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1Kのプライベート

バスルームからうっすらとシャワーの音が聞こえる。

 寮の中にあるこの1Kの部屋が俺のプライベートスペースだ。多少は狭いが人一人が生活する分には支障はない。

 とりあえず食事の前にアーシャを先に湯に浸からせ、その間俺は適当にテレビの報道番組を見ていた。

 もちろん現地の番組なのでリポーターはアフガン人だし、言語もアフガンの公用語であるパトシュー語やダリー語となる。

 テレビから流れる、まだ覚えたての言語を聞きながら頻繁に取り上げられる、悪化の一歩を辿る中東情勢についての報道をみていたが、謎に包まれた少女アーシャのことを考えてしまう。

 しかし、考えてみればついさっき知り合った少女と同居することになったわけだが、それはやはり色々不味いのではないだろうか。アリスは仕事の為に必要な事だということだが。少女が自室のシャワーを使っているという状況を考えると不覚にもやましい考えが浮かんでしまうが、頭から考えを追い出す。

 それにしてもこれからどうしたものか……。まず彼女の力を早く見極める必要がある。

 取り寄せてもらってる緑茶を啜ると、脱衣所のドアが開き、白い肌を顕にしたアーシャが現れた。


「ブッッ!?…ちょ!何平気に裸で出てきてんだ!!」

「……?」


 わけもわからないように首を傾げ「それは…シャワー…浴びていたから…」


「服を着ろ!服を!せめてバスタオル巻け!」


 彼女が着ていた服は自分の服と洗濯している。代わりの服はと思い彼女が持っていたトランクへ走る。

 きっとこの中に衣類や泊りに必要な道具を入れているのだろうと思っていた。思い込んでいた。しかし、実際そうではなかった。


「…………」


 というのも、トランクを開いてみるとその中には服といったものは一切入っておらず代わりに詰められていたのは、コンパクトなP90やMP5K、VSS半自動消音狙撃銃など鈍い輝きを放つ銃器が詰められていた。

 俺はそのまま静かにトランクを閉じた。そして脱衣所のドアの前でアーシャに聞いた。

 しかし、答えは大体わかっていた。


「アーシャ?お前服とかどうした?」


「……あれしかない」


……。

 しかたなく俺はクローゼットから自分が持っているアニメのキャラクターがプリントされているTシャツと短パンを引っ張り出す。

あれ、下着は…?

アリスは本当にこういうことを考慮していなかったのか。まあ仕方がない。裸で居られてはこちらが困る。とりあえず何か着る物を……。

 そう判断して服をもって戻り、ドアを少し開き脱衣所の中へ服を入れる。


 「ほら、こんなんですまないがとりあえず着といてくれ」


 「わかった」という返事が返事が聞こえ俺はアーシャの方をなるべく見ないように、リビングのソファーへ疲れたようにどっさりと腰を降ろす。

 しばらくすると渡した服を着たアーシャから「着た」という短い声が聞こえた。

 やはりサイズが大きすぎたようだ。シャツはLサイズなのでアーシャの身体つきだとダボダボだ。


「んじゃぁ、飯にするか……腹減ってるだろ?」


 アーシャはコクンと頷いて見せた。

 俺は腰にエプロンを締め、廊下にあるキッチンへ向かう。


「できるまで座って待っててくれ。テレビ見ててもいいぞ」


彼女にニュースキャスターの現地語が通じるかは解りかねるが。

俺は調理に入る。鍋に水を貼りコンロに乗せ、火をつける。湯が沸いたらそこに目分量で塩をとかしスパゲティーを入れ茹でる。

 その間に玉ねぎ、ピーマンをスライスして、ハムを7ミリにカットする。フライパンに油を引き切った材料を少ししんなりするくらいまで炒める。

 スパゲティーが茹であがったら、水洗いしぬめりを取り良く水分を切る。

 スパゲティーをフライパンに入れ塩、胡椒で下味つけ炒める。ここでトマトケチャップを投入し軽く炒める。

 ポイントとしては炒め具合で酸味が調整できるため、酸味が好きな人は少し炒め、酸味が苦手ならよく炒めればいい。

 最後に隠し味のソースを加え、よく炒め味見をしながら塩、胡椒で好みの味に調えていく。

 そ完成したのがスパゲティナポリタン。簡単で作りやすいので俺はよくこれを作っている。


「出来たよ」


テーブルに料理を運ぶ。


「いただきます」と俺は手を合わせ、フォークに麺を巻き付けスパゲティナポリタンを食べ始める。

アーシャは俺の動作をしばらく観察するように見つめた後に、フォークに麺をくるくると巻き口へ運んだ。


「うまいか?」

「……うん」

口にソースをつけながらスパゲティナポリタンをもちゃもちゃ食べるアーシャを見てると不思議と母性本能的な物が出てくる。

俺はティッシュでアーシャの口周りを拭いてやるとそれとなく聞いてみた。


「アーシャは何でここに?」


アーシャは一旦フォークを動かす手を止め言った。


「マスターと同じ。アリス……言っていた」


「とある経緯ってやつか……」


「わたしのこと、言えない。でも、いつか、全部わかる……そんな気がする」


 俺は短くため息をつく。機密と言われてしまえばこちらの立場としては仕方がない。

 すると、アーシャは目を閉じ、ウトウトと舟を漕ぎ始めた。


「眠いのか?あ、でもベッド……」


 大事なことをすっかり忘れていた。

 この1Kの部屋は一人用の個室で当然ベッドも一つしか完備していない。

 これは明日アリスに相談だな。


「アーシャアーシャ、寝るならベットがあるから」


 彼女をまさか床で寝せるわけにもいかない。俺はソファーを使う。

 アーシャは目を閉じたまま頷いた。




~~~



俺はいつもの時間にいつも通り目を覚ました。

 ベッドを見るとアーシャはまだ寝ていたので放っておいた。目を擦りながら服を着替え、作業着の裾に腕を通す。トースターにパンを突っ込み、コーヒーを煎れる。

 やがて寝ていたアーシャも、目を覚ましベッドから身体を上げた。


「おはよう。今日はやることがたくさんあるぞ」


 アーシャは俺を数秒見つめたあと「おはよう」と返した。

 朝食を済ませたあと俺とアーシャは外へ出た。この時間だと食堂が解放されるにはまだ早い。しかし社員たちはその前に行動し、基地内には次第に活気が出てくる。

 武器庫に立ち寄り、係りにM4と防弾ベストなどの装備を借りたあと射撃場へ向かう。

 武器庫を挟んで滑走路とは反対側に屋外射撃レンジがあった。俺たちは人型標的を使って、M4のゼロ点調整を行った。

 照門を動かし、100メートルの距離で正確に射撃ができるようにセッティングする作業だ。

 続いて射撃の腕を見るためアーシャを射撃位置につかせた。自動的に立ち上がる人型標的に、立射や伏射など、あらゆる姿勢で弾丸を撃ち込んでいく。

 俺はアーシャの動きを注視していたが、射撃の腕は申し分なかった。いや、予想以上といっても良い。

 弾倉の再装填、ローレディーからの構え、射撃体制の移行などと言った動きもスムーズで、素早い。十分に訓練されているのが窺える。


「すごいな。撃ち漏らしが一発もない」


 俺はフィールドスコープを覗きながら思わず口にしてしまう。


「もっと、遠くの的。当てられる」


 アーシャはこれくらい普通といったような感じだが、照準器なしでこれほど正確で的確な射撃はプロの技でしかない。

 そのあと、昼まで撃ち続けたが、アーシャの戦闘射撃力は明らかに俺を上回っていた。

 食堂で昼食をとっている間も、アーシャは周りから珍しいものを見るような視線を集めていた。

 アーシャを見ると、そんなことは少しも気にしたような様子もなく、握ったスプーンでオムライスを崩しながらもぐもぐと食べている。

 俺はトレイのウィンナーにフォークを突き刺し口に運んだとき。


「綽津、調子はどうだい?」


 後ろからアリスが声をかけた。


「……それならアーシャのベッドがなくて困ってるかな」

「そのことなんだけど、君とアーシャには部屋を移ってもらうことになった」

「ほう……」

「一人部屋に二人は狭いだろう。新しい部屋は君の居る個室より快適で広いから楽しみにしてるといいさ」


 それはありがたいな。


「それとアーシャの着る衣類なんだけどさ」


 日用品なら基地内にある売店で揃えることができるが、さすがに女性の下着やパジャマは個人の持参となる。


「新しい住まいと一緒に提供するから心配ない。新居が来たら連絡するから荷物をまとめておきたまえよ」

「ん、来るって?宿舎じゃないのか?」


 アリスはクスクスと笑い「後でのお楽しみ」と言う。

 そして、黙って食事をしていたアーシャがスプーンの動きを一旦中断し、俺たちの方を見る。



「わたし、ベッド、いらない。マスターと一緒……寝ればいい」


 俺は口に含んだスープを吹きだした。アリスもか表情を凍らせたまま固まっている。


「ごほっ!げほっ、ッ……ア、アーシャ!一体何を言って……」

「マスターのからだ、あったかい……」


 この子ったらなんか火に油を注ぐようなことを言ったよ。

 恐る恐るアリスの様子を窺うと……アリスは若干引きながら、まるで外道を見るかのような物凄く軽蔑の意がこもった目を俺に向けている。

 いや、違う。これは誤解なんだ。


「随分と楽しくやってるようじゃないか……やはり君にこの仕事を任せたのは僕の誤りだったか……」

「違う、断じてアリスが思っているようなことは起きていない。君は酷い誤解をしている」

「ぼ、ぼくが思っているようなこと……ッ、寄るな!それ以上近づくな!前から思っていたが、き、君という人間はな、なんて破廉恥なんだ!」


 アリスは俺から三歩後ろに下がり身構えている。だめだこいつ、俺の話をまともに聞いていない。かなり動揺していて勝手に暴走している。


「二次元に満足できずチャンスと言わんばかりに抵抗できないアーシャを……かぁぁ卑劣な!」

「待ってくれ!なぁ、一旦落ち着こうぜ……?」


 俺が説得しようとすると。


「触るなっ!汚らわしい!うわぁぁぁっ」


 アリスはまがった鉄砲玉のように一目散に走って行ってしまった。


「……」


 勘弁してくれよ……。


「……?アリス、どうした」


 アーシャは何が起きたのか、なぜアリスがあんなにも取り乱したのが理解できていないようだ。

 これが本当に理解していないのだからどうしようもないもんだ。


「二人で一緒に寝た方がベッド、一つ。スペース広くなる。なにより、二人で寝たら、あったかい」


 そゆことね……。

 俺は、再び席に座りアーシャを見る。


「あのな、アーシャ。言葉ってのは言い方があってな。さっきのは普通の人が聞いたら誤解されるような言い方」

「……?」


 アーシャは俺を見たまま首をかしげる。


「男と女の子がベッドで一緒に寝るなんて普通変に思われるだろ……」

「そう……なの?」


 おい。

 どうもアーシャには持つべき必要最低限の常識が欠けているようだ。

 このままでは俺の面目も潰れてしまう。なんとかしないと……。


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