キルハウス
大きな倉庫の中に設けられた、ベニヤ板で作られた建物。それはいわゆるキルハウスと呼ばれるもので、室内におけるCQB戦闘や突入、制圧の訓練を行う演習小屋である。
「配置よし。突入準備よし」
喉にある骨伝導マイクに手をあて、俺はそう言った。
俺達は今、ベニヤ板の壁に沿ってドアの横で突入大声を整えたところだ。ドアの中にはAKで武装したテロリストが今にも侵入しようとしている俺達を迎え撃つため銃を構えている。俺の後ろにはタクティカルベストを着たアーシャがドイツ軍の制式採用銃G36Cを手に配置についている。
『スタンバイ』
やがて、インカムからインテリジェントに抑制された声が耳に響く。
『……GO!!』
その号令と共にM84スタングレネードのピンを引き抜き、少しだけ開けたドアの隙間にスタングレネードを放り込み、ドアを閉めた。
フラッシュバンとも呼ばれるこの武器は非殺傷性であり、人質が室内にいるハイジャックなどの立て篭りなどに有効で使用されることが多い。室内へ転がり炸裂したグレネードは100万カンデラの光と160-180デシベルの爆音を発生させた。
仕組みはマグネシウム等の燃焼すると強い光を出す物質を火薬で燃やし光を放ち、音は火薬の爆発音だが、音を出すための専用の火薬を使用されている。
先頭を行く俺はホルスターからハンドガンであるSIGP226E2を抜き、両手で前に構えたままドアを蹴り、室内へ侵入する。
オフィスを模した室内には、事務机や倒れたロッカーなどが置かれている。その陰から立ち上がった人形の的が立ち上がる。俺は反射神経を発揮し目標に銃口を向け引き金を引いた。
轟音が壁や天井に反響し、篭った銃声が室内に反響する。さらに高い天井の倉庫内に銃声が響いた。
正面に右に左に現れるマンターゲットを俺は人質か撃ってもよい敵か素早く判断し制圧していく。
何度もスライドが後退し、エジェクションポートから薬莢を次々に排出させる。やがて、スライドが後退したまま動きを止める。弾切れだ。
すると、正面に続く通路の向こうに現れた2体のターゲット。それを後ろから続いて侵入したアーシャが手にするG36Cをフルオートで2体を撃ち抜いた。
「クリア…」
フルオートでマンターゲットを穴だらけにしたアーシャが何食わぬ顔でそう言った。
装填を完了させた俺は、通路を更に進んだ。
次々と現れる銃を持つターゲット。非武装の市民が描かれた的は撃ってはいけない。それを素早く識別し0.数秒で撃つことは幾度と無い複数の訓練と様々な鍛練を積み重ねて完成させてきたものだ。
そして、後ろから背中を守る白髪の少女アーシャがG36Cでバックアップを担当する。彼女が持つ武器は大手銃器メーカーであるH&K社が開発したものでG36を小型化したモデルで、ストックは折りたたみ式のフォールディングストック。Cはcompactの頭文字で閉所での取り回しなどが用意である。身体が小さいアーシャでも難なく使えるサイズだ。
やや広い区域、ホールらしき場所に入ると待ち構えていたかのように左右にターゲットが立ち上がる。
それに俺とアーシャの視覚が瞬時に捉え、それぞれ俺は右、アーシャは左のターゲットに銃口を振り発砲。
2発の銃声が重なり1発しか聞こえなかった。しかし、地面に落ちた薬莢の音はしっかり2個分小さく、響いた。
それを、複数のディスプレイ越しに観察する男達と、1人の少女。
各区画に設置してあるカメラから送られる映像は今、銃を撃っている2人の姿をしっかりと中継している。
「相変わらず腕は落ちていないようだ、アリスどう思う?」
戦闘服に身を包んだ屈強な身体つきをした男が感想を漏らした。
「ええ。しかし、それより凄いのは……」
アリスと呼ばれた少女がそれに答える。
「2人のコンビネーション……」
男がアリスの言葉を代行するように言った。
アーシャはそれに「ああ、正解だよジェイク」と肯定し、ジェイクと呼ばれた男の目に狂いがないことを試した。
「やはり、あの2人を組ませたのは正解だったようだね」
「アーシャの実地投入…。綽津にアーシャを任せるのに上は反対していたようだが、プロジェクトの進行は今の所順調。この結果を見れば上も納得するだろう」
機密事項が詰まった貴重なサンプルだ。それをバイトのガキに預けるなどオフィスで指示する人間から反対されるのは当然だろう。
「しかし彼はそこらのごろつきとは違う。それにボクが一番信頼できる人物だ。彼はボクが命令したことは必ず成し遂げる人間さ」
アリスはモニターに映る彼を見ながらそう言った。
「やけに綽津の肩を持っているんですね。もしかして気があるのか?」
ジェイクがにやけながらアリスをからかった。
「違うさ、ボクは彼に可能性を感じているんだ」
「可能性?」とジェイクが聞き返す。
「彼なら、いつかこのモグラ叩きのような戦いを変えてくれる、もしかしたらこの混沌とした世界を変えるかもしれない。そんな気がするんだ」
「……」
アーシャの確信に満ちた言葉にジェイクは否定も肯定もできずにディスプレイの中で銃を撃ち続ける彼を見ていた。
「まあ、多少変わった部分もあるけどね……」