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持ち去られた頭部と右手  作者: ASP
第二話
6/31

和泉警部補

二.


 パトカーの後部座席で、ヒカリはずっと万里子の頭を撫でていた。腕時計を見ると、もう十四時を過ぎているではないか。

 はやく万里子を帰してあげたい。ヒカリは苛立ちを堪える。

 ヒカリ達が朝陽の部屋で死体を発見した後、到着した警察によって、事情聴取はもちろんのこと、死体発見の再現を何度もさせられた。


 ただでさえ、精神的な負荷が大きい仕事をさせられているのだ。万里子にいたっては、恋人の死体発見に立ち会ってしまったのかもしれない(無論、死体が朝陽でないことを祈るばかりだが)。こんなことを続けていては、まともに精神を保っていられるはずがない。


 パトカーの中に、白髪が目立つ、いかつい顔をした刑事が顔を覗かせた。確か、捜査第一課の沢谷(さわや)警部と名乗っていた。

「もう一度、ご確認したいことがあるんですが、よろしいですか」沢谷は言う。

「ちょっと待って下さい」ヒカリは抗議した。「もう一時間以上もお話しました。もうゆっくりできるところに行かせてください」

 沢谷は万里子の様子を見て、頭を搔いた。

「確かに、そうですなぁ」沢谷は唸った。「では、ちょっと署の方でお話を伺うということで、よろしいですか」

 万里子が絶望の表情で、顔を上げた。

「ええー。勘弁してよ」

 ええー。勘弁してよ。ヒカリは心の中で絶叫したつもりだったが、もろに声に出していた。

「痛い……っ。お二人のお気持ちをお察しすると、胸が痛いっ」沢谷は顔を大げさにしかめる。

 痛いならさっさと帰してほしい。ヒカリは心中で毒づいたが、今度は口には出さなかった。


「じゃあ、せめて万里子だけでも解放してください。直接死体を見たのは、わたしだけなんですから」ヒカリは断固主張した。

「いや、人質にとってるわけじゃあるまいし、そこまで邪険にしなくても」沢谷はまいった、まいった、とぼやいている。

 まいったのはこちらである。ヒカリは頭を抱えた。


「ヒカリさんに賛成ですね。警部」若い男の声が聞こえる。「新部さんには、すぐにでもお帰り頂くべきです」

 その質の良い落ち着いた声に、ヒカリは聞き覚えがあった。

「和泉。遅いぞ」沢谷が非難の声を上げる。

 和泉。よく知ったその名前に、ヒカリは窓の外を見る。沢谷が邪魔で、よく見えない。ヒカリはドアを思い切り開け、外に飛び出した。

「危ねっ!」沢谷はとっさに飛びのき、勢いよく開いたドアをかわした。


 ヒカリは傍に立つ若い男を見る。間違いない。安堵感が広がった。神経の図太い自分でも、こんなに頼もしく思うものかと、初めて知った。

「和泉さん」ヒカリはその名を呼んだ。


「ご無沙汰しています。ヒカリさん」

 オールバックにした髪、若々しく綺麗な顔立ち。誠実なオーラを纏った男が立っていた。

 和泉智(いずみさとし)警部補。長野県警捜査第一課所属。ヒカリは過去二回、殺人事件に関わり、その二件ともヒカリの聴取を担当したのが和泉であった。ヒカリにとって、和泉は信頼のおける刑事である。彼はヒカリが出会った警察の中でも、一際異彩を放っている変わり者だ。過去の事件における聴取で、ヒカリとアキラの話を一番真摯に聞き入れたのは、他ならぬ和泉であった。今、この状況で和泉に出会えたのは、天の恵みかとさえヒカリは思う。


「新部さんは、もうお帰り頂いて大丈夫です」和泉ははっきりと言った。

「おいこら! 和泉、お前はっ!」沢谷が和泉を怒鳴りつける。


 よかった。ヒカリはほっと胸をなでおろす。今の和泉から後光が差して見える。

「和泉ちゃんよ。お前はなに勝手に決めてやがる? 悪だくみかよ、おい」

「警部。そろそろ本部にお戻りになった方が、いいのではないですか」和泉は沢谷の言葉を無視し、当然のように指示を出す。

「はぁん?」沢谷が口を開けた。


「ヒカリさん。これから私についてきて下さいますか」和泉が言った。

「どこにです?」当然の疑問がヒカリの口から零れる。

「藤堂朝陽さんのご実家ですよ」

「え?」

「ご家族のお話を伺いたいのです」

「わたしも一緒に?」突然の申し出にヒカリは面食らう。何故自分も一緒に行く必要があるのかわからない。

「そうです。実は先程、大学病院で朝陽さんの弟さんと少しだけお話をしました」和泉は振り返り、遠くに停車しているパトカーに目を向けた。

「で、大変興味深いお話をされていましたね」

「はあ」要領を得ないと思った。

「アキラさんが、いらっしゃるそうじゃないですか」そう言って、和泉はヒカリの耳元に顔を近づけ、声のボリュームを落とした。「過去二回、あなたとアキラさんは事件解決に大きな貢献をして下さいました。お二人に、今回も考えて頂きたいことが出てきたのです」


 そういうことか。ヒカリは納得した。アキラは過去に二件もの奇妙な殺人事件を解決している。和泉はアキラの知恵をあてにしているのだろう。アキラが上手く事件について考えるには、好奇心の強いヒカリを傍に置くのかいい。何故なら、ヒカリの行動を監視する義務がアキラにはあり、ヒカリには事件に首を突っ込んで情報を得るバイタリティがある。結果的に、アキラはヒカリと一緒に情報を得て、事件について嫌でも考えてしまうという寸法である。

 もちろん、このような考えはただの邪推に過ぎないが。


 いや、おかしい。そこまで考えてヒカリは自分の考えの前提がおかしいことに気が付いた。

『考えて頂きたいことが出てきたのです』和泉はそう言っていた。

 アキラに協力させるメリットはなんだろう。和泉は、この事件には警察が足を使っても辿りつけない真相が隠されていると予感しているのだろうか。少なくとも、そう考えさせるような情報を、和泉は持っているのだろう。ヒカリは俄然それが知りたくなった。


「行きましょう」ヒカリは力強く言った。和泉から情報を聞き出さなくてはいけない。

「決まりですね」和泉は満足げに微笑んだ。

「決めるなっ……!」沢谷が顔を赤くして吠えている。「おめーは何する気だよ、一体!」

「警部」和泉は沢谷の肩に手を置いた。「ちょっと、現場の報告が上がってきたら、連絡して頂きたい点があります」

「お前は先輩を使える立場かァ!?」


 そう言った沢谷だが、和泉が二言三言呟くと、『はあん?』と妙な声を上げた。

「それ、この事件に関係あるんだろうな?」

「無駄足踏むのが刑事の仕事だと、いつも仰ってるじゃあありませんか」

白髪頭を掻きむしりながら、唸る沢谷。

「わかった。お前はそっち行け」渋い顔で、沢谷が言った。一体どんな魔法を使ったのか。

 魔法使いは沢谷に一礼をした。


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