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持ち去られた頭部と右手  作者: ASP
第一話
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閑話~夕輝~

閑話.


 これは、夕輝が小学校四年生のときのことである。


 困った。夕輝は途方に暮れていた。視界は悪いし、足の傷が痛い。気分は最悪である。正直、泣きだしたい思いだった。


 この日、夕輝は友達と危険な遊びをしていた。近づいてはいけないと言われている土手で、度胸試しをしたのだ。

 普段、あまり無茶をしない夕輝であったが、クラスメイトの安い挑発に、迂闊にも乗ってしまったのである。結果、バランスを大きく崩し、派手に土手を転げ落ちた。足を挫いて、すり傷も負った。何よりも痛かったのは、眼鏡を壊してしまったことだった。


 これは、絶対に怒られる。夕輝は確信した。

 祖父や母は自分に甘いので大丈夫だろう。父が知ったら怒られるだろう。老執事の桐生なら、きっと父に上手く言ってくれる。問題は、家政婦の涼子(りょうこ)だ。涼子は、確実に顔を真っ赤にして激怒するだろう。夕輝は色々と考えを巡らせた。


 藤堂家に入ったが、リビングの横を抜けなければ、階段には行けない造りになっている。だが、リビングの横を通るのは危険なようだ。どうやら、リビングの中には涼子がいるらしい。夕輝はこのまま自分がリビングを素通りしようとしたときのシミュレーションをした。


 素通りが涼子に見つかれば、帰りの挨拶を強いられる。そうすると、眼鏡のない夕輝の姿を見られる。

『あれ、夕輝さん。眼鏡はどうなさったの?』

 結果、全てが露呈し、大憤怒コースである。間違いない。命、賭けてもいい。


 夕輝は思い切りため息をついた。頼みの綱の桐生は、上の階の自室にいるのではないか。

 どうすればいいだろう。どうすれば。夕輝は考えた。


「何してんだ? お前」

 突然、後ろから声を掛けられた。夕輝は驚いて振り返る。後ろには、兄である朝陽が立っていた。


「びっくりするなあ、もう」夕輝は胸を撫で下ろす。

「眼鏡は?」朝陽がストレートに尋ねる。

「……壊した」夕輝は声を潜めて答えた。

「ああ、なるほどな」それだけで、朝陽は全てを察したようだった。


 朝陽は夕輝よりも遥かに頭がいい。母が言うには、勉強もスポーツも、クラスで一番だ。学芸会の劇では主役を完璧に演じた。

 朝陽はランドセルとは別に所持していた鞄を漁った。取り出したものを、夕輝に渡す。


 夕輝が戸惑っていると、朝陽はそれを夕輝に被せた。

 それは学芸会の際に、朝陽が使用した仮面だった。主役の正体のお化けを象徴する、少々悪趣味ではあるが、かわいらしいデザインのものである。


「それつけときゃ、眼鏡のことバレないだろ」朝陽はあっけらかんと言う。

 とてつもなく杜撰な作戦だが、涼子程度なら誤魔化せると、夕輝は思った。だが、わざわざこんなことをする意味はあるのか。


「朝陽が桐生さんを連れてきてよ」夕輝は文句を言った。

「やだよ」朝陽はすっぱりと跳ねのける。「あのジジイ、俺のこと目の敵にしてるじゃねえかよ。絶対近寄りたくないね」

 あけすけな物言いに、夕輝は若干呆れた。


「俺、離れに行くからな。そのお面、後で返せよ」そう言って、朝陽は靴を脱ぎ、スリッパに履き替えた。

「……ありがとう」夕輝は礼を言った。こんな風に、兄に庇ってもらったことは、あまり記憶にない。


 結局、夕輝は仮面で眼鏡のことを誤魔化すことができた。無事やりすごし、桐生の元へ行くと、桐生は大笑いした。

 少々窘められたものの、老執事はうまく夕輝の父や母に説明をしてくれたようだった。いつも自分の味方をしてくれた。夕輝は桐生に、ずっと感謝をしている。


 それにしても、と夕輝は思う。都合の悪いものは、隠してしまえばいいのだな。妹にも教えてやろう。

 夕輝は一つ、ずる賢くなった。


第一話はこれでおしまいです。

第二話から各人の情報がちょちょちょいと出てきます。

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