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小惑星群にある基地

昼食を食べたあと俺は少ない私物、部屋の家具など引っ越しの荷物をまとめ、残った午後の時間、アーシャを連れ基地の敷地内を廻った。


 シドニア――。アフガニスタン、ヘルマンド州の山岳部の荒野に位置しライジングウォーリア社が保有する前線基地である。シドニアは小惑星群、という意味を持つが、この大小様々な岩に囲まれたゴツゴツとした風景は言われてみれば小惑星群の真ん中に基地があるようにも見える。この基地の役目は多く、一帯に展開する部隊の司令部となり、または補給から保々全ての役割を果たす。本来普通の民間の会社がここまで大きな基地を持ったり多くの航空機や戦闘車両を保有することはない。しかし時の流れと共に、肥大化する戦火に平行して軍事企業は成長した。後に大きな力を持つビックカンパニーが誕生していったのである。

 アメリカから多額の援助金を得ているこの会社は世界で一二を争う戦争依託会社だ。ライジングウォーリアはもはや公に認められた一つの組織とも言える。紛争の火消し役として国連から度々依頼が持ち込まれるがこの組織はそれほど大きな期待を受けているのだ。 そんなわけで恐らくこの基地も米国政府の援助を受け作られたのだろう。

 この基地は航空機を運用するための滑走路を備えそれなりに大規模な基地である。滑走路では物資を運んできた輸送機や度々航空支援要請を受ける攻撃用のヘリや支援機などが頻繁に離発着している。

 そんな光景を高い金網のフェンス越しに見つめるアーシャ。フェンスの向こうでは作業員や整備士が忙しなく動いている。

 帰投してきたブラックホークヘリコプターからは担架に乗せられた負傷兵達が次々と搬送されてきていた。二人の人員が担架を持ち一人の赤十字のワッペンを肩に付けた衛生兵が輸血パックを高く持ち負傷兵へ懸命に声をかけ続けている。中には手足が欠損している者や既に死んでいる者もいた。そして負傷者がヘリから降ろされたあと、血まみれになったヘリのデッキをバケツの水で洗い流す。これもここではそう珍しくない光景だ。なんせここは戦場なのだから。毎日血を見るし毎日人が死ぬ。

 そんな光景を目の当たりにしても血に慣れているのかアーシャは表情ひとつ変えることはない。



 居室に戻る前に、俺はアーシャをある場所へと連れて行った。


「ここが書庫だ」


 本部棟の三階にあるこのやや広い部屋には多くの書籍が並んでおり、社員が娯楽の時を過ごしたり読書により知識を深めたりしている。


「ここにある本は貸出ができる。まぁ図書館みたなもんだ。本は好きか?」

「……あんまり読んだことはない」

「なら、この機会に読書をはじめてみたらどうだ?」


 俺の提案にアーシャはコクンと頷く。そして近くにある本棚へ向かい並ぶ本をただじっと見ていた。

 俺はコーヒーメーカーでアメリカンブレンドを紙カップに煎れたあと、適当に目についたアウトドア商品のカタログを手に取りテーブルにつきページをめくっていた。


「あれ、綽津?やっほー」


 しばらくすると、正面から自分を呼ぶ声がした。カタログへ目を通していた頭を上へ上げると、机を挟んだ前に。


「お、理多か」


 そこには俺が理多と呼ぶ、俺と同い年の少女。岸根理多はアリスの所謂助手的立場の人間で、作戦中俺のオペレーターを務める。セミロングの髪形がよく似合う明るく絡みやすい性格で仕事上俺とよく係る人物の一人だ。


「綽津がこんなところに居るなんて意外だね~」

「ん?そんなことないぞ。普段から読書はするしな」

「どうせラノベでしょ」

「いやそれ以外も読むけど……え、ここラノベまで揃えてんの?」


 そんな他愛もない会話を交わしていたら、本を抱えたアーシャが戻ってきた。


「なんか読みたい本はあった?」

「これ」


 アーシャが見せたのは一冊の図鑑だった。


「もしかしてこの子?」


 理多はアーシャとは初対面のようで珍しそうに聞いてきた。俺は「そうだよ」と答える。


「へぇ~、てか可愛いぃ……なんてかお人形さんみたい!」


 アーシャはそんなことはどうでもいいように椅子の上にちょこんと座り手に持っていた図鑑を机に広げている。表情を相変わらず変えずに図鑑を見ているが、本人の中では何を考えているのかはわからない。ただ昆虫のページを開いて写真の蝶をずっと見ている限り蝶に興味が有るのか、以外にも昆虫が好きなのか。俺にはわからないので考えるのをやめた。

 そのとき、ズボンのポケットでマナーモードに設定していた仕事用のスマートフォンがヴヴヴヴーと低く唸りを上げた。俺は一旦廊下に出てからそれをポケットから取り出すと、画面を親指でスワイプしロックを解除した。相手はもちろんアリスだ。


「もしもし」

「僕だが、新居の手配が終了した。荷物はすでに運んであるから宿舎裏の広場に来てくれ」


 それだけを告げ電話は切れた。再び書庫へ戻りアーシャを呼ぶ。


「アーシャ、そろそろ行くぞ。新居の用意ができたようだ。図鑑は貸出しよう」


 俺は、カウンターで図鑑を手早く貸出すると理多と別れその場を後にした。


宿舎裏の広場。広場と言ってもちょっとしたスペースがあるだけの空き地だ。外周を囲むようにしてプレハブ小屋やトレーラーハウスなどが並んでいる。

その中の1つ。目の前にあるこれから俺達の生活スペースになるだろう白色で長方形型のトレーラーハウスはそれなりに大きく、ドア側の前面にはウッドデッキが完備されていた。


「なんか凄いな」


「気に入ってもらえてよかった。キッチンもシャワーもちゃんと完備してあるから普通に生活できる。入って見てくれ」


ウッドデッキのステップを上がったアリスが言う。

俺はアリスに続きドアを開ける。アーシャも俺の後ろに続く。まず、入口前にはクローゼットやキャビンと言った収納スペースがある。右へ行くと冷蔵庫や食器棚、左手にはシャワールーム、洗面台、ガスレンジオープンコンロのキッチン。そしてリビングルームが広がり内装は白を基準としていて清潔感が漂い明るい感じだ。一番奥の部屋が寝室になっている。広さとしては2人が住むには丁度いい。


「綽津、ここのキーだ。ここには防犯設備なんて整えてないからね。施錠はしっかりするように」


アリスの手から俺はトレーラーハウスの鍵を受け取る。天井に煙報知器くらいはあるようだが、防犯対策は自分でなんとかするしかない。いくら営内のなかとはいえ、そういったことを起こす輩もいるし、念を入れといた方がいい。

俺は受け取った鍵を、腰のベルトに下がったカラビナにかける。そして、ふかふかのソファーに座り軽く飛んでその触感を確かめるアーシャを見る。


「アーシャも気にいったみたいだな」


「むむ…君、昼間の話を聞く限り君は犯罪者予備群から犯罪者になろうとしている…」


アリスがまた冷めた目で俺を見る。あぁ…そのジト目たまらな……じゃなかった、そういえばまだあの疑いが晴れてない。


「アリス、誤解だ。アーシャ言っていたことはつまりベッドが無かったから2人で寝ることにしただけで、それ以上のことはなんもない」


確かにちょっとだけそゆうことも思ったけど。


「本当かい?後でアーシャに聴取するからね」


アーシャ、また変なこと言わなければいいけど……。


「まぁいい。荷物は大体運び終えてる。後は君の私物だけだ。何かあったら言ってくれ」


それに俺は「わかった」とだけ返事する。ドアを出る際アリスが「それと、アーシャは後で僕の元に来るように」と言いドアを閉めた。ステップを降りる音が小さくなる。

アリスが居なくなり静寂が訪れる。アーシャは何故か俺をずっと見つめている状態だし。これから何をするか俺の言葉を待っているのだろう。


「よし、テレビでも見るか」


俺は棚に置かれた黒い収納ボックスからアニメのDVDを取り出し再生機にセットした。



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