第9部分 事件はトイレで起こるんだ!
どうすんだよ? って決まってるじゃねえか!
彼女を助けるんだよ! 俺が!
さっきから俺の鼻にまとわりつく白い衝動のニオイ。これが証拠だ! あのオッサンたちが彼女に酷い仕打ちをしたに決まってるんだ! やってやる! 絶対に許さねえ!オッサンたちよ。覚悟しろ!
その前にまずはシミュレーションだ。これはゲームじゃないんだ。リアルでこんなシチュエーション。ビビったっていいじゃない!
俺はもどかしい気持ちを抑えつけるとできるだけ長く鼻から空気を吸い込んで口からできるだけ長い時間をかけて吐き出した。そうしている間にシミュレーションは完了した。作戦は決まった。
警察を呼ぼう。
だって、そうだろ? 子猫を抱っこしてるんじゃないんだ。彼女がいくら細めでも体重がリンゴ2個分とかのわけがねぇ! それなのにオッサンはお姫様抱っこを続けて平然としているんだ。勇者の剣もなにかの異能があるわけでもないのにそんなごついオッサンに力づくで勝てるわけがねえ! それでも今の俺にはスマホがある! 電話一本かけるだけで俺の勝ちだ! カッコ悪くたってこれが彼女を守るのに最善なんだ!
俺はポケットからスマホを取りだした。ふと気が付く。今から警察を呼んだって間に合うわけがねえ! 警察を呼ぶぞ! って脅したって無駄だ。オッサンは警察が来る前に俺を倒して彼女は連れ去ることを選ぶだろう。いや待てよ。何もごついオッサンとやりあう必要はない。貧弱なオッサンを人質に取れれば交渉できるかも! もしかしたらごついオッサンを操っているのは貧弱なオッサンかもしれないしな! マッドサイエンティストがモンスターを操る、なんて話はよくある話だ。そう考えてみるとごついオッサンは優しい目をしていた気がする。まるで悲しいモンスターみたいに……
よし。一か八かやってやる。俺のこの手で彼女を助け出すんだ! でもどうやって? 周りを見渡しても武器になりそうな物はない。俺にはスマホとストパーとデブって重たくなったこの体しかない。どうすりゃ確実に彼女を助けてあげられるんだ? 必死で思い悩むと頭に浮かんだ。
あっ! いるじゃないか! 重たい体を武器にしている人たちが。
俺は呼吸を整えると入口の前でかがみ込んで、トンと軽く両手で地面を叩いて叫んだ。
「ハッケヨーイ、残ったぁ!」
全身を武器に変えて貧弱なオッサン目がけて突進。
一人で壁にドン! ぶちかましちまった。
「いっ! てぇぇぇぇ」
俺は両手を腹の中に抱え込んで転がった。
そんな俺の上からオッサンたちの声が降りかかる。
「おい、大丈夫か? 君」
「こんな狭いところで相撲を取ったらそうなるに決まってる。何をしてるんだね、君は? 危ないだろう? 私が避けなきゃ事件になってたぞ」
俺は何とか目を開けて二人の様子を見た。ごついオッサンたちは二人は揃いも揃って下唇を噛んでいた。ガマンしてないで笑えばいいだろ!
彼女はこの騒ぎに気が付いたのかごついオッサンの腕の中で薄く眼を開けた。それから、ガバッという感じで顔を上げると何度かキョロキョロ周りを見渡した。そして俺に気が付き一言。
「何しにきたの?」
「き、君を、た、助けに」
両手が痛くてうまく言えない。だが、助けに来た勇者がこれじゃ彼女も不安なはずだ。気合を入れてなんとか立ち上がり、ニヤリと不敵に笑ってみせた。
ごついオッサンはそんな俺を見ることもなく彼女にたずねた。
「お、気が付いたんだね。よかった。立てるかな?」
彼女は腕の中からやさしく微笑むオッサンの目を見つめ返すと二言、三言。
「すいません。事情が良くわからないんですけど。もしかして私、倒れてましたか?」
「おじさんたちがトイレに入ったらここで君が倒れていてね。とにかく外の空気を吸わせた方がいいと思って。ほら。ここは臭うから」
「そうですか? ありがとうございます。もう平気ですから」
ごついオッサンは微笑むと優しく彼女を腕からおろして俺に一言。
「君も大丈夫だね? 」
貧弱なオッサンが彼女に一言。
「ほら、君も平気なら出て行きなさい。ここは男性用だ」
「すいません。間違えちゃって」
彼女はぺこりと頭を下げると少しふらついてはいたけどちゃんと一人で歩いて出て行った。
ごついオッサンが俺を見て笑いかけた。
「良かったね。彼女は大丈夫そうだ。これで落ち着いて用が足せるってもんだ」
「そうですね」
つられて俺も笑った。本当に良かった。ちょっとつらそうではあるけれど彼女は自分で歩いて出て行った。それにオジサンたちもフツ―の人だ。マッドサイエンティストと悲しいモンスター。そんなのリアルじゃありえない。疑って悪いことしちまった。
なんとなく俺たちは微笑みあうと男子用便器の前で3人並んだ。すっかり忘れていたけどコーラをたくさん飲んでいたからかなりの勢いで出そうだ。狙いを定めて発射した。
「ほぉぉおう」
何とも言えない声が出た。大人の男たちと一緒に一仕事終えた開放感を味わった。今度ファストフードに行ったらコーラじゃなくてコーヒを頼んでみようかな。
あ。
『俺たち、このまま終わっちゃって本当にいいのかよ?』
彼女にコレを聞かなきゃ。
彼女がまたどこかに行っちゃう前に追いかけなきゃ!
「それじゃ、お先。しかし君は随分と溜めてたんだな。ガマンは体によくないぞ」
そう言って軽く手を振るとおじさんたちは行ってしまった。
それでも俺のオシッコ止まってくれないし!