、俺は下段に構えた刀を相手に向かって振り上げた。
「はぁっ!!」
振り上げた刀から赤い血が振りまかれる。肉を裂く感触こそあまりしなかったものの舞う鮮血を目の前に、やはり少しだけ気後れしてしまう。
(……っ!だが止まるわけにはいかない。このまま押し切る!)
自身が生き残るため、そう自分に言い聞かせ脅える理性を、震える手を封じ込める。そして刀を上段に持ち直し相手へと更に一歩踏み込み、敵を殺すためその刀身を振り下ろす。
だが……
「お願いっ!!やめて!!!」
初めて聞く女の子の叫び声が、刹那の無音を突き破り響き渡った。
「……っ!?」
突如聞こえた少女の声に、敵を切り裂くギリギリのところで刃を止めると、俺は慌てて一歩後ろへと下がった。
そして改めて敵を見ると、相手の持つ刺剣はいつの間にか消えており、代わりに俺より五歳は歳下であろう少女が斬られる寸前だった自分の“翼”にしがみついて泣いていた。
「お願い……もうやめて……ミリアちゃんをこれ以上いじめないで……」
下を向き、ポロポロと涙を流す十歳ほどの少女に俺は言葉を失ってしまう。
(こんな小さな女の子が……アーシャと同じ“主”……?)
あまりにもの衝撃に刀を構えるのをやめ、呆然と立ち尽くす。
「アーシャ」
俺がそれだけ言うとアーシャは意図汲み取ってくれたのか、目の前の少女と同じように刀の姿から元の人間へと姿を変える。
そしてアーシャは目の前の光景を見ると、悲しそうにその瞳を揺らした。
「まさか……この子と当たるなんてね……」
「知ってるのか?」
「ええ。有名だもの。リリア・ラウグルス。三年前、この真聖総統学院に召喚されて、天才と呼ばれた女の子よ」
「へぇ。天才……ね……」
目の前で泣き腫らす少女になんとも言えない感情が沸き上がってくる。
「そうよ。常人なら十年前後はかかる召喚術をたった三年で成功させた天才少女。召喚術は召喚された三年目から一年に一度、自分の召喚された日に行われるわ。いくらこの子が天才でもまさか一度目で成功させるとは思わなかったけどね……」
「なるほどな……」
この結果を見る限り、天才故に未熟……精神面が追いつかなかったのだろう。今日自身が体験したように、召喚に成功すればその日のうちに戦わされる。しかし目の前にいる十歳の少女にそれはあまりにも早すぎた。
泣きじゃくる少女をなだめるように、先程まで俺と殺し合いをしていたフードを被った相手は自分の“主”の頭を撫でている。
そして自分の“主”がある程度落ち着いたことを確認すると、斬られた腕を押さえながらゆっくりと立ち上がりこちらに向き直った。
そして自身の頭に被せていたフードを取り、その姿を俺達に晒す。
「やっぱり女だったか……」
声で薄々分かってはいたが、フードから現れたのは紛れもなく同じ年頃の少女だった。
そして自身の姿を晒した凛とした出で立ちの少女は、突然俺達に向かって頭を下げた。
「私たちの完敗だ。だが、どうかリリアだけは助けて欲しい」
「ミリアちゃん!?何言ってるの!?」
「…………」
予想通りの申し出だった。
しかし命を懸け、真摯に頭を下げる少女を前に、俺達はどうすることもできない。
「アーシャ。何か方法はないのか?」
「……ないわね。おそらく負けを認めた時点で死は避けられないわ。リリアは才能があるからもう一度チャンスを与えられる可能性はあるかもしれないけれど……“翼”の子は……」
「そんな……」
アーシャの言葉を聞いた小さな“主”は顔を真っ青にして尚も頭を下げる自分の“翼”を見つめていた。
ーーその時だった。
「何をしている?終わったならさっさと殺さないか」
聞き覚えのある声が響き渡り、全員がそちらへと顔を向けると、そこには数分ぶりに見る忌々しいスーツ姿の教師が、俺達の眼前に立っていた。