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持ち去られた頭部と右手  作者: ASP
第二話
12/31

証言後の考察

「お二人の感想を伺いたいですね」和泉が切り出した。「まず、ヒカリさん。朝陽さんの人物像ですが、まだ少し掴みかねています。皆さんの証言を聞いて、どう思いました?」


 そうだなあ、とヒカリは頭の中で腕を組んだ。朝陽の過去については、正直思いもしないものだった。特に交通事故を起こしたり、退学したり云々のくだりは初耳である。ヒカリの中で、藤堂朝陽といえば、ファンキーで大胆な輩ではあるものの、ヘマはしないスマートな印象があったのだ。

「まず、夕輝さんの話は極端だと思いました。朝陽君は、宝物庫なんてところに、ほいほい人を招くほど不用心じゃないです。多分ですけど」

「なるほど。条件のようなものがあるのでしょうか。宝物庫に案内される人物には」

「条件かぁ」ヒカリは呟いた。


 どうだろうか、とヒカリは思案する。

 ある程度、信頼のない人物を入れることはありえない。これは当たり前だ。では、ある程度の信用というのは、具体的には?

 ヒカリは入れてもらえたという事実を踏まえ、考える。だが、至るのはやはり当たり前の結論だった。

「やっぱり、朝陽君にとって特別な人。その人のたってのお願いなら、その友人の同伴も可……。くらいしか、わからないです」ヒカリは顎に手をやりながら言った。

 なるほどね。と和泉は腕を組んだ。


「話の腰を折るようなのですが、『セキュリティ破り』説は、まだ生きているのでありますか」奥野が口を出す。

「そういえば、まだセキュリティ会社に問い合わせた結果の報告を聞いていませんでしたね? 巡査部長」和泉が尋ねた。

「はっ。死体での認証は不可能とのことであります」奥野ははっきり答えた。

「では、朝陽さんの頭部と右手をかざしても、宝物庫の扉は開かない?」

「間違いないそうであります」

 やはり、死体を使ってセキュリティを破ったというのは考えすぎだったのか。ヒカリは肩を落とした。


「どう思います? アキラさん」和泉はアキラに振った。「『セキュリティ破り』説は生きているか、死んでいるか」

 アキラがううんと唸ったのち、言った。「単に、死体では認証できないという理由だけでは、死なないですね」

「なんで?」アキラの回答に、ヒカリは理由を尋ねた。


「死体で認証は通らないという事実を、犯人が知っていた可能性は低い」アキラは説明をする。「『死体のパーツで宝物庫を開けられるかも』と犯人が思い付いて、試してみたのかもしれんだろ。俺なら絶対試さんが」

 そうだ。ヒカリは自分の間抜けさに呆れかえった。アキラの言う通り、死体による認証が実際に通るか否かはどうであれ、犯人がどう考えるかの方が問題なのだ。そうなれば、死体の切断の目的が『セキュリティ破り』である可能性は甦る。


「まあ、死体では認証が通らないのが事実なら、何故『アリア』が消えたのかという問題が残りますね」アキラは正座を崩し、立て膝になる。「やっぱり、見当違いじゃないんですか」

「それに、桐生さんの証言のことを考えると、『アリア』の存在を知っている人物はほとんどいないであります」奥野が付け加えた。


 そうなのだ。ヒカリは桐生の証言を思い返す。

『先々週の土日に朝陽が帰ってきてから、朝陽は誰も藤堂家に連れてこなかった』この証言のことである。


「一応確認になりますが」とアキラ。「証言が事実であれば、『アリア』が宝物庫に飾られたのが、先々週の土曜日です。そして、今日に至るまで、誰も宝物庫に招かれた人はいなかった。早い話、『アリア』が宝物庫に存在することを知る機会を持つ人はいなかったってことですね」

「『セキュリティ破り』説が、もう虫の息ですね……。今までのわたし達の執着はなんだったんだ」ヒカリはため息交じりに言った。


 ヒカリは今度こそ落胆した。これで、頭部と右手が切断された理由を、完全に見失ってしまったことになる。やはり、真実は他愛もないもので、綺麗で合理的な切断の理由など存在しないのか。異常な怨恨による殺人なのか。そうなれば、もはや捜査の方針としては人間関係を洗うだけだ。それは完全に警察の仕事。アキラの出る幕ではない。


「まあ、もともと夕輝さんの仮説に、私が興味を抱いただけでしたから」和泉は笑って言った。「調べる価値があるんじゃないかと思った程度だったので、そこまで期待はしていませんでした。その線が消えた。それはそれで収穫ですよ」

 和泉は特に落胆した様子もなければ、見当違いであったことを恥じている様子もない。

「あとは口実ですね。ヒカリさんをここに連れてくるための」

「はあ?」ヒカリの声が裏返る。「なんでそんなこと? なんで?」

「まあ、それは私の個人的なエゴですね。ごめんなさい」

 和泉は笑って謝った。どういうことなのか、ヒカリには全く理解できない。


「実は、『セキュリティ破り』説には元々問題があったんです。ここに来る前から、おかしいと思っていたんですよ」和泉が言う。

 それ、早く言ってよ……。和泉は誠実そうでいながら、実のところは結構な食わせ者だ。今日何回目だ、それを実感するのは。ヒカリはやや非難めいた視線を和泉に送る。最初からほぼ死路だと思っていながら、あれだけ聴取で宝物庫や『アリア』にこだわっていたのか。


「その問題って、何ですか」アキラが訊く。

「私たちが宝物庫から出る直前で電話がありましたでしょう」和泉が言う。「朝陽さんの遺留品の中から、『セキュリティ破り』説が正なら、盗まれてなければならないものが見つかったんです。さて、それは何でしょう?」

 そう言われて、ぱっと思いつけるものがない。ヒカリは脳味噌を絞る。認証を突破するのに、首と右手以外のものが必要なのだろうか。奥野も首を傾げている。


「この屋敷の鍵ですか」とアキラ。

「流石。あっさり当ててくれますね」和泉は嬉しそうに肯定した。「ちなみに、キーホルダーに複数の鍵をまとめたものが、部屋の机の上に置かれていたそうですよ」

 それだよ。またしても、簡単なことに気が付けなかった。酷く口惜しい思いをするヒカリである。


 宝物庫のセキュリティにばかり考えがいき、まるで気にも留めなかった。宝物庫に行くには、まずこの家に侵入しなければならないではないか。ヒカリ達が夕輝に案内され屋敷に入った際に、夕輝は三つも鍵を使用していた。もし犯人が宝物庫のセキュリティを知っているような人物であるなら、その前に三つも鍵がかけられている屋敷自体のセキュリティに、気が回らない訳がない。朝陽を殺した際に、屋敷の鍵を盗んで然るべきなのだ。犯人が鍵を見つけられなかった可能性は、かなり低い。鍵束は無防備にも、机の上に置かれていたのだから。


「アキラさん。気が付くのが早すぎるであります」友達に先を越された子供のような口調で、奥野が言った。

 いや、待て。ヒカリは和泉の話の矛盾に気が付いた。別に事件に関することではないのだが。

「和泉さん。その問題、ここに来る前から思っていたって言いましたよね?」

「ええ、そうですが」不思議そうな顔で、和泉が答える。

「でも、遺留品に鍵があったって情報は、宝物庫のときの電話で知ったんでしょう? 何で前もって鍵の問題がわかったんですか」

「ああ、そのことですか」和泉が柔和な笑みを浮かべた。「ヒカリさん、言っていたでしょう。『死体発見時、朝陽さんの部屋に鍵がかかっていなかった』と」


 それが何だというのか。と思った次の瞬間に、その疑問は氷解した。

 もしヒカリが犯人の立場なら……。鍵束を盗んだなら、朝陽の部屋の鍵を閉めてから立ち去る。


「朝陽さんの部屋の鍵が閉められていなかったということは……」ヒカリが呟く。

「犯人は鍵を持ち去らなかったということが、推察されるでありますな」奥野が割り込んだ。

「そういうことです」和泉は頷いてみせた。「まあ、当てずっぽうみたいな『憶測』でしたけどね」

 化け物か。さっきから、アキラも和泉も。頭の構造が根本からして違うのだとヒカリは痛感した。


「さて、ヒカリさん。『セキュリティ破り』説の線がほとんど消えかかってきたところで、改めて朝陽さんが殺害される動機を探りたいのですが」

 アキラと和泉の頭の回転に、しばらく呆気にとられていたヒカリだが、和泉の呼び掛けで我に返った。

「ああ……。でも、わたしも心当たりなんてないです」ヒカリは答えた。「多分、万里子も知らないと思います。朝陽さんは誰かに理由を告げたりせず消えていくってタイプ……、な感じがします。多分ですけど」

「不器用な方だった?」

「古い言い方をすると、ツンデレですね」

「ツンデレ」和泉が左手を口元に持っていく。


「掴みどころがないというか、飄々としていて、本心を見せないタイプです。思ったんですけど、朝陽さんって誰かに自分の危機を伝えたりしないんじゃないかな」

 和泉がほうと声を漏らした。「殺人の動機が宝物庫以外にあるとして、それを知る人物を探すのは難しいと?」

「まあ、普段の印象からの、勝手な想像ですけど」ヒカリは歯切れ悪く言った。本当に勝手な想像なので、自信が持てない。

 和泉と奥野が顔を見合わせる。かなり苦戦するであろう嫌な予感を、共有しているかのようだ。


「あの、朝陽さんの死亡推定時刻って、どうなってるんですか」アキラが尋ねた。

「午後八時から九時半までの間だそうです」和泉が答え、さらに付け加える。「胃の中にあった、食べ物の消化具合からの判断ですね。今回、死後硬直や直腸温度はあてになりませんのでね」

「どういうことです?」アキラの頭上に疑問符が浮かんでいる。

ヒカリにもわからない。

「ご遺体が濡れていました」和泉が説明する。「もし、お湯に浸かっていたりしていたのなら、硬直や直腸温度など調べても、あてにはならないでしょう」


 そういえば、とヒカリは思い出す。朝陽と思われたあの死体は、服が赤く濡れていたが、若干薄かったように思える。また、血痕も床には全然見当たらなかった気がした。犯人が流してしまったのだろうか。


「ご遺体の切断をバスルームで行った後、犯人自身が返り血を洗い流した可能性がありますね」和泉が言った。

「死体のそばで?」アキラはしかめ面だ。

「そうでなければ、ご遺体が濡れている説明がつきませんからね」


「……死因は?」アキラが続けて尋ねる。「まさか、首をぶった切って人を殺せるほど、器用な犯人じゃないでしょう?」

 アキラの疑問はもっともだった。死体の切断といえば、殺してからなされるのが普通だ。死体を切断する行為を普通と呼ぶのも変だが。

「死因は不明です。ご遺体に目立った痕跡はありませんでした」和泉は肩をすくめた。「それから、薬物の検出もなし。切断は殺してからというのが妥当なところですね」

「殺しがバスルームで行われたとは、限らない?」

「限らないです。ただし、切断はバスルームで行われたとみて間違いなさそうですよ」和泉は奥野を見た。


 奥野は手帳を開き、咳払いを一つした。

「バスルームには、斧が放置されていたであります。さらに、床にはその斧が振り下ろされたときに付いたと思われる、傷跡が発見されているであります」

 それならば、切断が行われた場所は、ほぼバスルームで間違いないだろう。偽装の意味などない。そこで、ヒカリはあれと思った。

「和泉さん。それなら、殺害もバスルームなんじゃないですか」ヒカリは言ってみた。「わざわざ殺した場所から移動して切断する必要なんて、ないですよ」


「それなんですよね」和泉が頷いて言う。「私も同じことを考えました。しかし、バスルームで殺されるというのは、どういう状況でしょうね。被害者は服を着ていたんです。それが不思議でならない」

「お風呂を掃除してたんじゃないですか」ヒカリはぱっと思いついた。

「なかなかシュールな絵面ですが、可能性はありますね」和泉が肯定した。「ご遺体には防御創らしきものは無かったそうです。さらに、部屋で格闘した痕跡はなかった。色々と条件を考えると、風呂掃除の最中にやられたということは考えられる」


 アキラが頭を搔いた。難しい顔をしているが、難しいことを考えているのだろうから無理はない。

「厄介だな」アキラは一言零した後、和泉に問い掛ける。「その斧から、何かわからないんですか」

「斧についての情報は、手袋痕が付着していたということくらいですね。指紋はありませんでした。犯人が用意したのでしょう」和泉が苦笑して言う。「出所は他の刑事が探っているでしょう。そこから手がかりが得られるほど、犯人がドジだといいんですがね」


 アキラは天井を見上げた。そのまま動かず、うんともすんとも言わなくなった。場に沈黙が訪れる。

 ややあって、和泉が口を開く。

「我々から聞きたいことや、提供できる情報はこれぐらいです」


 ヒカリもさっきから色々と考えているが、ためになる質問や発言はできそうになかった。

 アキラが体勢を変え、正座して和泉に向き直った。

「俺からは、『アリア』が朝陽さんの部屋、つまり現場に無ければ、そのことが手掛かりになるのでは。としか言えません……」アキラは申し訳ないと付け足した。

 ヒカリには、アキラの言っていることが理解できない。『アリア』が無いのに、それが手掛かりになる?


「何故か、教えて頂けますか」と和泉。

「『アリア』が宝物庫から消えていたのは、単に朝陽さん自身が持ち出したからじゃないですか」アキラが説明する。「これまでの話から、かなりの確率でそうだと思うんです。そうすると、犯行当時、『アリア』は朝陽さんのアパートの部屋にあった。犯人の狙いは、それだったんじゃないですか」

 わかった。アキラが言いたいことが。ヒカリの頭上で、電球が光った。


「もし、今『アリア』が現場に無いのなら、犯人が盗んだ可能性があるということですか」和泉が言った。

「はい。そうだと思います。というか、そうだといいんですけど……」アキラが自信なさげに言った。

「犯人が『アリア』を売った可能性があるから、我々に『アリア』を探して、流通したルートを辿れと仰りたいのですね」

 現状わかっていることだけで考える限り、犯人が朝陽を殺した目的は、朝陽が彼自身の部屋に運び込んだ美術品である可能性が高い。

「それくらいしか、思い付かないです」

「十分ですよ」


 和泉は腕時計を確認した。

「もう我々は帰ることにしますが」和泉はヒカリに顔を向ける。「ヒカリさん。駅までお送りしましょうか」

「ああ、私はまだここにいます」ヒカリは反射的に答えていた。答えてから、自分がまだこの事件について、何一つ諦めていないことに気が付く。

「わかりました。では、私たちはこれで。お二人とも、ご協力ありがとうございます」和泉は恭しく言った。「最後に、これだけはお願いしておきたいのですが……」


***


 和泉と奥野は、藤堂家の面々(蓮はいなかったが)に見送られ、屋敷を後にした。

 警察が帰ったからか、兄弟達から張りつめた空気が薄れていき、事件の行方に対する不安や恐れのようなものだけが残っていた。


 そんな彼らを見て、ヒカリは妙な胸騒ぎを覚えた。そんなことは起こりえないと、駆り立てられた予感を払拭する。

 まさか、二人目などと。


「ねえ、アキラ」ヒカリはアキラを見る。

「何だ?」対してアキラは、ヒカリに目をくれない。リビングへと行く兄弟達の様子を、見つめたままだ。

「まだ、調べなきゃいけないと思うんだ」

 アキラの目線が、ヒカリに向けられる。

「どうするつもりだ?」

「わたし、今日ここに泊まってく。夕輝さんにお願いして」

「帰れ」アキラは目線を外し、にべもなく言った。

「残るよ」ヒカリは頑として言う。


 アキラはため息を吐いた。

「……夕輝さんが許してくれたら」アキラが踵を返し、リビングへと向かう。「勝手にしろ」

 まもなく、日が暮れる。深く重い、闇の訪れを誘い出すかのように。


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