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持ち去られた頭部と右手  作者: ASP
第二話
13/31

閑話~美雪~

閑話.


 和泉と名乗った警察達が帰った後、美雪はアキラを連れて、二階にある音楽室へとやってきた。心に残った仄暗い感情が、どうしてもアキラと二人で話したいという衝動を突き立てたのだ。


 落ち着いたはずなのに。

 恐怖のあまり、トイレで吐いて。雨音の前で泣きはらして、抱きしめてもらって。蓮にも頭を撫でてもらって。ようやく、落ち着いたはずだったのに。

 聴取で朝陽のことを話しているうちに、またどうしようもない恐れが甦ってきてしまったのだろうか。

 美雪は窓を覗き込み、外を見た。アキラが確かにそこにいる気配を、背中に感じる。


「先生」美雪は彼に呼び掛けた。

「何だ?」アキラが返事を返す。


「本当は、警察の人、わかってるんじゃないですか」自分でも驚くくらい、声が震えている。「死んだのって、朝陽君だって、もうわかっちゃってるんじゃないですか」

「……いや、まだわかっていない」アキラは静かに答えた。


 上手く言葉が出てこない。本当は、アキラに聞きたいこと、言いたいことが沢山あるのに。それらが全て不毛なことだと思うと、どうしても躊躇ってしまう。アキラは合理の人であると理解していた。

 たった二十日間ほどの付き合いの家庭教師に、この感情を吐露したいと思うのは、一体何故だろう。

「楽になった方がいい」穏やかな声だった。「無理に悪心(おしん)に抗い続けると、いつの間にか、身動きできなくなる。しようと思っても、何も出来なくなるんだ。嘘みたいと思うだろうが、実体験だ」


 ゆっくりと、美雪が吐き出すのを促すように、アキラは言ってくれた。

「……先生にも、つらいことが?」

「俺の場合は、家族が死んだとかではないが。苦しんだ。大分ね」

 アキラにそんな経験があったことが、意外だった。しかし、むしろアキラがそれを言ってくれたことが、美雪にとっては引き金になった。


 それなら、いいか。

 こらえなくても、いいか。

 アキラに吐き出してしまっても、いいか。


「先生、私……」気を抜いたら、ぽつりと零れていた。「ここから、何回か朝陽君を見たことがあるんです」

 アキラは黙っている。不思議と、背中越しの彼の沈黙が、拒絶ではないことがわかった。聞いてくれてるんだ。そう思ったら駄目だった。美雪の中で、彼女の感情を留めていたものが決壊した。


「ここから……。見えるんです。朝陽君がいつもいる、離れの部屋が。ギターをよく弾いてるんです。一人暮らしのアパートじゃ、近所迷惑になるから、弾けないんだと思います」

 脳裏に、朝陽がギターを爪弾いている、いつかの昼間の光景が浮かぶ。

「ここの音楽室、防音なんです」アキラにそのことを言ったのは、二度目だったと思う。「防音なんですよ。ここ。ギターの練習なら、ここで弾けばいいのに……」


 美雪は無理やり笑顔を作り、振り返る。

 アキラはもの柔らかな眼差しで、美雪のことを見ていた。その静かで優しい目の光が、かつての兄が重なって見えた。

 昔、反抗期だった頃に、朝陽に酷い言葉をぶつけたときを思い出す。居合道の大会で敗けて、悔しさに涙したとき。テストで悪い点を取り、父に怒られしょげかえったとき。友達と喧嘩して、傷ついたとき。

 朝陽はいつでも、美雪のことを、この眼差しで見守ってくれていたではないか。


 涙が美雪の頬を伝った。


「言いたかったよ……」零れる滴が熱い。胸が苦しい。喉が腫れているのがわかる。「言いたかった。戻って来てって」

 嗚咽が上がるのを、もう抑えることができない。

「言いたいこと、まだ沢山あるよ。まだ私、何にも言ってない。『ありがとう』も、『ごめん』も……」


 追いつけない。濁流のような感情に、言葉が追いつかない。もう何も言うことができなかった。涙を止めることもできなかった。ただ咽び泣くだけだ。


 アキラはどうすればいいのかわからず、困った様子だった。そっと、物静かな子供が野良猫に触るように、遠慮しがちに美雪の頭へと手を伸ばす。

 優しく頭を撫でる手が、再び朝陽のそれを思い出させ、今度は大声で泣いた。


 ごめんなさい。朝陽君。


第二話終了となります。

ヘッドホン使えば騒音にはならないのでは。

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