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持ち去られた頭部と右手  作者: ASP
第二話
9/31

夕輝の証言

 時刻は十六時。夏のこの時間はまだまだ明るいものである。

 一階にある和室を借り、藤堂家の聴取を行うこととなった。

 ヒカリは宝物庫からリビングへと向かう道すがらの、アキラと和泉の会話を回想した。


「捜査協力ですか」アキラは言った。

「そんなに大げさなものではありません」和泉は笑った。「ただ、気が付いたことがあったら、私個人にこっそり教えて頂ければいいのです」

「捜査のプロに?」アキラはあからさまに顔を逸らした。「恥かかせるだけですって。釈迦に説法って諺がありますよ」

「宗派が違うかも」

 アキラはため息をつき、前髪をいじる。


「アキラさん」和泉が諭すように言う。「過去二回、貴方は殺人事件に関わり、二回とも警察よりも早く犯人の特定に至っています」

「二回とも、ほぼ確実に内部犯という前提があった」アキラはにべもない様子だった。「今回は死体を切断する、猟奇殺人ですよ。思考回路が構造レベルで違うバケモノ相手に、分が悪すぎるでしょう、常識的に考えて。ただの大学生に、何を考えろと言うんです」

「切断には、犯人による何らかの合理的な判断があります」和泉はなおも食い下がる。「私の勘では常識人でも理解できる」

「さっきの宝物庫破りがその理由ですか」アキラは訊いた。

「可能性の一つですが」

 アキラは鼻をふんすと鳴らした。

「怨恨や自己顕示欲、猟奇的な性癖といった異常な動機の線からは、別の刑事が捜査しています」

「どんな理由であろうと、死体の切断は立派な異常です。とても俺には理解できると思えません」


「アキラ、いいじゃん」ヒカリはたまらず口を出した。「そんなに頑固にならなくても。気が付いたことがあったら、和泉さんに言うだけだよ。責任は和泉さんと奥野さんが取ってくれるよ」

 アキラは頭を搔いた。

「お前まで、何でそんなに必死なんだ。俺達は部外者だぞ。みだりに口を挟むもんじゃない」

「美雪さんのお兄さんが殺されたんだよ。知らんぷりでいいの? 力になりたいって、思わない?」ヒカリは泣き落としにかかる。

 アキラが前髪をいじる。もうひと押しか。

「まっ、アキラが何もしなくても、わたしはやるよ。好き勝手やらせてもらいますよー」ヒカリはアキラに背を向けた。「いやあ、わたしはアキラほど頭良くないし? 手当たり次第調べていかないとなあ」

「お前はいつでも好き勝手だ」アキラが尻をまくったように言いだした。「何する気だ、一体。わかったよ、俺もやるからお前は勝手に動くな」


 アキラが懸念していることは、和泉の捜査の足を引っ張ってしまうことだ。ならば、ちょっと暴走することをほのめかせば、アラはストッパーとしてヒカリの捜索に加わってくれるだろう。ちょろい。ヒカリの読み通りだった。


「決まりですね」和泉はいい笑顔を見せた。「ああ、このことはどうかご内密に。情報漏えいしたことがバレた日には、私も巡査部長も、余裕で懲戒を喰らってしまいます」

この人も結構いい性格をした人だとヒカリは思う。

 丁度リビングに着き、和泉は言った。

「これから、藤堂家の皆さんから事情聴取をします。お二人とも、立ち会って下さい」

 こうして、和泉と奥野が行う事情聴取に、ヒカリとアキラも加わることになった。


***


 聴取を行うにあたり、夕輝が用意した部屋は壮麗な和室だった。案内をした桐生がお茶を置いて下がったのち、奥野はアキラに向かい、警察手帳を見せた。

「申し遅れました。私、長野県警捜査第一課所属、奥野巡査部長であります。アキラさんのお噂は、和泉先輩からかねがね伺っているであります」

 どんな噂だろう。ヒカリは心中で一笑する。

「初めまして」アキラも同じ疑問を抱いただろうが、こちらは苦笑いだ。「お力になれるかはわかりませんが、よろしくお願いします」


「さて、いつまでも突っ立ってても仕方ありません。じきに夕輝さんが来ます。布陣を考えましょうか。ヒカリさん。どこに座りますか」

 和泉、奥野、ヒカリの三人は客人扱いということで、和泉を中心に和室の上座に座った。アキラは机を挟み、奥野の正面に腰掛けた。

「俺がいては、家庭内の事情とかを話しにくいんじゃないですか」アキラが言う。

「自分もアキラさんは微妙な立ち位置だと思うであります」奥野も同意のようだ。「アキラさんのお立場が悪くならなければ良いのでありますが」

 アキラは現在、この藤堂家の家庭教師として雇われている身分である。身内ではなく、他人ではない微妙な関係の者が聞いていては、喋れるものも喋れないのではないかという懸念があった。

「まあ、なるようになれですよ」和泉は随分と気楽な口調だ。「話を振られない限り、アキラさんは(けん)に徹していてください。きっと大丈夫です」


 和泉がそう言ったとき、ノックの音が聞こえた。質の良さ気な木造の引き戸だとヒカリは思う。

「どうぞ」和泉が声を上げる。

 引き戸が開けられた。訪れたのは、藤堂夕輝(とうどうゆうき)である。

「夕輝さん、ありがとうございます」和泉は朗らかに言った。「お話を伺うには、いささか上等過ぎるお部屋だ」

「警察署に行くよりは、僕らとしても気が楽ですよ」夕輝は冗談めかして言った。

「むしろ、自分のほうが恐縮してしまうでありますな」奥野は頭を掻いている。

 奥野の冗句に、夕輝は笑った。


「こうして、お時間も頂いて、ご協力に重ね重ねお礼申し上げます」と和泉。

「とんでもないです」言いながら、夕輝は腰掛けた。

「これからのお話は、アキラさんにも聞いて頂きますが、どうか気になさらないでお話し下さい」

「わかっています。事実を話すだけです。そのことで、僕らをいちいち悪く思ったりするような人ではないですよ、先生は」夕輝は微笑んだ。

 アキラは少し頭を下げた。

 夕輝の認識は正しいとヒカリは思った。アキラはあまり下世話なことには関心を抱かないし、まして盛り上がるなどあり得ないタイプだ。


「夕輝さんからは、ここに来る道中に色々とお話してもらいましたが、率直に申し上げて、同じようなことをお話して頂くと思います」和泉が断りを入れる。

「大丈夫ですよ」夕輝は緊張した様子もなく答えた。


「では、早速」和泉は口元に笑みを貼り付けたままで尋ねた。「夕輝さん。二十一日の夜、つまり昨晩は何をされていましたか」

 直球なアリバイ調査に、夕輝は少し意外そうな顔をしたが、返答はすぐだった。

「大学から帰ってきてからでいいのかな。夜七時前くらいですけど。帰ってすぐに、家族で夕食をとりました。三十分かかったかな。そのあとは、ずっと自分の部屋にいたと思いますよ」


「夕食後、どなたかに会ったりはしませんでしたか」和泉は間髪いれずに質問する。

「ううん……」夕輝は唸った。「いや、ないですね。広い家なので、結構家族と顔を合わせないものなんです。いや、それ以前に部屋に引きこもって研究をしてたので、あまり家をうろついたりもしませんでした」

「お忙しいのでありますな……」奥野が感心したように言った。


「お風呂やトイレなどは?」和泉が聞く。

「お風呂は朝入っています」と夕輝。「トイレにしても自室の近くにありますから、家族と遭遇する確率は大分低いです」

「やはり、そうでしょうね」和泉は頷いた。

 和泉の隣で、奥野がメモをとっている。ヒカリも各人の昨晩の行動については、軽くメモをとることにした。アキラは特に何もしていない。彼は記憶力が良いため、メモをとる必要がないのだ。


「夕輝さんが最期に朝陽さんを見たのは、いつのことでしょう?」

「一カ月……、くらい経つかな?」夕輝は記憶を探るように、ゆっくりと言った。「すいません。確信は持てないんですが、そのくらいは見てないと思います。ただ、僕が知らないだけで、ここには何回か戻ってる筈ですよ」

「やはり、家が広いと誰かが帰宅してもわからないものですか」と和泉。

「それもあるのですが、兄はここに帰ってくると、ずっと離れに籠りきりなんです。こっちには、宝物庫くらいしか用事はないですから」

「ああ、そうなんですね。朝陽さんの部屋には行かないんですか」

「兄の部屋のものは、引っ越しの際にほとんど持ち出されましたし、残ったものも離れの部屋に運ばれたようです」夕輝が思い出すように、視線を宙に彷徨わせながら言う。「まあ、完全にはこの家に居たくないのでしょうね」


 和泉はふむと考える仕草をみせ、少し間を開ける。

「朝陽さんの身辺についてですが、ご自分よりも妹さんの方が詳しいと、車で仰いましたね」和泉が口を開いた。「朝陽さんに殺意を抱いている人物に、本当に心当たりはないですか。逆でもいいです。朝陽さんが誰かに殺意を抱いているということは?」

「ありません。が、もしかしたら関係あるかも……、ということは一つだけ思い付きます」夕輝の答えは、やや歯切れが悪い。

「それは?」和泉が促す。

「お金です。前々から、朝陽がどうやって絵画収集の資金を集めていたのか、疑問だったんです」夕輝は続ける。「この間も、先週の月曜です。有名らしい絵画が宝物庫に飾ってあったんです。さっき見た、無くなっていたアレです」

「有名らしい……? どれくらいの値段がご存知ですか」

「五十万くらいです」夕輝は言い放った。

 ヒカリは度肝を抜かれた。一瞬、夕輝がすぐに撤回するだろうなどと考えたが、彼は大真面目な様子である。

「ごじゅうまん……、でありますか……」強張った奥野の声が聞こえた。


五十万円とは、いくらなんでも異常ではないか。流石にそれはおかしい。普通のフリーターに手に入れられるようなものではない。人が人なら、若干引くような値段だ。


「その絵画について、夕輝さんはご存じだったのですか」和泉はあくまで平坦な口調で尋ねる。「あまり、美術品には興味がないと仰ってましたよね?」

 そっちに疑問がいくんだ。ヒカリは、当然のように朝陽の散財を受け止めた和泉にも驚いた。

「え? まあ、そうなんですけど」夕輝も同様に、反応が意外だと思ったのか、少し言葉に詰まった。「うん。実は、その絵だけは、特別といいますか、惹きこまれる魅力があったといいますか。他の絵とは違ったんです。おそらく僕の主観ではなく、あの絵に魅せられる人は多いんじゃないかと思います」

「その絵が気になって、調べたのですか」

「はい」夕輝が答える。「あの絵画は通称で『アリア』と呼ばれています。眺めていると、観ている人の中で音楽が再生されるんです」

 ヒカリは夕輝の言っている意味が、よく理解できなかった。音楽が再生される?

「眺めている間、頭の中で音楽が流れるということですか」和泉も気になったのか、そのことを確認する。

「そうです。視覚から聴覚に訴えかける作品なんです。観ていると、美しい旋律を聴いている気分になるんですよ」


 本当にそんなことがあるのだろうか。ヒカリは半信半疑だった。そんな絵画が存在するなら、十万単位なんて値打ちで済むの?

「朝陽さんがどうやって絵画を集めているのかも、夕輝さんはご存じないのですね?」

「知らないです。今考えたら、不気味でしょうがないですね」と夕輝は両手を広げてみせる。「危険なことをして手に入れるほど、馬鹿ではないと思うんですけど」

 ヒカリからみた朝陽のイメージでは、むしろ欲しいものがあったら、危ない橋を渡ってでも手に入れるようなイメージがある。

やはり、夕輝は朝陽と疎遠になっているせいか、最近の朝陽のことをよく理解できていないのだろうか。


「よくわかりました。朝陽さんの絵画収集については、よく調べてみる必要がありそうですね」

 和泉は一拍置いた。ヒカリは簡単なメモを済ませる。和室の中に、奥野が筆を動かす音だけが響いた。

「しかし、『アリア』ですか……。それだけ魅力のあるものなら、夕輝さんが窃盗目的での死体の切断を疑うのも無理ないですね」和泉が思案しているように言う。「事実、無くなっていましたし、もし朝陽さんが使っていたという離れに無ければ、誰かが持ち去ったことになります。朝陽さんを殺した何者か、あるいは朝陽さん自身か……。離れはいずれ、検めさせて頂くことになるかもしれません」


 指紋から死体が朝陽だと割れたことを、和泉は意図的に伏せているようである。DNA鑑定で結果が出るまでは、迂闊なことは言いだせないのだろうとヒカリは思った。


「朝陽は宝物庫をよく他人に見せているようでした」夕輝は言った。「だから、うちの宝物庫を知っている人は、たくさんいるんじゃないかと思います。もちろん、生体認証のことも」

「そうですか」和泉は指を組んだ手を、机の上に置いた。「宝物庫について知っている人を漏れなく探すのも、課題のひとつか……」

「聞き込みをするしかないでありますね」奥野が言う。

 それは大した手間ではないように思える。ヒカリが知っている限り、朝陽はそこまで多くの人に宝物庫を自慢するようなタイプではないと思ったからだ。ヒカリ自身が見せてもらったことについても、どちらかというと万里子の好意だ。ヒカリが万里子の親友であり特別だったから、万里子のおまけとして宝物庫に入れてもらったのである。


「最後に一つ、お伺いしたいのですが」和泉が口を開いた。

「はい」

「夕輝さんは、今でも朝陽さんに対して、良くない感情を持ち続けているのですか」

 気になる質問だった。夕輝が朝陽と喧嘩したのは、もう数年も昔の話だ。夕輝は未だに、朝陽を嫌っているのだろうか。

「どうなんでしょうね」夕輝は力なく笑った。「実は朝陽が家を出てから、何回か携帯に電話をかけたことがあるんです。法事とかの連絡でね。でも、朝陽は一回も僕の電話には出たことはありません。あるときから、もういいかって思うようになりました」

 夕輝はそこで、ため息を漏らす。

「今では、朝陽のことはもうどうでもいいです」

 そう言った夕輝の声は、ヒカリにはやや寂しげに聞こえた。


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