仮初の幕引き
幕.
ヒカリが動機を尋ねてきたとき、アキラは反射的に、自分の中で確立しつつあったもう一つの問題を隠した。
まず、雨音が朝陽殺害において、新品の斧を用意していた事実。これは、明らかに朝陽の死体を遺棄する意思が無かったことを意味している。彼女にとって、朝陽の死体は発見されなければならなかったのだ。
アキラには、その理由は一つしか思い付けない。つまり、雨音は最初から――。
『夕輝が自殺じゃなくなっちゃったし』
ヒカリは気付いていないのだろうか。ならば、あえて言うことではない。
だが、妙な胸騒ぎがアキラの合理的判断を否定している。どうにも消化しきれない、あるいは吐き出すことが出来ないでいた。
タイミングを逸してしまった。ヒカリは窓の外を気持ち良さそうに見ている。そんなヒカリに、余計なことなど言えなかった。
深く考えることではない。考えすぎなのだ。こんな下らない些末な問題など、もうどうでもいい。ヒカリの態度が正解だ。
振り切るように、アキラは奇妙な違和感から逃れようと努力する。
しかし一方で、ヒカリがあのことに気が付き、自分に切り出してこないかと、心の期待してしまっていた。
ヒカリ。気付いていないのか。
朝陽が事故を起こした際、車に乗っていたのは朝陽と藤堂空子の二人きりだった。にも拘らず、空子が座っていたのは後部座席だ。
では、助手席には何が?
あるいは、誰が?
藤堂空子の事故死など、無関係な情報の筈だった。それが、今ではアキラの中で歪に膨らみつつある。
***
犯人が逮捕され、無事解決となった藤堂朝陽、夕輝殺害事件。その捜査本部はやがて解散となり、後は犯人である藤堂雨音から事情聴取をするだけだった。
緩み切った空気の中、和泉智は腕を組み、雨音に関する報告書の一ページを眺めていた。和泉が見ているのは、彼女から押収したスマートフォンについての記述だ。
和泉が予想していた通り、通信履歴に朝陽との通話は残されていなかった。やはり、朝陽と雨音に接点があったとは思えない。
そして、加えて問題なのは、彼女の連絡先リストに見たことのある名が載っていることだった。それは、美雪以外の藤堂朝陽との共通項。
『未森静奈』
藤堂空子とは、美大の同期で親友であると自称した、絵画商。
和泉は業務用のスマートフォンを取り出し、未森の番号に電話を掛けた。
短い発信音の後に聞こえたのは、流暢で機械的な言葉を発する、女性の声のアナウンスだった。
『お客様がお掛けになった電話番号は、現在使われておりません……』
和泉の中で疑惑が肥大化する。
通話を切った和泉は、その眼光を鋭くさせた。
<続>
くぅ疲。
以上で『持ち去られた頭部と右手』完結となります。
楽しんで頂けたなら幸いです。




