出会い。そして始まりーー
アレルシャ・アーシャ・アリスベルと名乗る少女は呆然とする俺を前に、何やら怪訝そうな表情を浮かべた。
「あら?喋らないわね。まだ再構築が終わってないのかしら……」
一体この状況はどういうことなんだろうか。まるで理解が追いつかない。
確かに俺は旧校舎にいたはずなのに、あの魔方陣の光に包み込まれ気がついたらここにいた。
とりあえず頬をつねってみるも普通に痛かった。残念ながら夢ではないらしい。
「なんか変な行動し始めたんですけど……大丈夫かしらコイツ」
俺の行動に少女は何を思ったのか、おもむろに机の上にあった最早凶器と言ってもいい程厚みのある一冊の本を手に取ると、俺の目の前で突然ソレを振りかぶり……
「えいっ」
それをおもいっきり俺の脳天へと叩きつけた。
するとメキョッとおよそ人体から鳴ってはいけない音が俺の頭から発せられる。
「いってぇぇぇぇぇぇぇぇえ!!!!」
その場でゴロゴロと頭を押さえて暴れ回る俺。
「なんだ。大丈夫じゃない」
「大丈夫じゃねえよこのクソアマ!何突然人の頭にそんなもん振り下ろしてくれてんの!?」
殴られた部分をさするとやはり大きく腫れ上がっていた。
「ああクソ痛え……」
半ベソ掻きながら痛みが治まるのを待っていると、少女は持っていた本を机に戻し質問を投げかけてきた。
「あなた名前は?こっちが名乗ったんだから名乗るのが礼儀でしょう」
「突然脳天チョップ喰らわしといて言うことがそれかよ……」
タラタラと愚痴を漏らすも少女は特に反応もせず、俺が名乗るのを待っていた。
どうやら名乗らないと話が進まないらしい。
「……俺は草壁 真昼。しがない高校生だよ」
俺が名乗ると少女は一つ頷いた。
「そう。マヒルね。分かったわ。私のことはアーシャでいいわ」
そう言うとアーシャは俺の横を通り抜け、背後にあった扉へと手をかける。
「色々と聞きたいこともあるでしょうけど、とりあえず着いてきて。歩きながら話しましょう」
「……は?いや、ちょっと待てって!」
俺の声など聞こえていないかのようにさっさと部屋から出て行くアーシャの背中を、落としてしまった進路希望調査票を乱雑にポケットに入れて追いかける。しかし部屋を出た俺の目には、とても信じられないような光景が飛び込んできた。
「なんだ……これ……」
おもわずアーシャを追いかけることも忘れてしまい、呆然と辺りを見回してしまう。
辺り一面に広がる草原の果て。しかしまるで距離など感じさせない圧倒的存在感。壮大かつ雄大、そして荘厳さを感じさせるソレは、ここが俺の住んでいた世界とは全くの別物であることを如実に示していた。
「ああ。アレね。驚くのも無理はないわ」
いつの間にかアーシャも足を止め俺と同じものを見つめていた。
「あれは真聖総統学院。私たちがいまから向かう場所よ」
真聖総統学院。いままで俺が見たことのある建造物の中で間違いなく抜きん出て巨大なソレに俺はおもわず言葉を失ってしまう。
「ほら、いつまでも見つめてないでさっさと行くわよ。どうせ一週間もしないうちに見慣れるんだから」
「お、おう……」
アーシャに促されとりあえず真聖総統学院から目を外すと今度はアーシャの隣に並んだ。
「ここはどこなんだ?」
聞きたいことは山ほどあるのに、自身の口から出てきた最初の質問はなんとも捻りのないものだった。
「そうね……どこから説明しようかしら……」
しかしどうやらアーシャは最初から話すつもりだったらしく、素直に質問に答えてくれる。
「まずここはイリアルという世界よ。もう分かっているとは思うけど、あなたのいた世界とは全く違う世界」
「やっぱりそうか……」
あの真聖総統学院を見た瞬間から薄々分かってはいたが、アーシャの言葉でそれが確信変わった。
「もう少し詳しく言うなら私たちの今いる場所はイリアルの極東にあるウィディアという国ね。あの大層な学院以外は特に言うこともないわ」
「それはつまりここはド田舎ってことか?」
「言い方を変えれば……いえ、変えなくてもその通りね。魔物共に容易に見つからないようにするためには仕方の無かったことなのだけれど……」
「……?魔物?魔物ってあの魔物か……?」
あまり日常会話では聞き慣れない言葉におもわず聞き返してしまう。勿論漫画やゲームでそういった存在は知っているが、それはあくまでそういう創作の中だけの存在だ。
「どの魔物のことを言っているのか知らないけれど、略奪や人殺しを平気でするあの魔物よ」
その言葉に俺はおもわず言葉を失ってしまう。
(まさか人に害をなす魔物なんつうファンタジーよろしくな生き物がこの世界には実在するってことか?しかもさっきアーシャは魔物共に容易に見つからないようにあのバカデカい学院をここに建てたって言ってたよな……ってことは……)
「おいまさか……俺が呼び出された理由って……」
「察しがいいわね。ご名答。その魔物たちに私たち人類が対抗するためよ」
一切の動揺なく、アーシャはあっけからんとそう口にした。
俺はアーシャの衝撃的な言葉を少しずつ飲み込み、己の中で消化していく。
「勝手に呼び出しといて魔物と戦ってくれだなんて虫が良すぎる話しだと思うわ。召喚されたけど魔物の恐ろしさに逃げ出した子だって、それこそ殺された子だっているもの。でも……」
「私たちの世界を救うためには仕方ない……か」
俺の言葉にアーシャは肯定とも否定とも取れない気まずげな仕草を見せた。
「元の世界に帰る方法はあるのか?」
「あるけれど……私からは教えられないわ。元の世界に返す方法は学院長しか知らないのよ」
「なるほどね……」
もし召喚された奴に情が移って勝手に帰されでもすればあちら側としては都合が悪いのだろう。
「じゃあ俺が自分の世界に帰るためにはその学院長って奴に認めて貰うしかないってことか」
「そうね……多分それしか方法はないわ」
そこまで話して俺達はようやく真聖総統学院の入り口、仰々しい大門の前へと辿り着いた。
すると大門はどうゆう構造なのか俺達が目の前に立つとゆっくりと開いていく。
「…………なあアーシャ」
「……?なに?」
不安そうな声音でアーシャが返事をする。もしかするとアーシャは俺が怖じ気づいてしまったのかと思っているのだろう。
けど残念ながらそれは杞憂だ。
「ありがとな。この世界に呼んでくれて」
アーシャの方を一切見ずに、開く大門を見つめて俺はそう言った。
きっと隣にいるアーシャは大層驚いた顔をしているに違いない。
「まだ何も始まっちゃいないしこんなこと言うのもなんだが、多分俺この世界に来てよかったわ」
「……どういうことよ?」
「さあ。俺にもよく分からん。なんとなくだよ。なんとなく」
「何よそれ。はぁ……我ながら変な奴召喚しちゃったわね……」
呆れたような様子でアーシャは額に手を当てる。
「んじゃまあ、これからよろしくっつうことで」
そう言ってアーシャに向かって手を差し出す。するとアーシャは相変わらず呆れたような様子ではあったが、俺の差し出した手をしっかりと握り返してくれた。
「それじゃあ早速行きますか!」
「なんであんたが仕切ってんのよ……」
そうして俺達は真聖総統学院の門へと、その一歩を踏み出したのだった。