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持ち去られた頭部と右手  作者: ASP
第二話
11/31

蓮と桐生の証言

 現れた藤堂蓮(とうどうれん)は、実に不機嫌そうな表情である。雨音との落差がひどい。ヒカリは苦笑した。

「恐いであります……」奥野が微かに和泉に耳打ちする声が聞こえた。刑事が小娘一人にビビってどうする。そう思ったヒカリ自身も若干恐い。


「こうして、お話を伺うのは二度目ですね」和泉はどこ吹く風といった様子で、余裕のある表情をしている。

「あのとき、警察とは一生分話したと思った」蓮はつっけんどんに言う。

「今回はあのときとは違います。形式的質問を幾つかさせて頂くだけですよ」和泉は両手を広げてみせた。


「ところでさ、アンタは何してんの?」蓮はアキラを見やった。

「俺だって好きでいるわけじゃない」アキラは渋い顔である。「宗派が違うだけだ」

「シューハ?」蓮は馬鹿にしたように笑った。「夏だからって熱出しすぎでしょ」

「全く同感だ」アキラはこめかみを抑えながら言ったものである。

「蓮さん。アキラさんはD大事件解決の立役者です」和泉が言った。「彼がどのように今回の事件を見るかを、私は知りたいのです」

「警察の先生も始めたわけ?」

「うまいこと言ったつもりか? そんな大層なものじゃないそうだ」アキラが蓮から視線を外す。

「フィクションの探偵みたい」

「『みたい』じゃなくて、まさにそうなんだなぁ」ヒカリは得得と言ってみせる。

蓮の眼差しがヒカリに向けられた。


「アンタ、誰?」

 古典的(ベタ)な冗句に、一瞬ヒカリの視界が白くなった。

「ヒカリだよ! あなたに恩人の一人と言わしめた、日向ヒカリでしょうが!」気づけばヒカリは叫んでいた。

「そうだった」悪びれる様子もなく、蓮は肩をすくめてみせた。


「そろそろ、よろしいですか」和泉が咳払いをした。「あまり遅くなると、ご迷惑でしょう?」

 蓮は一つため息をつくと、左手で頬杖をつき、右手の指先で机を二回叩いた。

「恐縮です」和泉は口角を上げた。


「では、昨晩何をしていたか。具体的に教えて頂けますか」

「昨晩の何時頃?」蓮が聞き返す。

「夕食後から寝るまでです」和泉は当然のように、具体的な時間を言わない。

「夕食後は、ずっと部屋に引きこもってた」蓮は和泉から視線を外して答えた。「大学の勉強とかあるし、美雪の受験勉強の計画も立てないといけないから」

「ずっとですか」と和泉。

「トイレやお風呂くらいは行ったよ。具体的に何時かは、覚えてない」


「どなたかに、お会いになりませんでしたか」

「八時前くらいに雨音が部屋にちょっかいかけにきた。五秒で追い払ったけど」

 それは本当のことだろうとヒカリは考える。雨音の証言によって保障されることだ。

「それ以外は、誰とも直接は会ってない。けど、この大先生が雨音と飲んでるのは見かけた」

「さっきから、まるで俺が恥をさらしてるみたいだな」アキラが前髪をいじりながら、ぼやいた。


 『みたい』じゃなくて、まさにそうなんだなぁ。ヒカリは心の中で呆れたものだが、もはやその感情を通り越して、自分まで恥ずかしくなってきた。

「何時頃か、覚えていないのですか」和泉が確認をする。

「一階にシャワー浴びに行ったときなんだけど、何時までかはわからない。まあ、十時はとっくに回ってたけど」

「アキラさんの方は、蓮さんに気が付きましたか」和泉がアキラを向く。

「いえ、気が付きませんでした」

「そりゃあ、そうだよ。リビングから声がしたから、入り口からちらっと覗いただけだから。結構楽しそうだったじゃん」蓮が非難めいた目を、アキラに向ける。

「続けてください。和泉さん」アキラが振りきるように言った。


「他には誰も見ていないですか」アキラに促されるまま、和泉は念を押す。

「多分ね」蓮はぶっきらぼうに言い放った。

「次の質問です」和泉が改まったように、上体を傾けた。「答えにくいかもしれませんが、藤堂家の皆さんは、あなたにとって家族なのでしょうか」


 奇妙な尋ね方だが、実に率直である。ヒカリにとっても、蓮がどう答えるのか、怖さ半分、興味半分といった質問だ。

「もう慣れた」意外にも、蓮の答えはあっさりとしたものだった。「もう変な遠慮はないし、家族と言ってもいいんじゃない。逆でもいい。本当の家族が何なのかを、忘れさせてくれた」


 口振りこそ、いつものようにどこか投げやりで冷たい印象を受ける。そんな口調とは裏腹に、今の言葉にはきちんとした真心がこもっているのを、ヒカリは感じた。

これも彼女の才能なのだろうか。その冷たい態度とは背中合わせの、優しさや誠実さ、思いやりのようなものが、彼女から伝わってくる。


「特に人間関係で苦労はなさらなかったのですね」和泉は微笑を浮かべていた。

「いや、苦労はあるよ」蓮は頬杖をついた手で、顔面を覆った。「雨音がウザ絡みしてくるのを、ぶちのめさなきゃいけないし。夕輝はどっか抜けてるし。美雪は甘えん坊で手がかかるし」

「朝陽さんは?」和泉は真顔になって訊く。「朝陽さんのことは、どう思っているのですか」

「それって、アタシの母親が死んだ事故のことを聞いてる?」蓮の目つきが鋭さを増したように思えるのは、ヒカリの気のせいではないはずだ。その眼光からは、拒絶の意思が垣間見える。

「以前、蓮さんの身辺調査をした際に、空子さんの事件についてはよく調べました」和泉は怯むことなく、淡々と続ける。「事故のことで、朝陽さんを恨んでいますか」


 蓮は何度目かになるため息を吐き、目を閉じた。

 しばらく、沈黙が続いた。蓮にとって、朝陽は母親を死なせてしまった張本人だ。他の従兄弟達とは違い、悪心(あくしん)を抱いていて当然だとヒカリは思う。それとも、事故だったと割り切っているのだろうか。

 強い言葉を使うことを躊躇ったのか、「恨んでる」と蓮はぽつりと漏らすだけだった。


「では、朝陽さんの近状について、お尋ねしても無駄ですか」和泉は静かに尋ねる。

「お互いに避けてるから、しょうがないでしょ」蓮は肩をすくめてみせた。「朝陽について、アタシが知ってることはないよ。交友関係がどうとか、恋人がどうとか、仕事がどうだとかは、美雪のほうがよく知ってる。アタシが知ってて、美雪が知らないことなんてない」

「わかりました」和泉は上体を引いた。「最後に一つだけ」

「いいよ。何?」話題が変わったと思ったからだろうか、蓮から力が抜けたようにみえた。


「宝物庫の絵画に、興味を持ったことは?」

「宝物庫の絵画?」蓮は首を傾げた。「夕輝に観せてもらったことはある。けど、アタシはあまりあの手の道楽は好きじゃないから」

「最近、宝物庫に入った人をご存じないですか」

「むっつり先生以外じゃ、ご存じないよ」蓮は腰を浮かせた。「もう戻っていいでしょ?」


***


 失礼します。そう断って、桐生晶子(きりゅうしょうこ)は正座した。現れた彼女は、エプロンを外した白いポロシャツ姿だった。見目形の整った顔は、ありありと憂色を浮かべている。


「桐生晶子さん。早速ですが、幾つか質問をさせて頂きます」和泉は丁重な口調で質問を始めた。「昨晩ですが、どう過ごされていたか、教えてください」

 ええ、と桐生は自信なさげに語り始めた。


「まずは、晩御飯の準備を。スーパーに買い物に行きました」

「スーパーといいますと?」

「近所のオギムラマートです……。何を買ったかも、そらんじることが出来ます」

 証拠になるものが必要だと思ったのか、桐生が妙なことを口走る。

「はあ、何を買われたのですか」

「昨晩はサーモンのお刺身でカルパッチョを前菜にしようかと思ったのですが、雨音さんがお豆腐を食べたいと仰っていたのを思い出しまして、ほうれん草と豆腐のおひたしにしようと思いました。あとは、夏野菜のサラダ。メインディッシュはハンバーグに決まっていましたので……、もう一品欲しいと思い」

「あの、すみません」和泉が遮った。「やはり、夕食後から、お願いします。それと、そこまで詳しくなくても構いませんので」

「ごめんなさいっ」桐生は赤面して俯いた。


 アキラが珍しく目を丸くしている。

 ヒカリもかなり驚いた。わざとなのか、焦りすぎているのか。いずれにせよ、ただの聴取でこんなズレた話を人など、他にいないだろう。和泉にしても、まさか夕食の献立について証言されたのは初めてだろうと、ヒカリは千円までなら賭けてもよかった。


「ええと、夕食後は台所で洗い物です。いつもそうしてます」桐生は慌てたように答えた。

「大体の時間はわかりますか」と和泉。

「どんなに遅くとも、八時前には終わります。その後は、お風呂の準備ですね」

「八時頃に、雨音さんが晩酌のお誘いをしたと伺っていますが、本当ですか」

「ええ」桐生は頷いた。「確かに、八時前後でした。ちょうど、八時の報道番組が始まるか、それくらいでしたから。私は仕事の最中なので、晩酌はできませんでしたが」


「お風呂の準備の後にも、何かお仕事が?」和泉が尋ねる。

「はい。自室で家計簿を付けていました」

 そんなことも任されているとは、思いがけない。しかし、よくよく考えれば自然なことかもしれない。家計簿を付けるのは、とても夕輝の仕事とは思えないし、雨音や蓮には悪いが、二人は家計簿を付けるタイプには見えない。藤堂家姉妹で、最も真面目そうな美雪は受験勉強。その点桐生ってすげぇよな。消去法でヒカリは納得した。


「あのう、自分疑問に思ったのでありますが」奥野がおずおずと手を挙げた。「皆さんの仰っている『自室』とは、何階なのでありますか」

 言われてみれば、説明されていない。『自室にいたから誰にも会ってない』と兄弟達は言っていたが、具体的に何階にあるのか聞いていなかった。奥野さん、ナイス。ヒカリは密かに賛辞を送った。

「ああ、夕輝さんと美雪さん、雨音さん、私は二階です。蓮さんは三階」


「お仕事を終えられたのは、何時頃ですか」和泉が尋ねる。

「大体、九時前には終わりました」桐生は顎に手を当てて答えた。「その後は、自室でのんびりしていました」


「その後、どなたかを見たりしていませんか」

「お風呂に入った後、雨音さんと先生が晩酌をされるご様子でした」桐生は真横に座るアキラを見ながら言った。

「桐生さんは、ご一緒されなかったのですね?」

「はい、簡単なおつまみを用意して、休ませて頂きました。ちなみに、おつまみは塩辛とチーズをフランスパンの上に乗せて、こんがり焼いたもので」

「あの」和泉が再び遮る。

「ああ、すいません……。料理の話になると、つい……」桐生は目を固く瞑り、額に右手を添えた。『やってしまった』のポーズだ。

 料理好きアピールを狙っているのかと、ヒカリは一瞬考えた。ちなみに、ヒカリは実家暮らしなので自炊はしない。家事は掃除と洗濯の手伝いだけだ。『女子力』という単語が巷で流行しているが、ヒカリは好きじゃない。


 桐生は一つ咳払いをした。

「とにかく、私は立場上、あまり遅くまでお酒は飲めませんので。それに……」桐生は遠慮しがちに、ヒカリをちらりと見た。「その、お二人のお邪魔になると思ったので……」

 あーあ、気を使わせちゃった。ヒカリは心の中でアキラを非難した。お願いだから、うんざりさせないでほしい。

「何時頃か覚えていますか」

「九時半頃だと思います」桐生はアキラを伺うようにしながら言った。

「なるほど。雨音さんの証言と一致しています」和泉がテーブルの上で両手を組んだ。

「そうですか」桐生は安心したように、顔をほころばせた。


「次の質問なのですが、桐生さんはどういった経緯で、この家の家政婦になられたのですか」

 ヒカリには、あまり関係なさそうな質問に聞こえる。

「はあ……」想定外の質問だったのだろう、桐生は少し言葉に詰まったようだった。


「あの、私は七歳になってから数年前まで、ロサンゼルスに住んでいたんです」桐生は不思議そうな面持ちのまま答えた。「帰国して父の実家に帰ったのですが、働き口がなかなか見つかりませんでした。困っていたところで、祖父が藤堂の住み込み家政婦の仕事を紹介してくれたんです」

 おじいさんは何者なのと、問いただしたくなるヒカリである。

「桐生さんのおじいさまは、藤堂の方とお知り合いだったのでありますか」代弁するように奥野が尋ねた。

「祖父は昔、こちらで執事をしていました」桐生が答えた。「私は海外でも給仕の仕事をしていましたので、丁度いいと」


「そうでしたか」和泉は頷いた。「桐生さんがこの家でお仕事を始めたとき、朝陽さんは既に一人暮らしをされていましたか」

「はい。ほとんど、すれ違いだったように思います」と桐生。

「では、朝陽さんとはあまり会話をしたことはないのですか」

「そんなことはないです」桐生は首を横に振った。「もちろん、旦那さまや他のご兄弟に比べたら随分少ないですが、業務以外のお話もします」

 ヒカリはこれまた意外に思った。桐生からの情報は、全くないだろうと思っていた。美雪以外の兄弟とは仲が悪いが、桐生とは案外普通に接しているのだろうか。


「その中で、今回の事件に繋がりそうな話はされていませんでしたか」ヒカリと同じようなことを考えたのか、和泉は興味深そうに尋ねる。

「いいえ。そんな恐ろしい話なんてされません」桐生は眉毛を垂らして言った。「むしろ、景気の良いお話が多かったです。インディーズデビューするとか、値打ちのある絵画をご友人に安値で譲ってもらったとか」


「絵画?」和泉が食いついた。「その絵画について、もう少し詳しい話はされませんでしたか」

「もちろん、譲ってもらったという経緯について、詳しくは聞いてないですよ」桐生は少し戸惑った様子で言った。「でも、その絵画なら宝物庫に飾ってあるはずです。先々週の土日に、朝陽さんがお戻りになられた際に、宝物庫に飾ったと仰っていましたので」

「その後、朝陽さんがこの屋敷に戻られたことはありますか」和泉は組んだ指を強く握りしめた。「朝陽さんが宝物庫に最後に入ったのはいつか、知りたいのです」


 ヒカリも緊張した。もし、答えがイエスなら。その際に誰かと一緒だったとしたら。

 その人物が、朝陽を殺して『アリア』を盗んだという可能性は、十分ある。

 桐生はやや考えた後、言った。


「わからないですね……」


 力が抜けた。収穫無しか。ヒカリはやや落胆した。

「朝陽さんは、お戻りになられても、わからないことが多いのです。深夜の時間帯にお戻りになられることもありますし」桐生は申し訳なさそうに言った。「私がリビングにいるときや、どなたかお連れになった際は、わかるのですけれど……」

 ちょっと待て。その証言、重要。ヒカリは思わず声が出そうになった。


「すいません。朝陽さんがお客さんを連れてきた場合は、はっきりとわかるのですか」和泉が確認する。かなりゆっくりとした口調だった。

「はい。お客さんをお連れの際は、必ず私に伝えて下さっていましたので」

「では、『アリア』を飾ってから、朝陽さんがお客さんを連れてくるなどは?」と和泉。

「ありません。もちろん、朝陽さんが内緒でお連れしていた場合は、流石にわかりませんけれど」


 なるほど、和泉は腕を組んだ。奥野はメモを取り終えたのち、和泉を見やる。

 ヒカリは考えを整理した。まず、美雪と桐生の証言から、『アリア』が宝物庫に飾られたのは十一日前だ。二人の証言が一致したため、間違いはないだろう。そして、犯人が宝物庫を破るために朝陽を殺害したという、夕輝の説が正しいのであれば、その十一日間の間に『アリア』の存在を知った可能性が高い。しかし、桐生曰く、朝陽は『アリア』を飾ってから誰にも宝物庫を見せていない。


 夕輝の説はやはり考えすぎなのか。ヒカリは下唇を軽く噛みしめた。今のところでは、頭部と右手が切断された理由として、一番納得できそうなものなのに。

「よくわかりました。貴重なお話、ありがとうございました」和泉は丁寧に頭を下げた。奥野もそれに続く。


「もう、よろしいですか」桐生が切り上げようとした。

「あ」和泉が思い出したように声を上げた。「すみません。最後に一点だけ」

「ええ……。どうぞ」聴取から解放される安堵感に水を差され、苦笑いを浮かべる桐生である。


「もしかして、夕輝さんとは特に親しかったりしますか」

 なんですって? 跳躍した質問に、ヒカリは心中で聞き返した。

 桐生は少し驚いた様子をみせた。図星のようだが、隠すつもりはなかったというふうだ。

「ご存知でしたか。はい。お付き合いしています」桐生は少し照れたような微笑を浮かべた。

 事実なんだ。ヒカリは愕然とした。二人が交際していることよりも、それを言い当てた和泉が信じられない。


「どうしてわかったんですか」気が付けば、ヒカリは疑問を口にしていた。

 ああ、と和泉が笑う。

「ただの当てずっぽうです。車の中で、夕輝さんが桐生さんと電話でお話ししていましたよね。彼の口調から、邪推してしまっただけですよ」

 流石だと思った。これが刑事の慧眼というやつなのか。それとも、和泉の洞察がずば抜けているのか。いずれにせよ、ヒカリは感嘆のため息ばかり出てくる。和泉智、あなどれない。


 そこで、ヒカリは彼女のネックレスに気が付いた。首からぶら下げているそれには、簡素なリングが通されている。

「あ、その首のリングって、もしかして……」ヒカリは口に出して尋ねてみた。

「はい、ペアリングです」桐生は恥じ入るように答えた。


 やはりそうだ。ヒカリは心の中で指を鳴らした。夕輝が着けている、右手の親指の指輪。それとお揃いだったのだ。

「うわぁ、どのくらいになるんですか?」胸を弾ませてヒカリは聞いた。

「よさんかバカたれ」アキラが制止したが、ヒカリは期待の眼差しを桐生に向けるのを止められなかった。

「はは、別に隠しているわけではないので……」桐生の笑いはやや乾いていたが、ヒカリの期待に応えてくれるようだ。「二年ほど前の、丁度この時期からです」


「夕輝さんは大学院二年生でしたよね?」と和泉。「二年前の今頃といえば……」

「そういえば、大学院の入試のタイミングでありますか」奥野がそれに続いて言った。

「そうなの?」ヒカリはアキラに向かって言った。

「少なくともうちはそうだ。四月入学の夏季試験は、もう出願を閉め切っているはずだ」アキラが答えた。「筆記試験の対策を立てる時期だな」

「夕輝さんは推薦だったみたいです」桐生が言う。

 勉強ができそうな人とは思っていたが、ガチの人か。桐生の言葉でヒカリは実感した。


「勉学に打ち込めるのは、素晴らしい才能です」言いながら、和泉は腕時計を見た。「おっと」

 ヒカリもつられて腕時計を見る。時刻は丁度、十七時になろうとしている。

「すみません、少々脱線しました。今度こそ、お話は以上です。ありがとうございました」和泉が頭を下げた。

 桐生は安心した顔つきになり、立ち上がった。「では、これで失礼いたします」


「我々はもう少ししたら、引き上げます」和泉が去ろうとする桐生に言った。「恐縮ですが、もう少しだけここに居させて下さい」

「承知いたしました。私どもは、その間待機していればよろしいですか」

「いえ、もうご自由になさっていて結構です。皆さんに、ご協力に感謝しますとお伝え下さい」

「かしこまりました。私はリビングにいますので、お帰りの際にお呼び下さい」桐生はそう言って、丁寧に頭を下げた。


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